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史記 / 亀策列伝

入於周地,得太公望。興卒聚兵,與紂相攻。文王病死,載尸以行。太子發代將,號為武王。戰於牧野,破之華山之陽。紂不勝敗而還走,圍之象郎。自殺宣室,身死不葬。頭懸車軫,四馬曳行。寡人念其如此,腸如涫湯。是人皆富有天下而貴至天子,然而大傲。欲無猒時,舉事而喜高,貪很而驕。不用忠信,聽其諛臣,而為天下笑。今寡人之邦,居諸侯之閒,曾不如秋毫。舉事不當,又安亡逃!」衛平對曰:「不然。河雖神賢,不如崑崙之山;江之源理,不如四海,而人尚奪取其寶,諸侯爭之,兵革為起。小國見亡,大國危殆,殺人父兄,虜人妻子,殘國滅廟,以爭此寶。戰攻分爭,是暴彊也。故云取之以暴彊而治以文理,無逆四時,必親賢士;與陰陽化,鬼神為使;通於天地,與之為友。諸侯賓服,民眾殷喜。邦家安寧,與世更始。湯武行之,乃取天子;春秋著之,以為經紀。王不自稱湯武,而自比桀紂。桀紂為暴彊也,固以為常。桀為瓦室,紂為象郎。徵絲灼之,務以費氓。賦斂無度,殺戮無方。殺人六畜,以韋為囊。囊盛其血,與人縣而射之,與天帝爭彊。逆亂四時,先百鬼嘗。諫者輒死,諛者在傍。聖人伏匿,百姓莫行。天數枯旱,國多妖祥。螟蟲歲生,五穀不成。

新字:入於周地,得太公望。興卒聚兵,与紂相攻。文王病死,載尸以行。太子発代将,号為武王。戦於牧野,破之華山之陽。紂不勝敗而還走,囲之象郎。自殺宣室,身死不葬。頭懸車軫,四馬曳行。寡人念其如此,腸如涫湯。是人皆富有天下而貴至天子,然而大傲。欲無猒時,舉事而喜高,貪很而驕。不用忠信,聴其諛臣,而為天下笑。今寡人之邦,居諸侯之閒,曽不如秋毫。舉事不当,又安亡逃!」衛平対曰:「不然。河雖神賢,不如崑崙之山;江之源理,不如四海,而人尚奪取其宝,諸侯争之,兵革為起。小国見亡,大国危殆,殺人父兄,虜人妻子,残国滅廟,以争此宝。戦攻分争,是暴彊也。故云取之以暴彊而治以文理,無逆四時,必親賢士;与陰陽化,鬼神為使;通於天地,与之為友。諸侯賓服,民衆殷喜。邦家安寧,与世更始。湯武行之,乃取天子;春秋著之,以為経紀。王不自称湯武,而自比桀紂。桀紂為暴彊也,固以為常。桀為瓦室,紂為象郎。徴糸灼之,務以費氓。賦斂無度,殺戮無方。殺人六畜,以韋為嚢。嚢盛其血,与人県而射之,与天帝争彊。逆乱四時,先百鬼嘗。諫者輒死,諛者在傍。聖人伏匿,百姓莫行。天数枯旱,国多妖祥。螟虫歳生,五穀不成。

書き下し

周の地に入り、太公望を得たり。卒を興し兵を聚め、紂と相攻む。文王病みて死し、尸を載せて以て行く。太子発代はりて将ゐ、号して武王と為す。牧野に戦ひ、之を華山の陽に破る。紂勝たずして敗れて還り走り、之を象郎に囲む。宣室に自殺し、身死して葬られず。頭は車軫に懸けられ、四馬曳きて行く。寡人其の此の如きを念ひ、腸は涫湯の如し。是の人皆富は天下を有ちて貴きは天子に至る。然れども大いに傲る。欲に猒く時無く、事を挙げて高きを喜び、貪很にして驕る。忠信を用ひず、其の諛臣に聴き、而して天下の笑ひと為る。今、寡人の邦は、諸侯の間に居り、曾ち秋毫にも如かず。事を挙げて当たらずんば、又安くにか亡げ逃れん」と。衛平対へて曰く、「然らず。河は神賢なりと雖も、崑崙の山に如かず。江の源理は、四海に如かず。而るに人尚ほ其の宝を奪ひ取り、諸侯之を争ひ、兵革為に起こる。小国は亡ぼされ、大国は危殆にして、人の父兄を殺し、人の妻子を虜にし、国を残ひ廟を滅ぼして、以て此の宝を争ふ。戦攻分争は是れ暴彊なり。故に云ふ、之を取るに暴彊を以てして、治むるに文理を以てし、四時に逆らふ無く、必ず賢士に親しみ、陰陽と化し、鬼神を使ひと為し、天地に通じて、之と友と為る。諸侯賓服し、民衆殷喜す。邦家安寧にして、世と更始す。湯武之を行ひ、乃ち天子を取る。春秋之を著し、以て経紀と為す。王は自ら湯武と称せずして、自ら桀紂に比す。桀紂は暴彊を為し、固より以て常と為す。桀は瓦室を為り、紂は象郎を為る。糸を徴して之を灼き、務めて以て氓を費やす。賦斂度無く、殺戮方無し。人の六畜を殺し、韋を以て嚢を為る。嚢に其の血を盛り、人と県けて之を射、天帝と彊を争ふ。四時を逆乱し、百鬼に先んじて嘗む。諫むる者は輒ち死し、諛ふ者は傍らに在り。聖人伏匿し、百姓行く莫し。天数々枯旱し、国に妖祥多し。螟虫歳々生じ、五穀成らず。

