詩経 / 詩大序二
上以風化下,下以風刺上,主文而譎諫,言之者無罪,聞之者足以戒,故曰風。至于王道衰,禮義廢,政教失,國異政,家殊俗,而變風、變雅作矣。國史明乎得失之迹,傷人倫之廢,哀刑政之苛,吟詠情性,以風其上。達於事變而懷其舊俗者也。故變風發乎情,止乎禮義。發乎情,民之性也;止乎禮義,先王之澤也。是以一國之事,繫一人之本,謂之風。言天下之事,形四方之風,謂之雅。雅者,正也,言王政之所由廢興也。政有小大,故有《小雅》焉,有《大雅》焉。頌者,美盛德之形容,以其成功,告於神明者也。是謂四始,《詩》之至也。
新字:上以風化下,下以風刺上,主文而譎諫,言之者無罪,聞之者足以戒,故曰風。至于王道衰,礼義廃,政教失,国異政,家殊俗,而変風、変雅作矣。国史明乎得失之迹,傷人倫之廃,哀刑政之苛,吟詠情性,以風其上。達於事変而懐其旧俗者也。故変風発乎情,止乎礼義。発乎情,民之性也;止乎礼義,先王之沢也。是以一国之事,繋一人之本,謂之風。言天下之事,形四方之風,謂之雅。雅者,正也,言王政之所由廃興也。政有小大,故有《小雅》焉,有《大雅》焉。頌者,美盛徳之形容,以其成功,告於神明者也。是謂四始,《詩》之至也。
書き下し
上は風を以て下を化し、下は風を以て上を刺(そし)る。文(あや)を主として譎諫(けっかん)す。これを言う者は罪無く、これを聞く者は以て戒むるに足る。故に風と曰う。王道衰え、礼義廃れ、政教失われ、国は政を異にし、家は俗を殊にするに至りて、変風・変雅作る。国史、得失の迹(あと)に明らかにして、人倫の廃るるを傷み、刑政の苛(から)きを哀しみ、情性を吟詠して、以て其の上を風す。事変に達して其の旧俗を懐(おも)う者なり。故に変風は情に発して、礼義に止まる。情に発するは、民の性なり。礼義に止まるは、先王の沢(たく)なり。是を以て一国の事、一人の本に繋(か)くる、これを風と謂う。天下の事を言い、四方の風を形(あら)わす、これを雅と謂う。雅とは、正なり。王政の由りて廃興する所を言うなり。政に小大有り、故に小雅有り、大雅有り。頌とは、盛徳の形容を美(ほ)め、其の成功を以て神明に告ぐる者なり。是を四始と謂う。詩の至りなり。
現代語訳
上に立つ者は風によって下の者を感化し、下の者は風によって上の者をそれとなく批判する。言葉の綾を主とし、直言せず遠回しに諫める。だから、それを言った者は罪に問われず、それを聞いた者は自らを戒めるのに十分である。それゆえ「風」という。やがて王の道が衰え、礼と義がすたれ、政治と教化が失われ、国ごとに政治が異なり、家ごとに風俗がばらばらになるに及んで、「変風」「変雅」(乱れた世の風と雅)が作られた。国の史官は政治の得失の跡をよくわきまえ、人の道がすたれたことを痛み、刑罰と政治の過酷さを悲しんで、人の心情をうたい上げ、それによって上の者を諷した。これは世の移り変わりに通じつつ、古きよき風俗を懐かしむ者の作である。だから変風は、感情から発しながらも、礼と義のところで踏みとどまる。感情から発するのは民の本性であり、礼義に踏みとどまるのは先王の恩沢が残っているからである。こうして、一国の事柄を一人の心に託して歌ったものを「風」という。天下の事柄を述べ、四方の風俗を形に表したものを「雅」という。雅とは「正しい」という意味であり、王の政治がどうして衰え、どうして興るのかを語るものである。政治には小事と大事があるので、「小雅」があり「大雅」がある。「頌」とは、盛んな徳の姿をほめたたえ、その成し遂げた功業を神々に告げるものである。これを「四始」(風・小雅・大雅・頌の四つの始まり)といい、詩の極致である。
解説
この章句が説くこと
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孔子家語・論禮子夏、孔子に侍坐して曰わく、「敢えて問う、詩に云う、『愷悌の君子は、民の父母』と。何如なれば斯れ民の父母と謂うべきか。」孔子曰わく、「夫れ民の父母は、必ず礼楽の源に達し、以て五至を致し三無を行い、以て天下に横たわる。四方に敗有れば、必ず先んじてこれを知る。此れを民の父母と謂う。」
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論語・八佾篇『関雎』は楽しくして淫せず、哀しくして傷(やぶ)らず。
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荀子・宥坐篇詩に曰く、「彼の日月を瞻(み)れば、悠悠たり我が思い。道の云(ここ)に遠き、曷(いつ)か云に能く来たらん」と。子曰く、「伊(そ)れ稽首(けいしゅ)せば、其れ来たること有らざらんや」と。
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『呻吟語』外篇・治道・民の父母『詩』に云ふ、「樂しき君子は、民の父母」と。又た曰く、「豈弟の君子は、民の父母」と。君子は『詩』に觀て、政を為すの道を知るなり。
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