詩経 / 詩大序一
風,風也,教也。風以動之,教以化之。詩者,志之所之也,在心為志,發言為詩。情動於中而形於言。言之不足,故嗟歎之;嗟歎之不足,故永歌之;永歌之不足,不知手之舞之、足之蹈之也。情發於聲,聲成文謂之音。治世之音安以樂,其政和;亂世之音怨以怒,其政乖;亡國之音哀以思,其民困。故正得失、動天地、感鬼神,莫近於詩。先王以是經夫婦、成孝敬、厚人倫、美教化、移風俗。故詩有六義焉:一曰風,二曰賦,三曰比,四曰興,五曰雅,六曰頌。
新字:風,風也,教也。風以動之,教以化之。詩者,志之所之也,在心為志,発言為詩。情動於中而形於言。言之不足,故嗟嘆之;嗟嘆之不足,故永歌之;永歌之不足,不知手之舞之、足之蹈之也。情発於声,声成文謂之音。治世之音安以楽,其政和;乱世之音怨以怒,其政乖;亡国之音哀以思,其民困。故正得失、動天地、感鬼神,莫近於詩。先王以是経夫婦、成孝敬、厚人倫、美教化、移風俗。故詩有六義焉:一曰風,二曰賦,三曰比,四曰興,五曰雅,六曰頌。
書き下し
風は、風(ふう)なり、教えなり。風以てこれを動かし、教え以てこれを化す。詩は、志の之(ゆ)く所なり。心に在るを志と為し、言に発するを詩と為す。情、中(うち)に動きて言に形(あら)わる。これを言いて足らず、故にこれを嗟歎(さたん)す。これを嗟歎して足らず、故にこれを永歌(えいか)す。これを永歌して足らず、手の舞い、足の蹈(ふ)むを知らざるなり。情、声に発し、声、文(あや)を成す、これを音と謂う。治世の音は安らかにして以て楽しむ、其の政(まつりごと)和すればなり。乱世の音は怨みて以て怒る、其の政乖(そむ)けばなり。亡国の音は哀しみて以て思う、其の民困(くる)しめばなり。故に得失を正し、天地を動かし、鬼神を感ぜしむるは、詩より近きは莫し。先王是(これ)を以て夫婦を経(おさ)め、孝敬を成し、人倫を厚くし、教化を美(よ)くし、風俗を移す。故に詩に六義(りくぎ)有り。一に曰く風(ふう)、二に曰く賦(ふ)、三に曰く比(ひ)、四に曰く興(きょう)、五に曰く雅(が)、六に曰く頌(しょう)。
現代語訳
「風」とは、風(かぜ)のように人を動かすことであり、教えることである。風のように心を動かし、教えによって人を変えてゆく。詩とは、心の向かうところ(志)が形になったものである。心の中にあるうちは志であり、それが言葉となって発せられると詩になる。感情が胸の内で動くと、言葉となって表に現れる。言葉にしても足りないので、ため息まじりに嘆く。嘆いても足りないので、声を長く引いて歌う。歌ってもまだ足りないと、思わず手が舞い、足が踏み鳴らされる。感情は声となって発し、声が節(あや)をなしたものを「音」という。治まった世の音は穏やかで楽しげである。その政治が調和しているからだ。乱れた世の音は恨みがこもり怒りを帯びる。その政治が道にそむいているからだ。滅びゆく国の音は悲しみに沈み物思わしげである。その民が苦しんでいるからだ。だから、政治の得失を正し、天地を動かし、神霊を感応させるものとして、詩ほど身近で力あるものはない。古の王たちはこの詩によって夫婦の道を整え、親への孝と目上への敬いを成し遂げ、人と人との道義を厚くし、教化をよりよいものにし、風俗を改めていった。そこで詩には六つの義がある。一は風(くにぶり)、二は賦(ありのままに述べる)、三は比(たとえる)、四は興(景物から歌い起こす)、五は雅(朝廷の正しい歌)、六は頌(祖先の徳をたたえる歌)である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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呂氏春秋・先己④詩に曰く、「轡を執ること組の如し。」孔子曰く、「此の言を審らかにすれば、以て天下を為む可し。」子貢曰く、「何ぞ其れ躁なるや。」孔子曰く、「其の躁なるを謂うに非ざるなり。其の之を此に為めて、文を彼に成すを謂えるなり。」聖人は其の身を組修して、文を天下に成す。故に子華子曰く、「丘陵成りて、穴する者安んじ、深淵成りて魚鱉安んじ、松柏成りて塗の人已に蔭せらる。」
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孔子家語・論禮子夏、孔子に侍坐して曰わく、「敢えて問う、詩に云う、『愷悌の君子は、民の父母』と。何如なれば斯れ民の父母と謂うべきか。」孔子曰わく、「夫れ民の父母は、必ず礼楽の源に達し、以て五至を致し三無を行い、以て天下に横たわる。四方に敗有れば、必ず先んじてこれを知る。此れを民の父母と謂う。」
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論語・八佾篇『関雎』は楽しくして淫せず、哀しくして傷(やぶ)らず。
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荀子・宥坐篇詩に曰く、「彼の日月を瞻(み)れば、悠悠たり我が思い。道の云(ここ)に遠き、曷(いつ)か云に能く来たらん」と。子曰く、「伊(そ)れ稽首(けいしゅ)せば、其れ来たること有らざらんや」と。
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『呻吟語』外篇・治道・民の父母『詩』に云ふ、「樂しき君子は、民の父母」と。又た曰く、「豈弟の君子は、民の父母」と。君子は『詩』に觀て、政を為すの道を知るなり。
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