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史記 / 亀策列伝

王以為不然,王獨不聞玉櫝隻雉,出於昆山;明月之珠,出於四海;鐫石拌蚌,傳賣於市;聖人得之,以為大寶。大寶所在,乃為天子。今王自以為暴,不如拌蚌於海也;自以為彊,不過鐫石於昆山也。取者無咎,寶者無患。今龜使來抵網,而遭漁者得之,見夢自言,是國之寶也,王何憂焉。」元王曰:「不然。寡人聞之,諫者福也,諛者賊也。人主聽諛,是愚惑也。雖然,禍不妄至,福不徒來。天地合氣,以生百財。陰陽有分,不離四時,十有二月,日至為期。聖人徹焉,身乃無災。明王用之,人莫敢欺。故云福之至也,人自生之;禍之至也,人自成之。禍與福同,刑與德雙。聖人察之,以知吉凶。桀紂之時,與天爭功,擁遏鬼神,使不得通。是固已無道矣,諛臣有眾。桀有諛臣,名曰趙梁。教為無道,勸以貪狼。繋湯夏臺,殺關龍逢。左右恐死,偷諛於傍。國危於累卵,皆曰無傷。稱樂萬歲,或曰未央。蔽其耳目,與之詐狂。湯卒伐桀,身死國亡。聽其諛臣,身獨受殃。春秋著之,至今不忘。紂有諛臣,名為左彊。誇而目巧,教為象郎。將至於天,又有玉床。犀玉之器,象箸而羹。聖人剖其心,壯士斬其胻。箕子恐死,被髪佯狂。殺周太子歷,囚文王昌。投之石室,將以昔至明。陰兢活之,與之俱亡。

新字:王以為不然,王独不聞玉櫝隻雉,出於昆山;明月之珠,出於四海;鐫石拌蚌,伝売於市;聖人得之,以為大宝。大宝所在,乃為天子。今王自以為暴,不如拌蚌於海也;自以為彊,不過鐫石於昆山也。取者無咎,宝者無患。今亀使来抵網,而遭漁者得之,見夢自言,是国之宝也,王何憂焉。」元王曰:「不然。寡人聞之,諫者福也,諛者賊也。人主聴諛,是愚惑也。雖然,禍不妄至,福不徒来。天地合気,以生百財。陰陽有分,不離四時,十有二月,日至為期。聖人徹焉,身乃無災。明王用之,人莫敢欺。故云福之至也,人自生之;禍之至也,人自成之。禍与福同,刑与徳双。聖人察之,以知吉凶。桀紂之時,与天争功,擁遏鬼神,使不得通。是固已無道矣,諛臣有衆。桀有諛臣,名曰趙梁。教為無道,勧以貪狼。繋湯夏台,殺関竜逢。左右恐死,偸諛於傍。国危於累卵,皆曰無傷。称楽万歳,或曰未央。蔽其耳目,与之詐狂。湯卒伐桀,身死国亡。聴其諛臣,身独受殃。春秋著之,至今不忘。紂有諛臣,名為左彊。誇而目巧,教為象郎。将至於天,又有玉床。犀玉之器,象箸而羹。聖人剖其心,壮士斬其胻。箕子恐死,被髪佯狂。殺周太子歴,囚文王昌。投之石室,将以昔至明。陰兢活之,与之倶亡。

書き下し

王以て然らずと為さば、王独り玉櫝隻雉の昆山に出で、明月の珠の四海に出づるを聞かずや。石を鐫り蚌を拌(さ)き、伝へて市に売る。聖人之を得て、以て大宝と為す。大宝の在る所、乃ち天子と為る。今、王自ら以て暴と為すも、蚌を海に拌くに如かず。自ら以て彊と為すも、石を昆山に鐫るに過ぎず。取る者は咎無く、宝とする者は患ひ無し。今、亀使ひして来たり網に抵り、而して漁者に遭ひて之を得らる。夢に見えて自ら言ふ。是れ国の宝なり。王何ぞ憂へん」と。元王曰く、「然らず。寡人之を聞く、諫むる者は福なり、諛ふ者は賊なりと。人主諛ひを聴くは、是れ愚惑なり。然りと雖も、禍は妄りに至らず、福は徒らに来たらず。天地気を合はせて、以て百財を生ず。陰陽に分有り、四時を離れず。十有二月、日至を期と為す。聖人焉に徹し、身乃ち災ひ無し。明王之を用ひ、人敢へて欺く莫し。故に云ふ、福の至るや、人自ら之を生じ、禍の至るや、人自ら之を成すと。禍と福と同じく、刑と徳と双ぶ。聖人之を察し、以て吉凶を知る。桀紂の時、天と功を争ひ、鬼神を擁遏し、通ずるを得ざらしむ。是れ固より已に無道なり。諛臣衆き有り。桀に諛臣有り、名を趙梁と曰ふ。教へて無道を為さしめ、勧むるに貪狼を以てす。湯を夏台に繋ぎ、関龍逢を殺す。左右死を恐れ、傍らに偸諛す。国は累卵より危ふきに、皆傷む無しと曰ふ。楽を称して万歳と言ひ、或いは未央と曰ふ。其の耳目を蔽ひ、之と詐狂す。湯卒に桀を伐ち、身死し国亡ぶ。其の諛臣に聴き、身独り殃ひを受く。春秋之を著し、今に至るまで忘れず。紂に諛臣有り、名を左彊と為す。誇りて目巧み、教へて象郎を為らしむ。将に天に至らんとし、又玉床有り。犀玉の器、象箸にして羹す。聖人其の心を剖かれ、壮士其の胻を斬らる。箕子死を恐れ、髪を被りて佯り狂ふ。周の太子歴を殺し、文王昌を囚ふ。之を石室に投じ、将に昔(よる)より明に至らんとす。陰兢之を活かし、之と俱に亡ぐ。

