詩経 / 国風・周南・漢広
《漢廣》,德廣所及也。文王之道被於南國,美化行乎江漢之域,無思犯禮,求而不可得也。 南有喬木,不可休息。漢有遊女,不可求思。漢之廣矣,不可泳思。江之永矣,不可方思。 翹翹錯薪,言刈其楚。之子于歸,言秣其馬。漢之廣矣,不可泳思。江之永矣,不可方思。 翹翹錯薪,言刈其蔞。之子于歸,言秣其駒。漢之廣矣,不可泳思。江之永矣,不可方思。
新字:《漢広》,徳広所及也。文王之道被於南国,美化行乎江漢之域,無思犯礼,求而不可得也。 南有喬木,不可休息。漢有遊女,不可求思。漢之広矣,不可泳思。江之永矣,不可方思。 翹翹錯薪,言刈其楚。之子于帰,言秣其馬。漢之広矣,不可泳思。江之永矣,不可方思。 翹翹錯薪,言刈其蔞。之子于帰,言秣其駒。漢之広矣,不可泳思。江之永矣,不可方思。
書き下し
漢広(かんこう)は、徳の広く及ぶ所なり。文王の道、南国に被(こうむ)り、美化、江漢の域に行わる。礼を犯さんと思う無く、求むれども得べからざるなり。 南に喬木(きょうぼく)有り、休息すべからず。漢に遊女有り、求むべからず。漢の広き、泳ぐべからず。江の永き、方(いかだ)すべからず。 翹翹(ぎょうぎょう)たる錯薪(さくしん)、言(ここ)に其の楚(そ)を刈る。之の子于き帰がば、言に其の馬に秣(まぐさか)わん。漢の広き、泳ぐべからず。江の永き、方すべからず。 翹翹たる錯薪、言に其の蔞(ろう)を刈る。之の子于き帰がば、言に其の駒に秣わん。漢の広き、泳ぐべからず。江の永き、方すべからず。
現代語訳
「漢広」の詩は、文王の徳が広く行きわたったことを歌ったものである。文王の道が南方の国々に及び、よき感化が長江と漢水の流域に行われた。人々は礼を犯そうとは思わず、求めても手に入らないものは求めなかったのである。 南の地に高くそびえる木があるが、その下で休むことはできない。漢水のほとりに出歩く娘がいるが、言い寄ることはできない。漢水は広く、泳いで渡ることはできない。長江は長く、いかだで渡ることはできない。 高く伸びた雑木の中から、にんじんぼくを刈り取る。あの娘が嫁いでゆくなら、せめてその馬にまぐさをやる役でもしよう。漢水は広く、泳いで渡ることはできない。長江は長く、いかだで渡ることはできない。 高く伸びた雑木の中から、よもぎを刈り取る。あの娘が嫁いでゆくなら、せめてその若駒にまぐさをやる役でもしよう。漢水は広く、泳いで渡ることはできない。長江は長く、いかだで渡ることはできない。
解説
この章句が説くこと
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