史記 / 貨殖列伝
通邑大都,酤一歲千釀,醯醬千瓨,漿千甔,屠牛羊彘千皮,販穀糶千鐘,薪槁千車,船長千丈,木千章,竹竿萬,其軺車百乘,牛車千兩,木器髤者千枚,銅器千鈞,素木鐵器若炧茜千石,馬蹄蹾千,牛千足,羊彘千雙,僮手指千,筋角丹沙千斤,其帛絮細布千鈞,文采千匹,榻布皮革千石,漆千斗,糱麹鹽豉千荅,鮐鮆千斤,鯫千石,鮑千鈞,棗栗千石者三之,狐鼦裘千皮,羔羊裘千石,旃席千具,佗果菜千鐘,子貸金錢千貫,節駔會,貪賈三之,廉賈五之,此亦比千乘之家,其大率也。佗雜業不中什二,則非吾財也。請略道當世千里之中,賢人所以富者,令後世得以觀擇焉。蜀卓氏之先,趙人也,用鐵冶富。秦破趙,遷卓氏。卓氏見虜略,獨夫妻推輦,行詣遷處。諸遷虜少有餘財,爭與吏,求近處,處葭萌。唯卓氏曰:「此地狹薄。吾聞汶山之下,沃野,下有蹲鴟,至死不饑。民工於市,易賈。」乃求遠遷。致之臨邛,大喜,即鐵山鼓鑄,運籌策,傾滇蜀之民,富至僮千人。田池射獵之樂,擬於人君。程鄭,山東遷虜也,亦冶鑄,賈椎髻之民,富埒卓氏,俱居臨邛。宛孔氏之先,梁人也,用鐵冶為業。秦伐魏,遷孔氏南陽。
新字:通邑大都,酤一歳千醸,醯醬千瓨,漿千甔,屠牛羊彘千皮,販穀糶千鐘,薪槁千車,船長千丈,木千章,竹竿万,其軺車百乗,牛車千両,木器髤者千枚,銅器千鈞,素木鉄器若炧茜千石,馬蹄蹾千,牛千足,羊彘千双,僮手指千,筋角丹沙千斤,其帛絮細布千鈞,文采千匹,榻布皮革千石,漆千斗,糱麹塩豉千荅,鮐鮆千斤,鯫千石,鮑千鈞,棗栗千石者三之,狐鼦裘千皮,羔羊裘千石,旃席千具,佗果菜千鐘,子貸金銭千貫,節駔会,貪賈三之,廉賈五之,此亦比千乗之家,其大率也。佗雑業不中什二,則非吾財也。請略道当世千里之中,賢人所以富者,令後世得以観択焉。蜀卓氏之先,趙人也,用鉄冶富。秦破趙,遷卓氏。卓氏見虜略,独夫妻推輦,行詣遷処。諸遷虜少有余財,争与吏,求近処,処葭萌。唯卓氏曰:「此地狭薄。吾聞汶山之下,沃野,下有蹲鴟,至死不饑。民工於市,易賈。」乃求遠遷。致之臨邛,大喜,即鉄山鼓鋳,運籌策,傾滇蜀之民,富至僮千人。田池射猟之楽,擬於人君。程鄭,山東遷虜也,亦冶鋳,賈椎髻之民,富埒卓氏,倶居臨邛。宛孔氏之先,梁人也,用鉄冶為業。秦伐魏,遷孔氏南陽。
書き下し
通邑大都、酤ること一歳に千醸、醯醤千瓨、漿千甔、屠る牛羊彘千皮、販ぐ穀の糶千鍾、薪槁千車、船長千丈、木千章、竹竿万、其の軺車百乗、牛車千両、木器の髤する者千枚、銅器千鈞、素木・鉄器若しくは炧茜千石、馬の蹄躈千、牛千足、羊彘千双、僮の手指千、筋角丹沙千斤、其の帛絮細布千鈞、文采千匹、榻布皮革千石、漆千斗、糱麹塩豉千荅、鮐鮆千斤、鯫千石、鮑千鈞、棗栗千石なる者は之を三にす。狐鼦の裘千皮、羔羊の裘千石、旃席千具、佗の果菜千鍾、子貸金銭千貫。節駔会し、貪賈は之を三にし、廉賈は之を五にす。此れ亦千乗の家に比す。其の大率なり。佗の雑業は什の二に中らずんば、則ち吾が財に非ざるなり。請ふ略々当世千里の中、賢人の富む所以の者を道ひ、後世をして観択するを得しめん。蜀の卓氏の先は趙人なり。鉄冶を用て富む。秦趙を破り、卓氏を遷す。卓氏虜略せられ、独り夫妻輦を推し、行きて遷す処に詣る。諸々の遷虜少しく余財有る者は、争ひて吏に与へ、近き処を求め、葭萌に処る。唯だ卓氏曰く、「此の地は狭薄なり。吾聞く、汶山の下は沃野にして、下に蹲鴟有り、死に至るまで饑ゑず。民は市に工みにして、賈し易し」と。乃ち遠く遷さんことを求む。之を臨邛に致す。大いに喜び、即ち鉄山に鼓鋳し、籌策を運らし、滇蜀の民を傾け、富は僮千人に至る。田池射猟の楽しみ、人君に擬す。程鄭は山東の遷虜なり。亦冶鋳し、椎髻の民に賈し、富は卓氏に埒しく、俱に臨邛に居る。宛の孔氏の先は梁人なり。鉄冶を用て業と為す。秦魏を伐ち、孔氏を南陽に遷す。
