史記 / 亀策列伝
褚先生曰:漁者舉網而得神龜,龜自見夢宋元王,元王召博士衛平告以夢龜狀,平運式,定日月,分衡度,視吉凶,占龜與物色同,平諫王留神龜以為國重寶,美矣。古者筮必稱龜者,以其令名,所從來久矣。余述而為傳。十一月 十二月 正月 二月 三月 中關內高外下 四月 首仰足開肣開首俛大 五月 橫吉首俛大 六月 七月 八月 九月 十月卜禁曰:子亥戌不可以卜及殺龜。日中如食已卜。暮昏龜之徼也,不可以卜。庚辛可以殺,及以鉆之。常以月旦祓龜,先以清水澡之,以卵祓之,乃持龜而遂之,若常以為祖。人若已卜不中,皆祓之以卵,東向立,灼以荊若剛木,土卵指之者三,持龜以卵周環之,祝曰:「今日吉,謹以粱卵焍黃祓去玉靈之不祥。」玉靈必信以誠,知萬事之情,辯兆皆可占。不信不誠,則燒玉靈,揚其灰,以徵后龜。其卜必北向,龜甲必尺二寸。卜先以造灼鉆,鉆中已,又灼龜首,各三;又復灼所鉆中曰正身,灼首曰正足,各三。即以造三周龜,祝曰:「假之玉靈夫子。夫子玉靈,荊灼而心,令而先知。而上行於天,下行於淵,諸靈數,莫如汝信。今日良日,行一良貞。某欲卜某,即得而喜,不得而悔。即得,發鄉我身長大,首足收人皆上偶。
新字:褚先生曰:漁者舉網而得神亀,亀自見夢宋元王,元王召博士衛平告以夢亀状,平運式,定日月,分衡度,視吉凶,占亀与物色同,平諫王留神亀以為国重宝,美矣。古者筮必称亀者,以其令名,所従来久矣。余述而為伝。十一月 十二月 正月 二月 三月 中関内高外下 四月 首仰足開肣開首俛大 五月 横吉首俛大 六月 七月 八月 九月 十月卜禁曰:子亥戌不可以卜及殺亀。日中如食已卜。暮昏亀之徼也,不可以卜。庚辛可以殺,及以鉆之。常以月旦祓亀,先以清水澡之,以卵祓之,乃持亀而遂之,若常以為祖。人若已卜不中,皆祓之以卵,東向立,灼以荊若剛木,土卵指之者三,持亀以卵周環之,祝曰:「今日吉,謹以粱卵焍黄祓去玉霊之不祥。」玉霊必信以誠,知万事之情,弁兆皆可占。不信不誠,則焼玉霊,揚其灰,以徴后亀。其卜必北向,亀甲必尺二寸。卜先以造灼鉆,鉆中已,又灼亀首,各三;又復灼所鉆中曰正身,灼首曰正足,各三。即以造三周亀,祝曰:「仮之玉霊夫子。夫子玉霊,荊灼而心,令而先知。而上行於天,下行於淵,諸霊数,莫如汝信。今日良日,行一良貞。某欲卜某,即得而喜,不得而悔。即得,発郷我身長大,首足収人皆上偶。
書き下し
褚先生曰く、漁者網を挙げて神亀を得、亀自ら夢に宋の元王に見え、元王博士衛平を召して告ぐるに夢の亀の状を以てし、平式を運らし、日月を定め、衡度を分かち、吉凶を視、亀と物色の同じきを占ひ、平王を諫めて神亀を留めて以て国の重宝と為さしむ。美なり。古者、筮に必ず亀を称する者は、其の令名を以てなり。従りて来たる所久し。余述べて伝を為る。十一月、十二月、正月、二月、三月、中は関にして内高く外下る。四月、首仰ぎ足開き肣開き首俛して大。五月、横吉にして首俛して大。六月、七月、八月、九月、十月。卜の禁に曰く、子・亥・戌は以て卜し及び亀を殺す可からず。日中食已はるが如くして卜す。暮昏は亀の徼なり。以て卜す可からず。庚・辛は以て殺し、及び以て之を鉆る可し。常に月旦を以て亀を祓ふ。先づ清水を以て之を澡ひ、卵を以て之を祓ひ、乃ち亀を持して之を遂(めぐ)らし、常に以て祖と為すが若くす。人若し已に卜して中らずんば、皆之を祓ふに卵を以てす。