詩経 / 詩大序三
然則《關雎》《麟趾》之化,王者之風,故繫之周公。南,言化自北而南也。《鵲巢》《騶虞》之德,諸侯之風也,先王之所以教,故繫之召公。《周南》《召南》,正始之道,王化之基。是以《關雎》樂得淑女以配君子,憂在進賢,不淫其色。哀窈窕,思賢才,而無傷善之心焉,是《關雎》之義也。
新字:然則《関雎》《麟趾》之化,王者之風,故繋之周公。南,言化自北而南也。《鵲巣》《騶虞》之徳,諸侯之風也,先王之所以教,故繋之召公。《周南》《召南》,正始之道,王化之基。是以《関雎》楽得淑女以配君子,憂在進賢,不淫其色。哀窈窕,思賢才,而無傷善之心焉,是《関雎》之義也。
書き下し
然らば則ち関雎・麟趾の化は、王者の風なり、故にこれを周公に繋く。南とは、化の北よりして南するを言うなり。鵲巣(じゃくそう)・騶虞(すうぐ)の徳は、諸侯の風なり、先王の以て教うる所なり、故にこれを召公(しょうこう)に繋く。周南・召南は、正始の道、王化の基(もとい)なり。是を以て関雎は淑女を得て以て君子に配するを楽しみ、憂いは賢を進むるに在りて、其の色に淫せず。窈窕を哀しみ、賢才を思いて、善を傷(そこな)うの心無し。是れ関雎の義なり。
現代語訳
そうであるから、「関雎」から「麟之趾」までの詩による感化は、天下の王者の風であり、それゆえ周公(周の文王の子で、武王の弟)に結びつけて「周南」とした。「南」というのは、感化が北から南へと及んでいったことをいう。「鵲巣」から「騶虞」までの詩に表れた徳は、諸侯の風であり、先王が人々を教えたところのものであるから、召公(周の王族で、周公と並ぶ重臣)に結びつけて「召南」とした。「周南」と「召南」は、始めを正す道であり、王者による教化の土台である。こうして「関雎」は、よき娘を得て君子の伴侶とすることを喜び、心を砕くのは賢者を推し進めることにあって、その美しさにおぼれることはない。しとやかな娘がまだ得られないことを悲しみ、すぐれた才ある人を思い求めながらも、善き人をねたみ損なう心はない。これが「関雎」の意義である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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論語・八佾篇『関雎』は楽しくして淫せず、哀しくして傷(やぶ)らず。
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孔子家語・好生孔子曰わく、「小辯は義を害し、小言は道を破る。関睢は鳥に興りて君子之を美とす、其の雄雌の別有るを取ればなり。鹿鳴は獣に興りて、君子之を大とす、其の食を得て相い呼ぶを取ればなり。若し鳥獣の名を以て之を嫌わば、固より行わる可からざるなり。」
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詩経・国風・周南・関雎関雎(かんしょ)は、后妃(こうひ)の徳なり。風(ふう)の始めなり。天下を風して夫婦を正す所以(ゆえん)なり。故にこれを郷人に用い、これを邦国に用う。 関関(かんかん)たる雎鳩(しょきゅう)は、河の洲(す)に在り。窈窕(ようちょう)たる淑女は、君子の好逑(こうきゅう)。 参差(しんし)たる荇菜(こうさい)は、左右にこれを流(もと)む。窈窕たる淑女は、寤寐(ごび)にこれを求む。これを求めて得ざれば、寤寐に思服す。悠なるかな悠なるかな、輾転反側(てんてんはんそく)す。 参差たる荇菜は、左右にこれを采(と)る。窈窕たる淑女は、琴瑟(きんしつ)にてこれを友とす。参差たる荇菜は、左右にこれを芼(えら)ぶ。窈窕たる淑女は、鍾鼓(しょうこ)にてこれを楽しましむ。
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荀子・大略篇国風の色を好むや、伝に曰く、「其の欲を盈(み)たして其の止(とど)まるを愆(あやま)らず。其の誠は金石に比すべく、其の声は宗廟に内(い)るべし」と。小雅は汙上(をじょう)に用ゐられず、自ら引きて下に居り、今の政を疾(にく)みて以て往者を思ふ。其の言に文(あや)有り、其の声に哀しみ有り。
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荀子・宥坐篇詩に曰く、「彼の日月を瞻(み)れば、悠悠たり我が思い。道の云(ここ)に遠き、曷(いつ)か云に能く来たらん」と。子曰く、「伊(そ)れ稽首(けいしゅ)せば、其れ来たること有らざらんや」と。
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呂氏春秋・先己④詩に曰く、「轡を執ること組の如し。」孔子曰く、「此の言を審らかにすれば、以て天下を為む可し。」子貢曰く、「何ぞ其れ躁なるや。」孔子曰く、「其の躁なるを謂うに非ざるなり。其の之を此に為めて、文を彼に成すを謂えるなり。」聖人は其の身を組修して、文を天下に成す。故に子華子曰く、「丘陵成りて、穴する者安んじ、深淵成りて魚鱉安んじ、松柏成りて塗の人已に蔭せらる。」
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