史記 / 亀策列伝
孔子之を聞きて曰く、日は徳と為して天下に君たるも、三足の烏に辱めらる。月は刑と為して相佐くるも、蝦蟆に食はる。黄金に疵有り、白玉に瑕有り。事に疾き所有り、亦た徐なる所有り。物に拘る所有り、亦た據る所有り。人に貴ぶ所有り、亦た如かざる所有り。何ぞ適なる可けんや、物安くんぞ全かる可けんや。天すら尚ほ全からず、故に世屋を為るに、三瓦を成さずして之を陳ね、以て之を天に応ず。天下に階有り、物全からずして乃ち生ずるなり。
新字:孔子之を聞きて曰く、日は徳と為して天下に君たるも、三足の烏に辱めらる。月は刑と為して相佐くるも、蝦蟆に食はる。黄金に疵有り、白玉に瑕有り。事に疾き所有り、亦た徐なる所有り。物に拘る所有り、亦た拠る所有り。人に貴ぶ所有り、亦た如かざる所有り。何ぞ適なる可けんや、物安くんぞ全かる可けんや。天すら尚ほ全からず、故に世屋を為るに、三瓦を成さずして之を陳ね、以て之を天に応ず。天下に階有り、物全からずして乃ち生ずるなり。
書き下し
孔子之を聞きて曰く、「日は徳と為して天下に君たるも、三足の烏に辱めらる。月は刑と為して相佐くるも、蝦蟆に食はる。黄金に疵有り、白玉に瑕有り。事に疾き所有り、亦た徐なる所有り。物に拘る所有り、亦た據る所有り。人に貴ぶ所有り、亦た如かざる所有り。何ぞ適なる可けんや、物安くんぞ全かる可けんや。天すら尚ほ全からず、故に世屋を為るに、三瓦を成さずして之を陳ね、以て之を天に応ず。天下に階有り、物全からずして乃ち生ずるなり」と。
現代語訳
「この世に完全なものなど一つもない——そして、不完全であればこそ、物事は成り立つ」——孔子の言葉として、不完全さの意味を説いた、この篇の結びです。孔子は、能力の限界についての議論を聞いて、この世に完全なものなど何一つない、という深い道理を語ります。「太陽は、(万物を照らす)徳の象徴として天下に君臨するが、それでも(伝説では)三本足の烏に、その面を汚される。月は、(太陽を)補佐する存在だが、(月食のときには)蝦蟇(ひきがえる)に食われる、と言われる。(貴い)黄金にも、傷はある。(純白の)白玉にも、瑕(きず)はある(黃金有疵、白玉有瑕)」と。天上の日月ですら、貴い金玉ですら、完全ではない、というのです。そして、あらゆる物事には、長所も短所もあることを説きます。「物事には、速く進むものもあれば、ゆっくり進むものもある。制約を受けるところもあれば、拠り所とできるところもある。人にも、優れたところがあれば、及ばないところもある(人有所貴、亦有所不如)。どうして、(すべてが)ちょうど良く整うことなどあろうか。物事が、完全でありうるはずがない(物安可全乎)」と。さらに、驚くべき洞察を加えます。「天でさえ、なお完全ではない。だからこそ、世の人が家を建てるとき、(あえて)瓦を三枚だけ葺かずに残しておき、(不完全にすることで)天(の不完全さ)に応じるのだ。この世には(万物に)序列や段階があり、(すべてが同じでなく)物事は、完全でないからこそ、(かえって)生まれ、成り立っているのだ(物不全乃生也)」と。ここに、不完全さの意味についての教訓があります。第一に、この世に、完全なものなど何一つないということ(物安可全乎、天尚不全)。太陽も月も、黄金も白玉も、完全ではない。ましてや人が、完全でありえようか。完全を前提とすること自体が、道理に反する。第二に、あらゆる物事、あらゆる人には、長所と短所の両方があり、それが自然な姿だということ(人有所貴、亦有所不如)。欠点のない人も、短所のない物も、存在しない。第三に、そして最も深いのは、「不完全であればこそ、物事は成り立ち、生まれる(物不全乃生也)」ということ。もしすべてが完全で、隙も余地もなければ、成長も、変化も、新しいものが生まれる余地もない。不完全さは、欠陥ではなく、むしろ、発展と多様性の源泉なのだ。組織や人生で、この世に完全なものなどないと受け入れること、あらゆる人や物に長所と短所の両面があると知ること、そして不完全さを欠陥でなく成長と可能性の余地として捉えること——孔子の言葉として説かれるこの結びは、不完全さを受け入れる、大らかで深い知恵を教えます。