現代語訳
交通の便のよい町や大都市で、一年に酒を千甕醸造し、酢や醤を千瓶、飲み物を千甕、屠った牛・羊・豚が千頭分の皮、売る穀物が千鍾、薪やわらが車千台分、船が長さの合計千丈、材木が千本、竹竿が一万本、小型の馬車が百台、牛車が千台、漆塗りの木器が千個、銅器が千鈞、白木の器や鉄器あるいは梔子や茜が千石、馬が蹄と尻の穴で千(二百頭)、牛が千足、羊や豚が千対、奴僕が手の指で千(百人)、筋・角・丹砂が千斤、絹・綿・細布が千鈞、模様のある絹が千匹、粗布や皮革が千石、漆が千斗、麹・塩・豆豉が千甕、鮐(ふぐ)や鮆(えつ)が千斤、小魚が千石、塩漬けの魚が千鈞、なつめや栗は三千石、狐やてんの皮衣が千枚、子羊の皮衣が千石、毛織の敷物が千枚、その他の果物や野菜が千鍾、利息をとって貸す金銭が千貫。仲買人として取引をまとめれば、欲張りな商人は三割、清廉な商人は五割の利を得る。これらもまた兵車千乗の家に匹敵する。これがおおよその基準である。その他の雑多な生業で、利益が二割に達しないものは、私の言う財ではない。当世の千里四方の中で、賢人が富を築いた方法をあらまし述べて、後世の人々が見て選べるようにしたい。蜀の卓氏の祖先は趙の人で、製鉄で富を築いた。秦が趙を破ると、卓氏は強制移住させられた。卓氏は捕らえられ財産を奪われ、ただ夫婦二人で手押し車を押して移住先へ向かった。移住させられた捕虜のうち少しでも財産の残っていた者は、争って役人に賄賂を贈り、近い所を求めて葭萌に住みついた。ただ卓氏だけはこう言った。「ここは狭くてやせた土地だ。聞くところでは、汶山のふもとは肥えた野で、地中には蹲鴟(大きな芋)があり、死ぬまで飢えることはない。民は市場での商いに長けていて、商売がしやすい」。そして遠くへ移されることを願い出た。臨邛に送られると大いに喜び、すぐに鉄鉱山でふいごを使って鋳造し、計略をめぐらせて、滇や蜀の民を相手に商売して富を集め、召使いが千人に及ぶほどになった。田畑や池、狩猟の楽しみは、君主に並ぶほどであった。程鄭は山東から移住させられた捕虜で、これも製鉄業を営み、髷を椎の形に結う西南の異民族と取引し、その富は卓氏に匹敵し、ともに臨邛に住んだ。宛の孔氏の祖先は梁の人で、製鉄を生業としていた。秦が魏を討つと、孔氏は南陽に移住させられた。
解説
関連する章句
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史記 貨殖列伝大いに鼓鋳し、陂池を規(はか)り、車騎を連ね、諸侯に游び、因りて商賈の利を通じ、游閑の公子の賜与の名有り。然れども其の贏得は当に過ぎ、繊嗇より愈(まさ)り、家は富を致すこと数千金。故に南陽の行賈は尽く孔氏の雍容に法る。魯人の俗は倹嗇にして、曹の邴氏は尤も甚だし。鉄冶を以て起こり、富は巨万に至る。然れども家は父兄子孫より約し、俛して拾ふ有り、仰いで取る有り。