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史記 / 貨殖列伝

三河、宛、陳亦然,加以商賈。齊、趙設智巧,仰機利。燕、代田畜而事蠶。由此觀之,賢人深謀於廊廟,論議朝廷,守信死節隱居巖穴之士設為名高者安歸乎?歸於富厚也。是以廉吏久,久更富,廉賈歸富。富者,人之情性,所不學而俱欲者也。故壯士在軍,攻城先登,陷陣卻敵,斬將搴旗,前蒙矢石,不避湯火之難者,為重賞使也。其在閭巷少年,攻剽椎埋,劫人作姦,掘冢鑄幣,任俠并兼,借交報仇,篡逐幽隱,不避法禁,走死地如騖者,其實皆為財用耳。今夫趙女鄭姬,設形容,揳鳴琴,揄長袂,躡利屣,目挑心招,出不遠千里,不擇老少者,奔富厚也。游閒公子,飾冠劍,連車騎,亦為富貴容也。弋射漁獵,犯晨夜,冒霜雪,馳阬谷,不避猛獸之害,為得味也。博戲馳逐,鬬雞走狗,作色相矜,必爭勝者,重失負也。醫方諸食技術之人,焦神極能,為重糈也。吏士舞文弄法,刻章偽書,不避刀鋸之誅者,沒於賂遺也。農工商賈畜長,固求富益貨也。此有知盡能索耳,終不餘力而讓財矣。諺曰:「百里不販樵,千里不販糴。」居之一歲,種之以穀;十歲,樹之以木;百歲,來之以德。德者,人物之謂也。今有無秩祿之奉,爵邑之入,而樂與之比者。命曰「素封」。封者食租稅,歲率戶二百。

新字:三河、宛、陳亦然,加以商賈。斉、趙設智巧,仰機利。燕、代田畜而事蠶。由此観之,賢人深謀於廊廟,論議朝廷,守信死節隠居巖穴之士設為名高者安帰乎?帰於富厚也。是以廉吏久,久更富,廉賈帰富。富者,人之情性,所不学而倶欲者也。故壮士在軍,攻城先登,陥陣却敵,斬将搴旗,前蒙矢石,不避湯火之難者,為重賞使也。其在閭巷少年,攻剽椎埋,劫人作姦,掘冢鋳幣,任侠并兼,借交報仇,篡逐幽隠,不避法禁,走死地如騖者,其実皆為財用耳。今夫趙女鄭姫,設形容,揳鳴琴,揄長袂,躡利屣,目挑心招,出不遠千里,不択老少者,奔富厚也。游閒公子,飾冠剣,連車騎,亦為富貴容也。弋射漁猟,犯晨夜,冒霜雪,馳阬谷,不避猛獣之害,為得味也。博戯馳逐,闘鶏走狗,作色相矜,必争勝者,重失負也。医方諸食技術之人,焦神極能,為重糈也。吏士舞文弄法,刻章偽書,不避刀鋸之誅者,没於賂遺也。農工商賈畜長,固求富益貨也。此有知尽能索耳,終不余力而譲財矣。諺曰:「百里不販樵,千里不販糴。」居之一歳,種之以穀;十歳,樹之以木;百歳,来之以徳。徳者,人物之謂也。今有無秩禄之奉,爵邑之入,而楽与之比者。命曰「素封」。封者食租税,歳率戸二百。

書き下し

三河・宛・陳も亦然り。加ふるに商賈を以てす。斉・趙は智巧を設け、機利を仰ぐ。燕・代は田畜して蚕を事とす。此に由りて之を観れば、賢人の廊廟に深謀し、朝廷に論議し、信を守り節に死し、巌穴に隠居するの士の名高きを為すを設くる者は、安くにか帰する。富厚に帰するなり。是を以て廉吏は久しく、久しければ更々富み、廉賈は富に帰す。富なる者は、人の情性にして、学ばずして俱に欲する所の者なり。故に壮士の軍に在りて、城を攻めて先づ登り、陣を陥れ敵を卻け、将を斬り旗を搴(と)り、前みて矢石を蒙り、湯火の難を避けざる者は、重賞の為に使はるるなり。其の閭巷に在る少年の、攻剽椎埋し、人を劫かし姦を作し、冢を掘り幣を鋳、任侠併兼し、交はりに借して仇に報い、篡逐幽隠し、法禁を避けず、死地に走ること騖るが如き者は、其の実は皆財用の為のみ。今夫れ趙女鄭姫の、形容を設け、鳴琴を揳(ひ)き、長袂を揄(ふ)り、利屣を躡み、目挑し心招き、出でて千里を遠しとせず、老少を択ばざる者は、富厚に奔るなり。游閑の公子の、冠剣を飾り、車騎を連ぬるも、亦富貴の容を為すなり。弋射漁猟し、晨夜を犯し、霜雪を冒し、阬谷を馳せ、猛獣の害を避けざるは、味を得んが為なり。博戯馳逐し、鶏を闘はせ狗を走らせ、色を作して相矜り、必ず勝ちを争ふ者は、失負を重んずればなり。医方諸々の食技術の人の、神を焦がし能を極むるは、重糈の為なり。吏士の文を舞はし法を弄び、章を刻み書を偽り、刀鋸の誅を避けざる者は、賂遺に没すればなり。農工商賈の畜長するは、固より富を求め貨を益さんとするなり。此れ知有れば尽くし能あれば索(つく)すのみ。終に力を余して財を譲らざるなり。諺に曰く、「百里に樵を販がず、千里に糴を販がず」と。之に居ること一歳なれば、之を種うるに穀を以てし、十歳なれば、之を樹うるに木を以てし、百歳なれば、之を来たすに徳を以てす。徳なる者は、人物の謂なり。今、秩禄の奉、爵邑の入無くして、而も楽しみ之と比する者有り。命じて素封と曰ふ。封ずる者は租税を食み、歳率戸ごとに二百。

