詩経 / 国風・周南・巻耳
《卷耳》,后妃之志也,又當輔佐君子,求賢審官,知臣下之勤勞。內有進賢之志,而無險詖私謁之心,朝夕思念,至於憂勤也。 采采卷耳,不盈頃筐。嗟我懷人,寘彼周行。 陟彼崔嵬,我馬虺隤。我姑酌彼金罍,維以不永懷。 陟彼高岡,我馬玄黃。我姑酌彼兕觥,維以不永傷。 陟彼砠矣,我馬瘏矣。我僕痡矣,云何吁矣。
新字:《巻耳》,后妃之志也,又当輔佐君子,求賢審官,知臣下之勤労。内有進賢之志,而無険詖私謁之心,朝夕思念,至於憂勤也。 采采巻耳,不盈頃筐。嗟我懐人,寘彼周行。 陟彼崔嵬,我馬虺隤。我姑酌彼金罍,維以不永懐。 陟彼高岡,我馬玄黄。我姑酌彼兕觥,維以不永傷。 陟彼砠矣,我馬瘏矣。我僕痡矣,云何吁矣。
書き下し
巻耳(けんじ)は、后妃の志なり。又当(まさ)に君子を輔佐し、賢を求め官を審(つまび)らかにし、臣下の勤労を知るべし。内に賢を進むるの志有りて、険詖(けんぴ)私謁(しえつ)の心無く、朝夕に思念して、憂勤に至るなり。 采り采る巻耳、頃筐(けいきょう)に盈(み)たず。嗟(ああ)我が懐(おも)う人、彼の周行(しゅうこう)に寘(お)く。 彼の崔嵬(さいかい)に陟(のぼ)れば、我が馬虺隤(かいたい)たり。我姑(しばら)く彼の金罍(きんらい)に酌(く)み、維れ以て永く懐(おも)わざらん。 彼の高岡に陟れば、我が馬玄黄(げんこう)たり。我姑く彼の兕觥(じこう)に酌み、維れ以て永く傷まざらん。 彼の砠(しょ)に陟れば、我が馬瘏(や)めり。我が僕痡(や)めり、云(ここ)に何ぞ吁(うれ)えん。
現代語訳
「巻耳」の詩は、后妃の志を歌ったものである。后妃はさらに君主を補佐して、賢者を求め、官職にふさわしい人を見きわめ、臣下の苦労を知っていなければならない。心の内に賢者を推挙しようという志があり、よこしまな心や私的な頼みごとをする心はなく、朝に夕に思いをめぐらせ、憂え努めるほどであった。 おなもみを摘んでも摘んでも、浅いかごさえいっぱいにならない。ああ、あの人を思うと手につかず、かごを大路の脇に置いてしまう。 あの岩山に登れば、わたしの馬は疲れて足を引きずる。まあひとまず、あの金の酒がめから酒を酌み、いつまでも思い続けずにすむようにしよう。 あの高い丘に登れば、わたしの馬は病んで毛色もくすむ。まあひとまず、あの犀の角の杯で酒を酌み、いつまでも心を痛めずにすむようにしよう。 あの石だらけの山に登れば、わたしの馬は倒れそうに病み、わたしの従者も疲れ果てた。ああ、なんと憂わしいことか。
解説
この章句が説くこと
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