貰貸行賈すること郡国に遍し。鄒・魯其の故を以て多く文学を去りて利に趨く者は、曹の邴氏を以てなり。斉の俗は奴虜を賤しむ。而して刀間独り之を愛貴す。桀黠の奴は人の患ふる所なり。唯だ刀間収取し、之をして漁塩商賈の利を逐はしめ、或いは車騎を連ね、守相に交はらしむ。然れども愈々益々之に任ず。終に其の力を得、富を起こすこと数千万。故に曰く、「寧ろ爵せんよりは刀すること毋からんや」と。其の能く豪奴をして自ら饒かにして其の力を尽くさしむるを言ふ。周人既に繊にして、師史は尤も甚だし。轂を転ずること百を以て数へ、郡国に賈し、至らざる所無し。洛陽の街居は斉・秦・楚・趙の中に在り。貧人は富家に事ふるを学び、相矜るに久しく賈するを以てし、数々邑を過ぐれども門に入らず。此の等に設任す。故に師史能く七千万を致す。宣曲の任氏の先は督道の倉吏たり。秦の敗るるや、豪傑皆争ひて金玉を取る。而して任氏独り倉粟を窖(あなぐら)にす。楚漢の滎陽に相距(ふせ)ぐや、民耕種するを得ず、米石ごとに万に至る。而して豪傑の金玉尽く任氏に帰す。任氏此を以て富を起こす。富人争ひて奢侈にす。而して任氏は節を折りて倹を為し、田畜に力む。田畜の人は争ひて賤賈を取る。任氏独り貴善を取る。富むこと数世。然れども任公の家約は、田畜の出す所に非ざれば衣食せず、公事畢らざれば則ち身は酒を飲み肉を食ふを得ず。此を以て閭里の率と為る。故に富みて主上之を重んず。塞の斥(ひら)くるや、唯だ橋姚已に馬千匹、牛は之に倍し、羊万頭、粟は万鍾を以て計ふるを致す。
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史記 貨殖列伝千戸の君は則ち二十万、朝覲聘享其の中より出づ。庶民の農工商賈は、率ね亦歳に万に二千を息す。百万の家は則ち二十万、而して更傜租賦其の中より出づ。衣食の欲、好美する所を恣にす。故に曰く、陸地に馬を牧すること二百蹄、牛は蹄角千、千足の羊、沢中の千足の彘、水居の千石の魚陂、山居の千章の材。安邑の千樹の棗、燕・秦の千樹の栗、蜀・漢・江陵の千樹の橘、淮北・常山より已南、河済の間の千樹の萩、陳・夏の千畝の漆、斉・魯の千畝の桑麻、渭川の千畝の竹、及び名国万家の城、郭を帯ぶる千畝の畝ごとに鍾の田、若しくは千畝の卮茜、千畦の薑韭。此れ其の人皆千戸侯と等し。然れども是れ富給の資なり。市井を窺はず、異邑に行かず、坐して収むるを待ち、身に処士の義有りて給を取る。家貧しく親老い、妻子軟弱にして、歳時以て祭祀進醵する無く、飲食被服以て自ら通ずるに足らざるに至るが若き、此の如くにして慚恥せずんば、則ち比する所無し。是を以て財無ければ力を作し、少しく有れば智を闘はし、既に饒かなれば時を争ふ。此れ其の大経なり。今、生を治むるに身を危うくするを待たずして給を取らば、則ち賢人も勉む。是の故に本富を上と為し、末富之に次ぎ、姦富は最も下なり。巌処奇士の行ひ無くして、長く貧賤にして、好んで仁義を語るも、亦羞づるに足る。凡そ編戸の民は、富相什なれば則ち之に卑下し、伯なれば則ち之を畏憚し、千なれば則ち役せられ、万なれば則ち僕たり。物の理なり。夫れ貧を用て富を求むるは、農は工に如かず、工は商に如かず、繍文を刺すは市門に倚るに如かず。此れ末業は貧者の資なるを言ふなり。
