墨子 / 號令
安國之道,道任地始,地得其任則功成,地不得其任則勞而無功。人亦為此,備不先具者無以安主,吏卒民多心不一者皆在其将長,諸行賞罰及有治者必出於公。王數使人行勞,賜守邉城關塞、備蠻夷之勞苦者,舉其守率之財用有餘、不足,地形之當守邉者,其器備常多者。邉縣邑:視其樹木惡,則少用;田不辟,少食;無大屋、草盖,少用乗。多財,民好食。為内堞,内行棧,置器備其上。城上吏、卒、養皆為舍道内,各當其隔部。養十二人。為符者曰養吏一人,辦護諸門。門者及有守禁者皆無令無事者得稽留心其旁,不從令者戮。敵人但至,千丈之城,必郭近之,主人利。不盡千丈者勿迎也,視敵之居曲,衆少而應之,此守城之大體也。其不在此中者,皆心術與人事參之。
新字:安国之道,道任地始,地得其任則功成,地不得其任則労而無功。人亦為此,備不先具者無以安主,吏卒民多心不一者皆在其将長,諸行賞罰及有治者必出於公。王数使人行労,賜守邉城関塞、備蠻夷之労苦者,舉其守率之財用有余、不足,地形之当守邉者,其器備常多者。邉県邑:視其樹木悪,則少用;田不辟,少食;無大屋、草盖,少用乗。多財,民好食。為内堞,内行棧,置器備其上。城上吏、卒、養皆為舎道内,各当其隔部。養十二人。為符者曰養吏一人,辦護諸門。門者及有守禁者皆無令無事者得稽留心其旁,不従令者戮。敵人但至,千丈之城,必郭近之,主人利。不尽千丈者勿迎也,視敵之居曲,衆少而応之,此守城之大体也。其不在此中者,皆心術与人事参之。
書き下し
國を安んずるの道は、道、地に任ずるより始まる。地、其の任を得れば則ち功成り、地、其の任を得ざれば則ち勞して功無し。人も亦た此を為す。備え、先に具えざる者は以て主を安んずる無し。吏卒民、多く心の一ならざる者は、皆な其の将長に在り。諸そ賞罰を行い及び治むること有る者は、必ず公より出づ。王、數しば人をして行き勞わしめ、邉城關塞を守り、蠻夷に備うるの勞苦なる者に賜い、其の守率の財用の餘り有ると足らざるとを舉げ、地形の當に邉を守るべき者、其の器備の常に多き者を舉ぐ。邉の縣邑は、其の樹木の惡しきを視れば、則ち用を少なくす。田、辟けざれば、食を少なくす。大屋・草盖無ければ、乗を用うるを少なくす。財多ければ、民、食を好む。内堞を為り、内に行棧し、器備を其の上に置く。城上の吏・卒・養は、皆な舍を道の内に為り、各おの其の隔部に當たる。養は十二人。符を為る者を養吏一人と曰い、諸門を辦護す。門者及び守禁有る者は、皆な事無き者をして其の旁らに稽留するを得しむる無かれ。令に従わざる者は戮す。敵人、但だ至らば、千丈の城は、必ず郭、之に近づき、主人、利し。千丈を盡くさざる者は迎うる勿かれ。敵の居曲、衆少を視て之に應ず。此れ守城の大體なり。其の此の中に在らざる者は、皆な心術と人事と之を參う。
現代語訳
国を安んずる道は、土地にその務めを得させることから始まる。土地がその務めを得れば功は成り、得なければ苦労しても功は無い。人もまた同じである。備えを先に用意していない者は、主君を安んじることができない。役人も兵も民も、心が一つでない者が多いのは、みなその将と長に原因がある。賞罰を行い、治めることはすべて公から出さねばならない。王はしばしば人を遣わしてねぎらい、辺境の城や関所を守り異民族に備える苦労をした者に賜り、その守将の財用が余っているか足りないか、地形として辺境を守るべき場所、器具の備えが常に多い場所を挙げさせる。辺境の県や邑では、樹木が乏しければ用いる材を減らす。田が開けていなければ食を減らす。大きな家や草葺きが無ければ車を使うのを減らす。財が多ければ民は食を好む。内側の狭間を作り、内側に移動用の棚を置き、器具をその上に置く。城壁の上の役人と兵と炊事係は、みな道の内側に宿舎を作り、それぞれの持ち場に当たらせる。炊事係は十二人。割り符を作る者を養吏一人といい、諸門の管理に当たる。門番と守りの禁を持つ者は、用の無い者をその傍らに留まらせてはならない。命令に従わない者は罰する。敵が至ったとき、千丈の城なら必ず外郭が近く、守る側が有利である。千丈に満たない城では迎え撃ってはならない。敵の陣の曲がり具合と人数を見て応じる。これが守城の大筋である。ここに含まれないことは、みな心の働きと人の事情を突き合わせて判断する。