東に向かひて立ち、灼くに荊若しくは剛木を以てし、土卵もて之を指すこと三たび、亀を持して卵を以て之を周環し、祝して曰く、「今日吉なり。謹みて粱・卵・焍黄を以て玉霊の不祥を祓ひ去る」と。玉霊必ず信にして以て誠なれば、万事の情を知り、兆を弁じて皆占ふ可し。信ならず誠ならずんば、則ち玉霊を焼き、其の灰を揚げ、以て後の亀を徴す。其の卜は必ず北に向かひ、亀甲は必ず尺二寸。卜は先づ造を以て灼鉆し、鉆中已はれば、又亀の首を灼くこと各々三たび。又復た鉆る所の中を灼くを正身と曰ひ、首を灼くを正足と曰ふ。各々三たび。即ち造を以て三たび亀を周り、祝して曰く、「之を玉霊夫子に仮る。夫子玉霊、荊もて而(なんぢ)の心を灼き、而をして先知せしむ。而は上は天に行き、下は淵に行く。諸霊の数、汝の信なるに如くは莫し。今日は良日なり。一良貞を行ふ。某、某を卜せんと欲す。即し得れば喜び、得ずんば悔ゆ。即し得ば、我に郷ひて身長大に発し、首足収まり人皆上偶せよ。
現代語訳
褚先生は言う。漁師が網を上げて神亀を捕らえ、亀が自ら宋の元王の夢に現れ、元王が博士の衛平を呼んで夢の中の亀の様子を告げると、衛平は式盤を回し、日と月の位置を定め、天の度数を分け、吉凶を見て、夢の姿が亀の色形と同じであると占い、元王を諫めて神亀を留めさせ、国の重宝とさせた。見事なことである。昔、筮(めどぎの占い)について語るときに必ず亀を並べて称したのは、亀の名声が高いからであり、それは古くから続いている。私はこれを述べて伝とした。(以下、月ごとの兆しの表の見出し)十一月、十二月、正月、二月、三月、(表中の注記)中央は関で内が高く外が低い。四月、首が上がり足が開き、縮みが開き、首が伏して大きい。五月、横吉で首が伏して大きい。六月、七月、八月、九月、十月。占いの禁忌に言う。子・亥・戌の日には占ってはならず、亀を殺してもならない。日中の食事が終わったころに占う。夕暮れは亀の境目の時であり、占ってはならない。庚・辛の日には亀を殺してよく、また甲羅に穴をあけてよい。いつも月の初めの日に亀を祓い清める。まず清らかな水で亀を洗い、卵で祓い、それから亀を持ってめぐらせ、いつも先祖を敬うように扱う。もし占って当たらなかったら、みな卵で亀を祓う。東に向かって立ち、いばらか堅い木で焼き、土の卵で三度指し示し、亀を持って卵でその周りをめぐらせ、祈って言う。「今日は吉日である。謹んで粟と卵と焍黄(ていこう)によって、玉霊(亀の霊)の不吉を祓い去る」。玉霊が必ず信があり誠であれば、あらゆる事の実情を知り、兆しを見分けてすべて占うことができる。信がなく誠がなければ、その玉霊を焼き、灰をまき散らして、次の亀への戒めとする。占うときは必ず北に向かい、亀甲は必ず一尺二寸のものを使う。占うときはまず造(焼くための火のついた木)で甲羅を焼いて穴を穿ち、穴の中が終わったら、次に亀の首のところを焼き、それぞれ三度ずつ行う。さらに穿った穴の中を焼くことを「正身」といい、首を焼くことを「正足」といい、それぞれ三度ずつ行う。そして造で亀の周りを三度回り、祈って言う。「玉霊の先生の力をお借りする。先生玉霊よ、いばらであなたの心を焼き、あなたに先の事を知らせてもらう。あなたは上は天に行き、下は淵に行く。さまざまな霊の中で、あなたほど信のあるものはない。今日は良い日である。一つの良い占いを行う。某が某事を占いたい。もし得られるなら喜び、得られなければ悔やむ。もし得られるなら、私に向かって体が長く大きく現れ、首と足が収まり、ひびがみな上で対になるように示してほしい。