現代語訳

王がそれでもそうではないと思われるなら、王はお聞きになっていないのか。玉の箱や一羽のきじのような宝が崑崙の山から出、明月の珠が四方の海から出ることを。石を削り、どぶ貝を裂いて取り出し、次々と市場で売られる。聖人はそれを得て大いなる宝とする。大いなる宝のあるところに、天子が生まれるのである。いま王は自分が乱暴なことをしていると思っておられるが、それは海でどぶ貝を裂くことにも及ばない。自分が力ずくだと思っておられるが、崑崙の山で石を削ることにすぎない。取る者にとがめはなく、宝とする者に災いはない。いま亀は使いとしてやって来て網にかかり、漁師に出会って捕らえられた。そして夢に現れて自ら名乗った。これは国の宝である。王は何を心配なさるのか」。元王は言った。「そうではない。聞くところでは、諫める者は福であり、へつらう者は害であるという。君主がへつらいを聞き入れるのは、愚かで惑っているということだ。とはいえ、禍はむやみにやって来るものではなく、福もいたずらに来るものではない。天と地が気を合わせて、さまざまな財を生み出す。陰陽には分かれ目があり、四季から離れることはない。十二か月があり、夏至と冬至を区切りとする。聖人はそれに通じているので、身に災いがない。明王がそれを用いれば、誰もあえて欺こうとしない。だから、福がやって来るのは人が自らそれを生み出すからであり、禍がやって来るのは人が自らそれを招くからである、という。禍と福は同じ根から出て、刑と徳は対になっている。聖人はそれを見極めて吉凶を知るのである。桀や紂の時代、彼らは天と功を争い、鬼神の道をふさいで通じさせなかった。これはもとより無道である。へつらう臣下が多かった。桀にはへつらう臣下がいて、名を趙梁といった。桀に無道を行わせ、貪欲さを勧めた。湯王を夏台に捕らえ、関龍逢(かんりゅうほう)を殺した。側近たちは死を恐れ、そばでこそこそとへつらった。国は卵を積み重ねたよりも危ういのに、皆が差し障りはないと言った。楽しみをたたえて万歳と言い、あるいは尽きることがないと言った。桀の耳と目をふさぎ、一緒になって偽り狂った。湯王はついに桀を討ち、桀は身を滅ぼし国は滅んだ。へつらう臣下の言うことを聞いて、自分一人が災いを受けたのである。春秋はこれを記し、今に至るまで忘れられていない。紂にもへつらう臣下がいて、名を左彊といった。大げさなことを言い目先が利き、紂に象牙で飾った回廊を造らせた。天に届くほど高く、さらに玉の寝台もあった。犀の角や玉の器を使い、象牙の箸で吸い物を食べた。聖人(比干)はその心臓を裂かれ、勇士はその脛を斬られた。箕子は死を恐れ、髪をざんばらにして狂人のふりをした。紂は周の太子の季歴を殺し、文王の昌を捕らえた。石室に投げ込んで、夜から明け方まで閉じ込めようとした。陰兢(いんきょう)が文王を助け出し、ともに逃げた。

解説

衛平の説得と、それに対する元王の長い反論の前半です。衛平は、崑崙の玉や海の真珠のように、聖人は天が生んだ宝を取って用い、それで天子となるのだから、亀を取ることは暴虐ではないと説きます。これに対して元王は、諫める者は福、へつらう者は害であり、禍も福も人が自ら招くものだと言い、夏の桀と殷の紂の滅亡を例に挙げます。桀にはへつらう臣趙梁がいて、国が累卵より危ういのに皆が大丈夫だと言い、紂にはへつらう臣左彊がいて象牙の回廊や玉の寝台を造らせました。元王は、衛平の進言もまた、自分に都合のよいへつらいではないかと疑っているのです。上に立つ人にとって、耳に心地よい進言は最も警戒すべきものです。自分の欲を後押ししてくれる意見ほど、それが本当に諫言なのか、へつらいなのかを見極める慎重さが要るのです。

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