現代語訳

(文王は)周の地に入り、太公望を得た。兵を起こし軍を集めて、紂と攻め合った。文王は病気で死に、その遺体を車に載せて進軍した。太子の発が代わって軍を率い、武王と号した。牧野で戦い、紂の軍を華山の南で破った。紂は勝てずに敗れて逃げ帰り、周軍は紂を象牙の回廊に囲んだ。紂は宣室で自殺し、死んでも葬られなかった。その首は車の横木に吊るされ、四頭の馬に引かれて行った。私は彼らがこのようになったことを思うと、はらわたが煮えたぎる湯のようになる。この者たちはみな富は天下を保ち、貴さは天子に至った。それなのに大いに驕った。欲望に飽きる時がなく、事を起こしては高ぶることを喜び、貪欲で強情で驕り高ぶった。誠実な者を用いず、へつらう臣下の言うことを聞いて、天下の笑いものとなった。いま私の国は諸侯の間にあって、獣の秋毛の先ほどにも及ばない小国である。事を起こして誤れば、どこに逃れられようか」。衛平は答えた。「そうではない。黄河は神妙で賢いとはいえ崑崙の山には及ばず、長江の源流の筋も四方の海には及ばない。それでも人はなおその宝を奪い取り、諸侯はそれを争って戦乱が起こる。小国は滅ぼされ、大国は危うくなり、人の父や兄を殺し、人の妻や子を捕らえ、国を損ない祖廟を滅ぼしてまで、その宝を争う。攻め戦い奪い合うのは力ずくの強さである。だから、力ずくで取っても文の道理で治め、四季に逆らわず、必ず賢者に親しみ、陰陽とともに変化し、鬼神を使いとし、天地に通じてそれを友とする、という。そうすれば諸侯は服従し、民は大いに喜ぶ。国家は安寧で、世とともに新たに始まる。湯王と武王はこれを行って天子の位を得た。春秋はこれを記して、世の規範とした。王はご自分を湯王・武王と称さずに、ご自分を桀・紂になぞらえておられる。桀・紂は力ずくの乱暴を働き、もとよりそれを常としていた。桀は瓦の宮殿を造り、紂は象牙の回廊を造った。糸を取り立てて焼き、ひたすら民を浪費させた。税の取り立てには限度がなく、殺戮には筋道がなかった。人の家畜を殺し、なめし革で袋を作った。袋にその血を入れて吊るし、人と一緒に射て、天帝と強さを争った。四季の秩序を乱し、あらゆる鬼神より先に供え物を食べた。諫める者はすぐに殺され、へつらう者がそばにいた。聖人は隠れ潜み、民は道を行く者もいなくなった。天はたびたび日照りを起こし、国には怪しい兆しが多かった。ずい虫が毎年生じ、五穀は実らなかった。

解説

元王と衛平の議論の続きです。元王は紂の最期、つまり宣室で自殺して葬られず、首を車に吊るされて引き回された姿を語り、天下を持った者でさえ驕ってへつらう臣に従えば滅びるのだから、秋毛ほどの小国の自分が誤ればどこにも逃げ場はないと言います。衛平は、宝を争って奪い取るのは世の常であり、大事なのは力で取ったあとに文の道理で治めることだと反論し、湯王と武王がまさにそれを行って天子になったと説きます。そして、王は自分を湯武ではなく桀紂になぞらえているが、桀紂の本当の罪は、民を浪費させ、諫める者を殺し、天の秩序を乱したことにあると指摘しました。手段より、その後に何をするかが問われるという主張です。何かを強く勝ち取ったあとこそ、筋の通った運営で信頼を築けるかどうかが、その成果の真価を決めるのです。

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