解説
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史記 亀策列伝之を白蛇の蟠る杅林の中に求むる者は、斎戒して以て待つ。譺然として、状人の来たりて之に告ぐる有るが如し。因りて醮酒を以て佗発し、之を求むること三宿にして得」と。是に由りて之を観れば、豈に偉ならずや。筆(けだ)し亀は敬はざる可けんや。南方の老人、亀を用ひて床の足を支ふ。行ふこと二十余歳、老人死して床を移すに、亀尚ほ生きて死せず。亀は能く気を行らし導引す。問ふ者曰く、「亀の至神此の若し。然るに太卜の官、生亀を得れば、何為れぞ輒ち殺して其の甲を取るや」と。近世、江上の人に名亀を得る有り。畜ひて之を置き、家因りて大いに富む。人と議し、遣り去らんと欲す。人教へて之を殺して遣る勿からしむ。之を遣れば人の家を破らんと。亀、夢に見えて曰く、「我を水中に送れ。吾を殺す無かれ」と。其の家終に之を殺す。之を殺して後、身死し、家利あらず。人民と君王とは道を異にす。人民名亀を得ば、其の状類ねて宜しく殺すべからず。往古の故事を以て之を言へば、古の明王聖主は皆殺して之を用ふ。宋の元王の時に亀を得、亦殺して之を用ふ。謹みて其の事を左方に連ね、好事の者をして其の中を観択せしむ。宋の元王二年、江、神亀をして河に使ひせしむ。泉陽に至り、漁者豫且、網を挙げて得て之を囚ふ。之を籠の中に置く。夜半、亀来たりて夢に宋の元王に見えて曰く、「我、江の為に河に使ひし、而して幕網吾が路に当たる。泉陽の豫且我を得て、我去る能はず。身は患ひの中に在り、告語す可き莫し。王に徳義有り、故に来たりて告訴す」と。元王惕然として悟る。乃ち博士衛平を召して之に問ひて曰く、「今、寡人夢に一丈夫を見る。頸を延ばして頭長く、玄繡の衣を衣て輜車に乗り、来たりて夢に寡人に見えて曰く、『我、江の為に河に使ひし、而して幕網吾が路に当たる。泉陽の豫且我を得て、我去る能はず。身は患ひの中に在り、告語す可き莫し。王に徳義有り、故に来たりて告訴す』と。是れ何物ぞや」と。
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史記 亀策列伝衛平乃ち式を援きて起ち、天を仰ぎて月の光を視、斗の指す所を観て、日を定め郷に処す。規矩を輔と為し、副ふるに権衡を以てす。四維已に定まり、八卦相望む。其の吉凶を視るに、介虫先づ見はる。乃ち元王に対へて曰く、「今昔は壬子、宿は牽牛に在り。河水大いに会し、鬼神相謀る。漢は南北に正しく、江河固より期す。南風新たに至り、江の使ひ先づ来たる。白雲漢を壅ぎ、万物尽く留まる。斗柄日を指し、使者当に囚はるべし。玄服にして輜車に乗る、其の名を亀と為す。王急ぎ人をして問ひて之を求めしめよ」と。王曰く、「善し」と。是に於いて王乃ち人をして馳せて往きて泉陽の令に問はしめて曰く、「漁者は幾何の家ぞ。名は誰か豫且為る。豫且亀を得て、夢に王に見ゆ。王故に我をして之を求めしむ」と。泉陽の令乃ち吏をして籍を案じ図を視しむるに、水上の漁者五十五家、上流の廬、名を豫且と為す。泉陽の令曰く、「諾」と。乃ち使者と馳せて豫且に問ひて曰く、「今昔、汝漁りて何をか得たる」と。