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詩経 / 国風・邶風・柏舟

《柏舟》,言仁而不遇也。衛頃公之時,仁人不遇,小人在側。 汎彼柏舟,亦汎其流。耿耿不寐,如有隱憂。微我無酒,以敖以遊。 我心匪鑒,不可以茹。亦有兄弟,不可以據。薄言往愬,逢彼之怒。 我心匪石,不可轉也。我心匪席,不可卷也。威儀棣棣,不可選也。 憂心悄悄,慍于群小。覯閔既多,受侮不少。靜言思之,寤辟有摽。 日居月諸,胡迭而微。心之憂矣,如匪澣衣。靜言思之,不能奮飛。

新字:《柏舟》,言仁而不遇也。衛頃公之時,仁人不遇,小人在側。 汎彼柏舟,亦汎其流。耿耿不寐,如有隠憂。微我無酒,以敖以遊。 我心匪鑒,不可以茹。亦有兄弟,不可以拠。薄言往愬,逢彼之怒。 我心匪石,不可転也。我心匪席,不可巻也。威儀棣棣,不可選也。 憂心悄悄,慍于群小。覯閔既多,受侮不少。静言思之,寤辟有摽。 日居月諸,胡迭而微。心之憂矣,如匪澣衣。静言思之,不能奮飛。

書き下し

柏舟(はくしゅう)は、仁にして遇われざるを言うなり。衛の頃公(けいこう)の時、仁人遇われず、小人側に在り。 汎(はん)たる彼の柏舟、亦汎として其れ流る。耿耿(こうこう)として寐(い)ねられず、隠憂有るが如し。我に酒の以て敖(あそ)び以て遊ぶ無きに微(あら)ず。 我が心は鑒(かがみ)に匪(あら)ず、以て茹(はか)るべからず。亦兄弟有れども、以て拠(よ)るべからず。薄か言に往きて愬(うった)うれば、彼の怒りに逢う。 我が心は石に匪ず、転ずべからざるなり。我が心は席(むしろ)に匪ず、巻くべからざるなり。威儀棣棣(ていてい)として、選(かぞ)うべからざるなり。 憂心悄悄(しょうしょう)として、群小に慍(うら)まる。閔(うれ)いに覯(あ)うこと既に多く、侮りを受くること少なからず。静かに言にこれを思い、寤(さ)めて辟(むねう)つこと摽(ひょう)たる有り。 日や月や、胡(なん)ぞ迭(たが)いにして微(かす)かなる。心の憂い、澣(あら)わざる衣の如し。静かに言にこれを思えど、奮い飛ぶこと能わず。

現代語訳

「柏舟」の詩は、仁徳ある人が君主に用いられないことを歌ったものである。衛の頃公の時代、仁徳ある人は用いられず、つまらぬ者たちが君主のそばにいた。 ゆらゆらと漂う柏の木の舟、あてもなく流れに漂う。目がさえて眠れず、胸の奥に深い憂いがあるかのよう。酒がなくて遊び憂さを晴らせないというのではないけれど。 わたしの心は鏡ではない、何でも映し込んで受け入れることはできない。兄弟もいるにはいるが、頼りにはできない。ちょっと行って訴えてみれば、かえってその怒りに遭う。 わたしの心は石ではない、転がして向きを変えることはできない。わたしの心は敷物ではない、くるくると巻き取ることはできない。立ち居振る舞いは端正で、一つとして欠けたところはない。 憂いに沈む心は深く、つまらぬ者たちの恨みを買う。つらい目に遭うことはすでに多く、受けた侮りも少なくない。静かにこのことを思い、目覚めては胸を打ち叩く。 日よ、月よ、どうしてかわるがわる欠けて暗くなるのか。心の憂いは、洗わずに汚れたままの衣のよう。静かにこのことを思っても、翼を広げて飛び去ることはできない。

解説

流れに漂う柏の舟に自らをなぞらえ、眠れぬ夜の憂いを語る詩である。毛詩序は、衛の頃公の時代、仁徳のある人が用いられず、小人たちが君主の側にいて、その人が群小に恨まれ侮られた嘆きと読んだ。一方、劉向『列女伝』に伝わる魯詩の説や朱熹『詩集伝』は、夫に顧みられない婦人の嘆きの詩と読んでおり、兄弟に訴えても怒られるという句もその読みに合う。いずれにせよ、この詩で最も力強いのは第三章である。「我が心は石に匪ず、転ずべからざるなり。我が心は席に匪ず、巻くべからざるなり」。石のように転がされず、むしろのように巻き取られない、と自分の節を守る決意を示すこの句は、志を曲げない心の表現として後世長く愛誦された。周囲に理解されず、侮られても、自分の心の置き所は自分で決める。孤立の苦しみと、それでも揺るがない芯を併せ持つ詩である。

この章句が説くこと

詩経節操憂い衛邶風

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