詩経 / 国風・召南・摽有梅
《摽有梅》,男女及時也。召南之國,被文王之化,男女得以及時也。 摽有梅,其實七兮。求我庶士,迨其吉兮。 摽有梅,其實三兮。求我庶士,迨其今兮。 摽有梅,頃筐塈之。求我庶士,迨其謂之。
新字:《摽有梅》,男女及時也。召南之国,被文王之化,男女得以及時也。 摽有梅,其実七兮。求我庶士,迨其吉兮。 摽有梅,其実三兮。求我庶士,迨其今兮。 摽有梅,頃筐塈之。求我庶士,迨其謂之。
書き下し
摽有梅(ひょうゆうばい)は、男女時に及ぶなり。召南の国、文王の化を被り、男女時に及ぶことを得るなり。 摽(お)ちて梅有り、其の実七つ。我を求むる庶士(しょし)、其の吉に迨(およ)べ。 摽ちて梅有り、其の実三つ。我を求むる庶士、其の今に迨べ。 摽ちて梅有り、頃筐(けいきょう)にこれを塈(と)る。我を求むる庶士、其の謂(い)うに迨べ。
現代語訳
「摽有梅」の詩は、男女がふさわしい年頃のうちに結ばれることを歌ったものである。召南の国々は文王の感化を受け、男女が婚期を逃さずに結ばれることができた。 梅の実が落ちてゆく、枝に残るはまだ七つ。わたしを求める殿方たちよ、よき日を選んで来てください。 梅の実が落ちてゆく、枝に残るはもう三つ。わたしを求める殿方たちよ、今日このときに来てください。 梅の実はすっかり落ちて、浅いかごに拾い集めるばかり。わたしを求める殿方たちよ、ひと言いってくれさえすればよいのです。
解説
熟して落ちていく梅の実を見ながら、婚期の過ぎゆくことを焦る娘の心を歌う。枝に残る実は七つ、三つと減っていき、ついには地に落ちた実をかごで拾うばかりになる。それに合わせて娘の呼びかけも、よき日を選んで、今すぐに、ひと言でいいから、とせっぱ詰まっていく。毛詩序は、文王の感化によって男女が時機を失わずに結婚できたことを歌う詩とし、『周礼』に仲春の月に男女を会わせるという定めがあることとも結びつけて解された。朱熹『詩集伝』は、貞節な娘が婚期を逃して強暴な男に辱められることを恐れた詩と読んでいる。詩そのものからは、過ぎていく時間への焦りと、自ら声を上げる女性のまっすぐさが伝わってくる。好機は待っていても戻らない。梅の実の数え歌のような形の中に、時を惜しむ人の普遍的な心がある。
この章句が説くこと
詩経婚期梅女性時
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