詩経 / 国風・召南・羔羊
《羔羊》,《鵲巢》之功致也。召南之國,化文王之政,在位皆節儉正直,德如羔羊也。 羔羊之皮,素絲五紽。退食自公,委蛇委蛇。 羔羊之革,素絲五緎。委蛇委蛇,自公退食。 羔羊之縫,素絲五總。委蛇委蛇,退食自公。
新字:《羔羊》,《鵲巣》之功致也。召南之国,化文王之政,在位皆節倹正直,徳如羔羊也。 羔羊之皮,素糸五紽。退食自公,委蛇委蛇。 羔羊之革,素糸五緎。委蛇委蛇,自公退食。 羔羊之縫,素糸五総。委蛇委蛇,退食自公。
書き下し
羔羊(こうよう)は、鵲巣の功の致す所なり。召南の国、文王の政に化せられ、位に在る者皆節倹正直にして、徳羔羊の如きなり。 羔羊(こひつじ)の皮、素糸(そし)五紽(ごだ)。退きて食すること公よりす、委蛇(いい)委蛇たり。 羔羊の革、素糸五緎(ごよく)。委蛇委蛇として、公より退きて食す。 羔羊の縫、素糸五総(ごそう)。委蛇委蛇として、退きて食すること公よりす。
現代語訳
「羔羊」の詩は、「鵲巣」に歌われた夫人の徳がもたらした成果を歌ったものである。召南の国々は文王の政治に感化され、位にある者はみな倹約で正直であり、その徳は子羊のように穏やかで純粋であった。 子羊の皮衣に、白い絹糸の縫い取りが五つ。役所から退いて家で食事をとる、ゆったりと落ち着いた足取りで。 子羊の皮衣に、白い絹糸の縫い取りが五つ。ゆったりと落ち着いた足取りで、役所から退いて食事をとる。 子羊の皮衣の縫い目に、白い絹糸の縫い取りが五つ。ゆったりと落ち着いた足取りで、退いて役所から食事に帰る。
解説
子羊の皮衣をまとい、白い絹糸で縫い目を飾った役人が、公務を終えてゆったりと退出し、食事に向かう姿を描く。「委蛇委蛇」はゆったりとくねるように歩むさまを表す言葉で、せかせかしない落ち着きと満ち足りた心を感じさせる。毛詩序はこれを、文王の政治に感化された召南の官吏たちが節倹で正直であり、子羊のような純真な徳を持っていたことをたたえた詩とする。子羊の皮は大夫の服として用いられたもので、華美ではないが礼にかなった装いとされた。一方で、詩の言葉だけを見れば、禄を得て悠々と帰る役人の姿を皮肉ったとも読めなくはない。どちらに読むにせよ、公の務めを果たして悠々と帰る姿は、仕事と暮らしの節目がきちんとある生活の象徴として映る。仕事を終えた後の足取りに、その人の仕事ぶりと心の余裕が表れる。
この章句が説くこと
詩経役人節倹召南衣服
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