現代語訳

三河・宛・陳もまた同様で、そのうえ商売が盛んである。斉・趙は知恵と技巧を働かせ、機会をとらえた利益に頼る。燕・代は農業と牧畜をし、養蚕に従事する。こうして見ると、賢人が朝廷で深く謀り、朝議で論じ合い、信義を守って節操に殉じ、岩穴に隠れ住む士が高い名声を得ようとするのは、結局どこに行き着くのか。富の厚さに行き着くのである。だから清廉な役人は長く勤め、長く勤めれば次第に富み、清廉な商人は富に行き着く。富というものは人の本性であり、学ばなくても誰もが欲しがるものである。だから勇士が軍中にあって、城を攻めて真っ先に登り、敵陣を破り敵を退け、将を斬り旗を奪い、前に進んで矢や石を浴び、熱湯や火の難も避けないのは、重い褒美のために働いているのである。町の路地にいる若者たちが、襲撃や強盗、殺人をして死体を埋め、人を脅して悪事を働き、墓を暴き銭を密造し、任俠を気取って人の財を奪い、友のために仇を討ち、人をさらったり隠れた者を追い立てたりして、法の禁令を避けず、死地に駆けて行くのは、その実みな財貨のためにすぎない。趙の女や鄭の美女が、容姿を飾り、琴をかき鳴らし、長い袖をひるがえし、つま先の尖った履物を履き、目で誘い心で招き、千里の遠さもいとわずに出かけ、相手の老若を選ばないのは、富の厚さに向かって走っているのである。暇な貴公子が冠や剣を飾り、車馬を連ねるのも、富貴の体裁を整えるためである。いぐるみや弓で狩り、漁や猟をし、朝晩を問わず、霜や雪を冒し、谷間を駆け回り、猛獣の害も避けないのは、うまい味を得るためである。博打や競馬、闘鶏や犬の競走で、顔色を変えて誇り合い、必ず勝ちを争うのは、負けて失うことを重く見るからである。医者やさまざまな技術で生計を立てる者が、精魂を尽くし能力の限りを尽くすのは、多くの報酬のためである。役人が文書を操り法をもてあそび、印章を偽造し文書を偽り、刑罰を受けることも避けないのは、賄賂におぼれているからである。農民・職人・商人・行商人・牧畜家が家畜や財を殖やすのは、もとより富を求め財貨を増やそうとするためである。これらはみな、知恵があれば知恵を尽くし、能力があれば能力を出し尽くすだけで、決して力を余して財を人に譲ったりはしない。ことわざに「百里も離れた所へ薪を売りに行かず、千里も離れた所へ穀物を売りに行かない」とある。一年そこに住むなら穀物を植え、十年住むなら木を植え、百年住むなら徳によって人を招き寄せる。徳とは、人材と財物のことである。いま官職の俸禄も爵位や領地の収入もないのに、それらを持つ者と同じ楽しみを味わっている者がいる。これを名づけて「素封」(無冠の諸侯)という。封地を持つ者は租税で暮らし、一年でおよそ一戸あたり二百銭を得る。

解説

貨殖列伝の中心思想が語られる段です。司馬遷は、朝廷で謀る賢人も、節に殉じる士も、隠者でさえ、結局は富に帰着すると言い切ります。命がけで戦う兵士、罪を犯す若者、着飾る女性、狩人、博徒、医者、法をもてあそぶ役人、そして農工商。皆それぞれの形で富を求めているのであって、富を欲することは「学ばずして俱に欲する」人の本性だというのです。儒教が利を語ることを卑しんだ時代に、これほど率直に人間の欲を認めた記述は異例でした。そのうえで、一年なら穀物、十年なら木、百年なら徳で人を集めよと、時間軸に応じた投資の心得を示し、爵位がなくても諸侯並みに豊かな「素封」という言葉を生みました。人の欲を否定するより、それを前提に仕組みを考える方が現実的です。そして長い目で見れば、最後に人を集めるのは徳、つまり人と財を大切にする姿勢なのです。

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