論語 / 子張篇
孟氏使陽膚爲士師,問於曾子。曾子曰:「上失其道,民散久矣!如得其情,則哀矜而勿喜。」
新字:孟氏使陽膚為士師,問於曽子。曽子曰:「上失其道,民散久矣!如得其情,則哀矜而勿喜。」
書き下し
孟氏、陽膚をして士師たらしむ。曾子に問う。曾子曰く、「上其の道を失いて、民散ずること久し。如し其の情を得ば、則ち哀矜して喜ぶこと勿かれ。」
現代語訳
孟氏が陽膚を裁判官に任命した。陽膚は曾子に教えを乞うた。曾子は言った。「上の者が道を失って、民の心が離れて久しい。もし罪の実情を明らかにできたなら、哀れみ痛んで、決して喜んではならない。」
解説
裁判官に就く人への助言である。罪を解明できても喜ぶな、と。理由が前段に置かれている。民が罪を犯すのは、上が道を失ったからだ。だとすれば、犯罪の摘発は上の失敗の証拠であって、担当者の手柄ではない。この因果を踏まえれば、喜べるはずがない。調査や監査、懲戒の仕事に就く人にとって、重い指摘である。不正を見つけることは職務であり、見つければ評価される。だから、見つけたときに達成感が湧く。その達成感が積み重なると、見つけること自体が目的になり、なぜそれが起きたのかという問いが消える。哀矜而勿喜、哀れみ痛んで喜ぶな。感情の管理を求めているのではない。因果の全体を見ろ、と言っている。
この章句が説くこと
裁き統治哀矜人心信頼因果
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