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史記 貨殖列伝呉楚七国の兵起こりし時、長安中の列侯封君、行きて軍旅に従ふに、子銭を齎貸せんとす。子銭の家以為へらく、侯の邑国は関東に在り、関東の成敗未だ決せずと。肯へて与ふる莫し。唯だ無塩氏、千金を出捐して貸し、其の息は之を什にす。三月にして呉楚平らぐ。一歳の中に、則ち無塩氏の息は什倍し、此を用て富は関中に埒し。関中の富商大賈は、大抵尽く諸田にして、田嗇・田蘭なり。韋家の栗氏、安陵・杜の杜氏も、亦巨万なり。此れ其の章章として尤も異なる者なり。皆爵邑奉禄有りて法を弄び姦を犯して富むに非ず。尽く椎埋して去就し、時と俯仰し、其の贏利を獲、末を以て財を致し、本を用て之を守り、武を以て一切にし、文を用て之を持す。変化に概有り。故に術とするに足るなり。力農畜、工虞商賈に至るまで、権利を為して以て富を成し、大なる者は郡を傾け、中なる者は県を傾け、下なる者は郷里を傾くる者の若きは、勝げて数ふ可からず。夫れ繊嗇筋力は、生を治むるの正道なり。而して富む者は必ず奇を用て勝つ。田農は掘業なれども、秦揚は以て一州に蓋たり。冢を掘るは姦事なれども、田叔は以て起こる。博戯は悪業なれども、桓発は用て富む。行賈は丈夫の賤行なれども、雍楽成は以て饒かなり。脂を販ぐは辱処なれども、雍伯は千金。漿を売るは小業なれども、張氏は千万。灑削は薄技なれども、郅氏は鼎食す。胃脯は簡微なるのみなれども、濁氏は騎を連ぬ。馬医は浅方なれども、張裏は鐘を撃つ。此れ皆誠壱の致す所なり。是に由りて之を観れば、富に経業無く、則ち貨に常主無し。能者は輻湊し、不肖者は瓦解す。千金の家は一都の君に比し、巨万なる者は乃ち王者と楽しみを同じくす。豈に所謂素封なる者か。非なるか。
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史記 貨殖列伝白圭は其れ試みる所有り。能く試みて長ずる所有り。茍(いやし)くもするのみに非ざるなり。猗頓は盬塩を用て起こる。而して邯鄲の郭縦は鉄冶を以て業を成し、王者と富を埒(ひと)しくす。烏氏の倮は牧し、衆きに及び、斥売して奇繒物を求め、間に戎王に献遺す。戎王其の償を什倍し、之に畜を与ふ。畜は谷を用て馬牛を量るに至る。秦の始皇帝、倮をして封君に比し、時を以て列臣と朝請せしむ。而して巴蜀の寡婦清は、其の先丹穴を得て、其の利を擅(ほしいまま)にすること数世、家亦訾(はか)られず。清は寡婦なり。能く其の業を守り、財を用て自ら衛り、侵犯せられず。秦の皇帝以て貞婦と為して之を客とし、為に女懐清台を築く。夫れ倮は鄙人の牧長、清は窮郷の寡婦なるに、礼は万乗に抗し、名は天下に顕はる。豈に富を以てするに非ずや。漢興り、海内一と為り、関梁を開き、山沢の禁を弛む。是を以て富商大賈天下に周流し、交易の物通ぜざる莫く、其の欲する所を得。而して豪傑・諸侯・彊族を京師に徙す。関中は汧・雍より以東、河・華に至るまで、膏壌沃野千里、虞夏の貢より以て上田と為す。而して公劉は邠に適き、大王・王季は岐に在り、文王は豊を作り、武王は鎬を治む。故に其の民猶ほ先王の遺風有り。稼穡を好み、五穀を殖え、地を重んじ、邪を為すを重(はばか)る。秦の文・徳・繆、雍に居るに及び、隴蜀の貨物を隙(ひら)きて賈多し。献公櫟邑に徙る。櫟邑は北のかた戎翟を卻け、東のかた三晋に通じ、亦大賈多し。孝・昭、咸陽を治め、因りて以て漢都とす。長安の諸陵は、四方輻湊し並び至りて会し、地小にして人衆し。故に其の民益々巧を玩びて末を事とす。南は則ち巴蜀なり。巴蜀も亦沃野にして、地は炧・薑・丹沙・石・銅・鉄・竹木の器に饒かなり。南は滇・僰を御し、僰僮あり。西は邛・笮に近く、笮馬・旄牛あり。