豫且曰く、「夜半の時、網を挙げて亀を得たり」と。使者曰く、「今、亀安くにか在る」と。曰く、「籠の中に在り」と。使者曰く、「王、子の亀を得たるを知り、故に我をして之を求めしむ」と。豫且曰く、「諾」と。即ち亀を繋ぎて之を籠の中より出だし、使者に献ず。使者載せて行き、泉陽の門を出づ。正昼にして見る無く、風雨晦冥たり。雲其の上を蓋ひ、五采青黄。雷雨並び起こり、風将ゐて行く。端門に入り、東箱に見ゆ。身は流水の如く、潤沢にして光有り。元王を望み見て、頸を延ばして前み、三歩にして止まり、頸を縮めて却き、其の故の処に復す。元王見て之を怪しみ、衛平に問ひて曰く、「亀、寡人を見て、頸を延ばして前むは、何を以て望むや。頸を縮めて復するは、是れ何に当たるや」と。衛平対へて曰く、「亀は患ひの中に在りて、終昔囚はる。王に徳義有り、人をして之を活かさしむ。今、頸を延ばして前むは、以て謝に当たるなり。頸を縮めて却くは、亟やかに去らんと欲するなり」と。元王曰く、「善いかな。
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史記 亀策列伝民は其の処に安んぜず、鬼神は享けず。飄風日々に起こり、正昼晦冥たり。日月並び蝕し、滅息して光無し。列星奔乱し、皆紀綱を絶つ。是を以て之を観れば、安くんぞ久長なるを得ん。湯武無しと雖も、時固より当に亡ぶべし。故に湯の桀を伐ち、武王の紂に剋つは、其の時然らしむるなり。乃ち天子と為り、子孫世を続ぐ。終身咎無く、後世之を称して、今に至るまで已まず。是れ皆時に当たりて行ひ、事を見て彊め、乃ち能く其の帝王を成す。今、亀は大宝なり。聖人の使ひと為り、之を賢王に伝ふ。手足を用ひず、雷電之を将ゐ、風雨之を送り、流水之を行らしむ。侯王徳有りて、乃ち之に当たるを得。今、王徳有りて此の宝に当たる。恐らくは敢へて受けざらん。王若し之を遣らば、宋必ず咎有らん。後に之を悔ゆと雖も、亦及ぶ無きのみ」と。元王大いに悦びて喜ぶ。是に於いて元王日に向かひて謝し、再拝して受く。日を択びて斎戒す。甲乙最も良し。乃ち白雉及び驪羊を刑し、血を以て亀に灌ぐ、壇の中央に於いて。刀を以て之を剥ぐに、身全くして傷つかず。脯酒もて之を礼し、其の腹腸を横たふ。荊支もて之を卜し、必ず其の創を制す。理は理に達し、文相錯迎す。工をして之を占はしむるに、言ふ所尽く当たる。邦の福の重宝、傍郷に聞こゆ。牛を殺して帮(かは)を取り、鄭の桐に被る。草木畢く分かれ、化して甲兵と為る。戦ひて勝ち攻めて取ること、元王に如くは莫し。元王の時、衛平宋に相たり、宋国最も彊し。亀の力なり。
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史記 亀策列伝記に曰く、「能く名亀を得る者は、財物之に帰し、家必ず大いに富みて千万に至る」と。一に曰く北斗亀、二に曰く南辰亀、三に曰く五星亀、四に曰く八風亀、五に曰く二十八宿亀、六に曰く日月亀、七に曰く九州亀、八に曰く玉亀。凡そ八名亀なり。亀図は各々文有りて腹下に在り。文の云云たる者は、此れ某の亀なり。略々其の大指を記し、其の図を写さず。此の亀を取るに必ずしも尺二寸に満たず。民人長さ七八寸なるを得れば、宝とす可し。今、夫の珠玉宝器は、深く蔵する所有りと雖も、必ず其の光を見はし、必ず其の神明を出だす。其れ此の謂ひか。