詩経 / 国風・召南・殷其靁
《殷其靁》,勸以義也。召南之大夫遠行從政,不遑寧處。其室家能閔其勤勞,勸以義也。 殷其靁,在南山之陽。何斯違斯?莫敢或遑。振振君子,歸哉歸哉! 殷其靁,在南山之側。何斯違斯?莫敢遑息。振振君子,歸哉歸哉! 殷其靁,在南山之下。何斯違斯?莫或遑處。振振君子,歸哉歸哉!
新字:《殷其靁》,勧以義也。召南之大夫遠行従政,不遑寧処。其室家能閔其勤労,勧以義也。 殷其靁,在南山之陽。何斯違斯?莫敢或遑。振振君子,帰哉帰哉! 殷其靁,在南山之側。何斯違斯?莫敢遑息。振振君子,帰哉帰哉! 殷其靁,在南山之下。何斯違斯?莫或遑処。振振君子,帰哉帰哉!
書き下し
殷其靁(いんきらい)は、勧むるに義を以てするなり。召南の大夫遠く行きて政に従い、寧処(ねいしょ)するに遑(いとま)あらず。其の室家能く其の勤労を閔(あわれ)み、勧むるに義を以てするなり。 殷(いん)たる其の靁(かみなり)、南山の陽(みなみ)に在り。何ぞ斯(こ)の斯(ここ)を違(さ)る、敢えて或いは遑あること莫し。振振たる君子、帰らんかな帰らんかな。 殷たる其の靁、南山の側に在り。何ぞ斯の斯を違る、敢えて遑息(こうそく)すること莫し。振振たる君子、帰らんかな帰らんかな。 殷たる其の靁、南山の下に在り。何ぞ斯の斯を違る、或いは遑処(こうしょ)すること莫し。振振たる君子、帰らんかな帰らんかな。
現代語訳
「殷其靁」の詩は、義によって夫を励ましたことを歌ったものである。召南の大夫は遠く出かけて政務に従い、落ち着いて家にいる暇もなかった。その妻は夫の苦労をいたわりつつ、義の道によって夫を励ますことができたのである。 ごろごろと雷が鳴る、南の山の日の当たる側で。どうしてあの人はここを離れて行ったのか、少しの暇もとれないのだ。誠実で頼もしいあの方よ、帰っておいで、帰っておいで。 ごろごろと雷が鳴る、南の山の脇で。どうしてあの人はここを離れて行ったのか、ひと息つく暇もないのだ。誠実で頼もしいあの方よ、帰っておいで、帰っておいで。 ごろごろと雷が鳴る、南の山のふもとで。どうしてあの人はここを離れて行ったのか、落ち着いて休む暇もないのだ。誠実で頼もしいあの方よ、帰っておいで、帰っておいで。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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荀子・宥坐篇詩に曰く、「彼の日月を瞻(み)れば、悠悠たり我が思い。道の云(ここ)に遠き、曷(いつ)か云に能く来たらん」と。子曰く、「伊(そ)れ稽首(けいしゅ)せば、其れ来たること有らざらんや」と。
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