墨子 / 法儀
子墨子曰:天下從事者,不可以無法儀。無法儀而其事能成者,無有。雖至士之為將相者皆有法,雖至百工從事者亦皆有法。百工為方以矩,為圜以規,直以繩,正以懸無巧工不巧工,皆以此四者為法。巧者能中之,不巧者雖不能中,放依以從事,猶逾已。故百工從事,皆有法度。今大者治天下,其次治大國,而無法度,此不若百工辯也。
新字:子墨子曰:天下従事者,不可以無法儀。無法儀而其事能成者,無有。雖至士之為将相者皆有法,雖至百工従事者亦皆有法。百工為方以矩,為圜以規,直以縄,正以懸無巧工不巧工,皆以此四者為法。巧者能中之,不巧者雖不能中,放依以従事,猶逾已。故百工従事,皆有法度。今大者治天下,其次治大国,而無法度,此不若百工弁也。
書き下し
子墨子曰く、天下の事を從むる者は、以て法儀無かる可からず。法儀無くして其の事能く成る者は、有ること無し。士の將相為る者に至ると雖も皆な法有り、百工の事を從むる者に至ると雖も亦た皆な法有り。百工は方を為すに矩を以てし、圜を為すに規を以てし、直きは繩を以てし、正しきは懸を以てす。巧工も不巧工も無く、皆な此の四者を以て法と為す。巧なる者は能く之に中り、不巧なる者は中つる能わずと雖も、放依して以て事を從めば、猶お已に逾えたり。故に百工の事を從むるや、皆な法度有り。今、大なる者は天下を治め、其の次は大國を治むるに、而も法度無し。此れ百工の辯なるに若かざるなり。
現代語訳
墨子が言った。天下で何かを行う者は、拠るべき基準なしにやってはいけない。基準なしに事を成し遂げられた者はいない。将軍や宰相となる士にも基準があり、あらゆる職人にもみな基準がある。職人は四角を作るのに矩(さしがね)を使い、円を作るのに規(コンパス)を使い、直線は墨縄で引き、垂直は下げ振りで測る。腕のよい職人も悪い職人も、みなこの四つを基準とする。腕がよければぴたりと合わせられ、腕が悪くても合わせきれないものの、それに倣って作業すればやはり何もしないより勝る。だから職人の仕事には、みな基準がある。ところが今、大きくは天下を治め、次に大国を治めるのに、基準が無い。これでは職人ほどにも分かっていないということだ。
解説
この章句が説くこと
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『韓非子』飾邪第十九故に鏡は清を埶りて事無く、美悪従ひて比す。衡は正を埶りて事無く、軽重従ひて載す。夫れ鏡を揺らせば則ち明為ることを得ず、衡を揺らせば則ち正為ることを得ず。法の謂ひなり。故に先王は道を以て常と為し、法を以て本と為す。本治まる者は名尊く、本乱るる者は名絶ゆ。凡そ智能明通は、以有れば則ち行ひ、以無ければ則ち止む。故に智能は道を単し、人に伝ふべからず。而して道法は万全にして、智能は失多し。夫れ衡を懸けて平を知り、規を設けて円を知るは、万全の道なり。明主は民をして道の故に飾らしむ。故に佚して功有り。規を釈てて巧に任じ、法を釈てて智に任ずるは、惑乱の道なり。乱主は民をして智に飾らしめ、道の故を知らず。故に労して功無し。法禁を釈てて請謁を聴けば、群臣官を上に売り、賞を下に取る。是を以て利は私家に在りて威は群臣に在り。故に民に力を尽くして主に事ふるの心無くして、上に交はることを務む。民上交を好めば、則ち貨財上に流れて巧説の者用ゐらる。是くの若くなれば、則ち功有る者愈々少なし。姦臣愈々進みて材臣退けば、則ち主惑ひて行ふ所を知らず、民聚まりて道ふ所を知らず。此れ法禁を廃し、功労を後にし、名誉を挙げ、請謁を聴くの失なり。凡そ法を敗るの人は、必ず詐りを設け物に託して以て来たり親しみ、又好んで天下の希に有る所を言ふ。此れ暴君乱主の惑はさるる所以にして、人臣賢佐の侵さるる所以なり。故に人臣伊尹・管仲の功を称すれば、則ち法に背き智を飾ること資有り。比干・子胥の忠にして殺さるるを称すれば、則ち強諫を疾むこと辞有り。夫れ上は賢明を称し、下は暴乱を称するは、以て類を取るべからず。是くの若き者は禁ず。君の法を立つるは、以て是と為せばなり。今人臣多く其の私智を立てて法を以て非と為す者は、是れ智を以て邪にし、法を過ぎて智を立つるなり。是くの如き者を禁ずるは、主の道なり。
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『韓非子』觀行第二十四故に鏡には疵を見はすの罪無く、道には過ちを明らかにするの怨み無し。
