詩経 / 国風・周南・芣苢
《芣苢》,后妃之美也。和平則婦人樂有子矣。 采采芣苢,薄言采之。采采芣苢,薄言有之。 采采芣苢,薄言掇之。采采芣苢,薄言捋之。 采采芣苢,薄言袺之。采采芣苢,薄言襭之。
新字:《芣苢》,后妃之美也。和平則婦人楽有子矣。 采采芣苢,薄言采之。采采芣苢,薄言有之。 采采芣苢,薄言掇之。采采芣苢,薄言捋之。 采采芣苢,薄言袺之。采采芣苢,薄言襭之。
書き下し
芣苢(ふい)は、后妃の美なり。和平なれば則ち婦人、子有るを楽しむ。 采り采る芣苢、薄(いささ)か言(ここ)にこれを采る。采り采る芣苢、薄か言にこれを有(たも)つ。 采り采る芣苢、薄か言にこれを掇(ひろ)う。采り采る芣苢、薄か言にこれを捋(しご)く。 采り采る芣苢、薄か言にこれを袺(つまど)る。采り采る芣苢、薄か言にこれを襭(はさ)む。
現代語訳
「芣苢」の詩は、后妃の美徳を歌ったものである。世の中が穏やかに治まっていれば、婦人たちは子を持つことを楽しむ。 摘みましょう摘みましょう、おおばこを。さあ摘みましょう。摘みましょう摘みましょう、おおばこを。さあ手に入れましょう。 摘みましょう摘みましょう、おおばこを。さあ拾いましょう。摘みましょう摘みましょう、おおばこを。さあしごき取りましょう。 摘みましょう摘みましょう、おおばこを。さあ衣のすそをつまんで入れましょう。摘みましょう摘みましょう、おおばこを。さあすそを帯にはさんで包みましょう。
解説
野でおおばこ(芣苢)を摘む女性たちの労働の歌である。同じ句をくり返しながら、「采る」「有つ」「掇う」「捋く」「袺る」「襭む」と動詞だけを替えていき、摘みはじめてから衣のすそいっぱいに包むまでの手の動きが、そのまま歌のリズムになっている。毛詩序は、世が平和なので婦人が子を持つことを楽しむ詩とし、毛伝はおおばこを子を宿すのによい草と説いた。朱熹『詩集伝』は、教化が行きわたり家が平和で、婦人たちが連れ立ってこの草を摘み、その楽しさを歌った詩と読む。清の方玉潤は『詩経原始』で、この詩を、晴れた野で女たちが三々五々声を合わせて歌い交わす情景として味わうよう説いた。意味よりも声の重なりが生む楽しさを味わうべき詩であり、単調な仕事も歌と仲間があれば軽くなるという、働く人の知恵がここにある。
この章句が説くこと
詩経労働歌女性采草
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