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史記 貨殖列伝三河・宛・陳も亦然り。加ふるに商賈を以てす。斉・趙は智巧を設け、機利を仰ぐ。燕・代は田畜して蚕を事とす。此に由りて之を観れば、賢人の廊廟に深謀し、朝廷に論議し、信を守り節に死し、巌穴に隠居するの士の名高きを為すを設くる者は、安くにか帰する。富厚に帰するなり。是を以て廉吏は久しく、久しければ更々富み、廉賈は富に帰す。富なる者は、人の情性にして、学ばずして俱に欲する所の者なり。故に壮士の軍に在りて、城を攻めて先づ登り、陣を陥れ敵を卻け、将を斬り旗を搴(と)り、前みて矢石を蒙り、湯火の難を避けざる者は、重賞の為に使はるるなり。其の閭巷に在る少年の、攻剽椎埋し、人を劫かし姦を作し、冢を掘り幣を鋳、任侠併兼し、交はりに借して仇に報い、篡逐幽隠し、法禁を避けず、死地に走ること騖るが如き者は、其の実は皆財用の為のみ。今夫れ趙女鄭姫の、形容を設け、鳴琴を揳(ひ)き、長袂を揄(ふ)り、利屣を躡み、目挑し心招き、出でて千里を遠しとせず、老少を択ばざる者は、富厚に奔るなり。游閑の公子の、冠剣を飾り、車騎を連ぬるも、亦富貴の容を為すなり。弋射漁猟し、晨夜を犯し、霜雪を冒し、阬谷を馳せ、猛獣の害を避けざるは、味を得んが為なり。博戯馳逐し、鶏を闘はせ狗を走らせ、色を作して相矜り、必ず勝ちを争ふ者は、失負を重んずればなり。医方諸々の食技術の人の、神を焦がし能を極むるは、重糈の為なり。吏士の文を舞はし法を弄び、章を刻み書を偽り、刀鋸の誅を避けざる者は、賂遺に没すればなり。農工商賈の畜長するは、固より富を求め貨を益さんとするなり。此れ知有れば尽くし能あれば索(つく)すのみ。終に力を余して財を譲らざるなり。諺に曰く、「百里に樵を販がず、千里に糴を販がず」と。之に居ること一歳なれば、之を種うるに穀を以てし、十歳なれば、之を樹うるに木を以てし、百歳なれば、之を来たすに徳を以てす。徳なる者は、人物の謂なり。今、秩禄の奉、爵邑の入無くして、而も楽しみ之と比する者有り。命じて素封と曰ふ。封ずる者は租税を食み、歳率戸ごとに二百。
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史記 貨殖列伝范蠡既に会稽の恥を雪ぎ、乃ち扁舟に乗りて江湖に浮かび、名を変へ姓を易へ、陶に之きて朱公と為る。朱公陶は天下の中、諸侯四通し、貨物の交易する所と為すと以為し、乃ち産を治め居を積む。時と与に逐ひて人に責めず。故に善く生を治むる者は、能く人を択びて時に任す。十九年の中三たび千金を致し、再び分散して貧交疏昆弟に与ふ。此れ所謂富みて好んで其の徳を行ふ者なり。後年衰老して子孫に聴す、子孫業を修めて之を息し、遂に巨萬に至る。
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