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『韓非子』外儲説右上第三十四「媪疑と家事を計り、已に決せり、乃ち之を卜者の蔡嫗に決せんことを請ふ。今衛君疑を従へて行く、疑と計を決すと雖も、必ず他の蔡嫗と之を敗らん。是の如くんば、則ち疑長く臣たるを得ず」と。夫れ歌を教ふる者は、先づ呼ばしめて之を詘し、其の声清徴に反る者は乃ち之を教ふ。一に曰く、歌を教ふる者は、先づ揆るに法を以てす、疾く呼びて宮に中り、徐ろに呼びて徴に中る。疾くして宮に中らず、徐ろにして徴に中らざれば、教ふと謂ふ可からず。呉起は、衛の左氏中の人なり。其の妻をして組を織らしむるに幅度より狭し。呉子之を更めしむ、其の妻曰く、「諾」と。成るに及びて、復た之を度るに、果たして度に中らず、呉子大いに怒る。其の妻対へて曰く、「吾始め之を経にして更む可からざるなり」と。呉子之を出だす。其の妻其の兄に請ひて入らんことを索む。其の兄曰く、「呉子は、法を為す者なり。其の法を為すや、且に以て万乗の与に功を致さんと欲す、必ず先づ之を妻妾に践みて然る後に之を行ふ、子幾ど入らんことを索むる毋かれ」と。其の妻の弟又衛君に重んぜらる、乃ち衛君の重きを以て呉子に請ふ。呉子聴かず、遂に衛を去りて荊に入るなり。一に曰く、呉起其の妻に組を示して曰く、「子我が為に組を織れ、之をして是の如くならしめよ」と。組已に就りて之を効す、其の組異に善し。起曰く、「子をして組を為らしむるに、之をして是の如くならしめよと令す、而るに今や異に善きは、何ぞや」と。其の妻曰く、「財を用ふること一の若きも、務めを加へて之を善くす」と。呉起曰く、「語に非ざるなり」と。之をして衣して帰らしむ。其の父往きて之を請ふ、呉起曰く、「起の家に虚言無し」と。晋の文公狐偃に問ひて曰く、「寡人甘肥堂に周く、巵酒豆肉宮に集まり、壺酒清ならず、生肉布かず、一牛を殺せば国中に遍く、一歳の功尽く以て士卒に衣す、其れ以て民を戦はしむるに足るか」と。狐子曰く、「足らず」と。文公曰く、「吾関市の征を㢮めて刑罰を緩む、其れ以て民を戦はしむるに足るか」と。狐子曰く、「足らず」と。
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『韓非子』用人第二十七人に君たる者、能く賢巧の能はざる所を去りて、中拙の万に失はざる所を守れば、則ち人力尽きて功名立つ。明主は為すべきの賞を立て、避くべきの罰を設く。故に賢者は賞に勧みて子胥の禍ひを見ず、不肖者は罪少なくして傴の背を剖かるるを見ず。盲者も平に処りて深谿に遇はず、愚者も静を守りて険危に陥らず。此の如くなれば、則ち上下の恩結ぶ。古の人曰く、「其の心は知り難く、喜怒は中て難し」と。故に表を以て目に示し、鼓を以て耳に語り、法を以て心に教ふ。人に君たる者、三易の数を釈てて一難知の心を行へば、此の如くなれば、則ち怒り上に積もりて怨み下に積もる。
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『墨子』法儀然らば則ち奚を以て治法を為して可ならんか。當に皆な其の父母に法らば奚若ん。天下の父母為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の父母に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の學に法らば奚若ん。天下の學を為す者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の學に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。當に皆な其の君に法らば奚若ん。天下の君為る者は衆けれども、仁なる者は寡し。若し皆な其の君に法らば、此の法は不仁なり。法、不仁なれば、以て法と為す可からず。故に父母・學・君の三者は、以て治法と為す可き莫し。
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『呻吟語』内篇・修身・理に罪を得ざるは難し法に罪を得ざるは易く、理に罪を得ざるは難し。君子は只だ是れ理に罪を得ざるのみ。

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