解説
この章句が説くこと
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説苑・說叢明君の制は、賞は重きに從い、罰は輕きに從う。人に食せしむるに壯を以て量と為し、人に事えしむるに老を以て程と為す。
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『墨子』公孟公孟子、子墨子に謂いて曰く、「義と不義と有るも、祥と不祥と無し」と。子墨子曰く、「古者の聖王は皆な鬼神を以て神眀と為して、禍福を為すとし、祥と不祥と有りと執る。是を以て政治まりて國安きなり。桀紂より以下は、皆な鬼神を以て神眀ならず、禍福を為す能わずとし、祥と不祥と無しと執る。是を以て政亂れて國危うきなり。故に先王の書、子にも亦た之れ有りて曰く、『亦た傲るなり、子より出づるは不祥なり』と。此れ不善を為すの罰有り、善を為すの賞有るを言うなり」と。
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呂氏春秋・當賞①民は道無くして天を知る。民は四時寒暑日月星辰の行を以て天を知る。四時寒暑日月星辰の行當たれば、則ち諸生の血氣有るの類、皆為に其の處を得て其の產に安んず。人臣も亦た道無くして主を知る。人臣は賞罰爵祿の加わる所を以て主を知る。主の賞罰爵祿の加わる所の者宜しければ、則ち親疏遠近賢不肖、皆其の力を盡くして、以て用を為す。
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論語・堯曰篇堯曰く、「咨、爾舜、天の暦数爾の躬に在り。允に其の中を執れ。四海困窮せば、天禄永く終わらん。」舜も亦た以て禹に命ず。曰く、「予小子履、敢えて玄牡を用い、敢えて昭らかに皇皇たる后帝に告ぐ。罪有るは敢えて赦さず。帝の臣は蔽わず、簡ぶこと帝の心に在り。朕が躬罪有らば、万方を以てすること無かれ。万方罪有らば、罪は朕が躬に在り。」「周に大賚有り、善人是れ富む。」「周親有りと雖も、仁人に如かず。百姓過ち有らば、予一人に在り。」権量を謹み、法度を審らかにし、廃官を脩むれば、四方の政行われん。滅国を興し、絶世を継ぎ、逸民を挙ぐれば、天下の民心を帰せん。重んずる所は、民・食・喪・祭。寛なれば則ち衆を得、信なれば則ち民任じ、敏なれば則ち功有り、公なれば則ち説ぶ。
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『墨子』旗幟城の隆を為るに、長さ五十尺。四面四門の将、長さ四十尺。其の次、三十尺。其の次、二十五尺。其の次、二十尺。其の次、十五尺。髙さ、四十五尺を下る無し。城上の吏卒、之を背に置き、卒は頭上に。城下の吏卒、之を眉に置き、他に在りては左眉に。中軍、之を胷に置く。各おの一鼓、中軍は一に三。鼓ごとに三、十たび之を擊つ。諸そ鼓有るの吏、謹んで次を以て之に應ず。應鼓に當たりて應ぜず、應ずるに當たらずして鼓に應ずれば、主る者を斬る。道の廣さ三十步、城下に階を夾む者は各おの二つ其の井あり。鐵を道の外に置きて屏と為す。三十步にして之が圜を為り、髙さ丈。民の圂を為るに、垣の髙さ十二尺以上。巷術・周道なる者は、心ず之が門を為り、門は二人、之を守る。信符有るに非ざれば、行くこと勿かれ。令に従わざる者は斬る。城中の吏卒民、男女、皆な衣章幑を異にし、男女を知る可からしむ。諸そ牲格を守る者、三たび出でて敵を却けば、守、令を以て召して食を前に賜い、大旗を予え、百户の邑若しくは他人の財物を署し、旗を其の署に建て、皆な眀白に之を知らしめて、某子の旗と曰う。性格は内の廣さ二十五步、外の廣さ十步、表は地形を以て度と為す。靳卒、中教し、前後左右を解き、卒の勞るる者は更たがわる之を休ましむ。
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尉繚子・兵教下其の利を喪うこと無く、其の時を奪うこと無く、其の政を寛にし、其の業を夷らかにし、其の弊を救わば、則ち以て天下に施すに足る。