筆(けだ)し玉は山に処りて木潤ひ、淵は珠を生じて岸枯れざる者は、潤沢の加はる所なり。明月の珠は江海に出で、蚌の中に蔵し、蚗龍之に伏す。王者之を得れば、長く天下を有ち、四夷賓服す。能く百茎の蓍を得て、並びに其の下の亀を得て以て卜する者は、百言百当たり、以て吉凶を決するに足る。神亀は江水の中に出づ。廬江郡、常に歳時に亀の長さ尺二寸なる者二十枚を生じて太卜の官に輸す。太卜の官、因りて吉日を以て其の腹下の甲を剔り取る。亀は千歳にして乃ち尺二寸に満つ。王者軍を発し将を行らしむるに、必ず亀を廟堂の上に鉆(き)りて、以て吉凶を決す。今、高廟の中に亀室有り、内に蔵して以て神宝と為す。伝に曰く、「前足の臑骨を取りて穿ちて之を佩び、亀を取りて室の西北の隅に置きて之を懸け、以て深山大林の中に入れば、惑はず」と。臣、郎為りし時、万畢石朱方を見るに、伝に曰く、「神亀有りて江南の嘉林の中に在り。嘉林なる者は、獣に虎狼無く、鳥に鴟梟無く、草に毒螫無く、野火及ばず、斧斤至らず。是れを嘉林と為す。亀其の中に在り、常に芳蓮の上に巣くふ。左脇に文を書して曰く、『甲子重光、我を得る者は、匹夫も人君と為りて土正有り、諸侯我を得れば帝王と為る』と。
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史記 亀策列伝余、江南に至り、其の行事を観、其の長老に問ふに、云ふ、亀は千歳にして乃ち蓮葉の上に遊び、蓍は百茎にして一根を共にすと。又其の生ずる所は、獣に虎狼無く、草に毒螫無し。江の傍らの家人常に亀を畜ひて之に飲食せしめ、以為へらく、能く導引し気を致し、衰へを助け老いを養ふに益有りと。豈に信ならずや。褚先生曰く、臣、経術に通ずるを以て、業を博士に受け、春秋を治め、高第を以て郎と為り、幸ひに宿衛するを得て、宮殿の中に出入すること十有余年。窃かに太史公の伝を好む。太史公の伝に曰く、「三王亀を同じくせず、四夷各々卜を異にす。然れども各々以て吉凶を決す。略々其の要を闚ひ、故に亀策列伝を作る」と。臣、長安の中を往来し、亀策列伝を求むれども得る能はず。故に大卜の官に之き、掌故・文学・長老の事に習ふ者に問ひ、亀策卜事を写し取り、下方に編む。聞く、古の五帝・三王、発動し事を挙ぐるに、必ず先づ蓍亀に決すと。伝に曰く、「下に伏霊有れば、上に兎糸有り。上に擣蓍有れば、下に神亀有り」と。所謂伏霊なる者は、兎糸の下に在り、状は飛鳥の形に似たり。新雨已み、天清静にして風無きに、夜を以て兎糸を捎(はら)ひて之を去り、既に篝を以て此の地を燭して之を燭し、火滅すれば、即ち其の処を記し、新布四丈を以て環らして之を置き、明くれば即ち掘りて之を取る。入ること四尺より七尺に至りて得。七尺を過ぐれば得可からず。伏霊なる者は、千歳の松根なり。之を食へば死せず。聞く、蓍の生じて百茎に満つる者は、其の下に必ず神亀有りて之を守り、其の上に常に青雲有りて之を覆ふと。伝に曰く、「天下和平にして王道得らるれば、蓍茎長さ丈、其の叢生百茎に満つ」と。方今世の蓍を取る者は、古の法度に中る能はず、百茎に満ち長さ丈なる者を得る能はず。八十茎已上、蓍の長さ八尺を取るも、即ち得難きなり。人民の好んで卦を用ふる者は、六十茎已上、長さ六尺に満つる者を取れば、既に用ふ可し。
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