尉繚子 / 兵教下
無喪其利、無奪其時、寛其政、夷其業、救其弊、則足以施天下。
書き下し
其の利を喪うこと無く、其の時を奪うこと無く、其の政を寛にし、其の業を夷らかにし、其の弊を救わば、則ち以て天下に施すに足る。
現代語訳
相手の利益を失わせず、相手の時間を奪わず、その政治をゆるやかにし、その仕事を平らかに保ち、その弊害を救ってやれば、それだけで天下に広く行き渡らせるに足りる。
解説
相手を新たに従える立場になったとき、それまでの利益や時間を奪わず、生活の負担を軽くし、抱えていた困りごとを解決してやることこそが、長く支持される道だと説く。これは征服や統合に限らず、合併や配置換えなど、立場が変わる場面すべてに通じる考え方である。変化を強いる側が相手の暮らしを尊重できるかどうかで、その変化が受け入れられるかが決まる。奪うのではなく整えることが、結局は一番効く。
この章句が説くこと
統治信頼配慮
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論語・子張篇孟氏、陽膚をして士師たらしむ。曾子に問う。曾子曰く、「上其の道を失いて、民散ずること久し。如し其の情を得ば、則ち哀矜して喜ぶこと勿かれ。」
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説苑・說叢王者、下に臨みて衆を治むる所以を知れば、則ち群臣畏服す。言を聽き事を受くる所以を知れば、則ち蔽欺せられず。萬民を安利する所以を知れば、則ち海內必ず定まる。忠孝もて上に事うる所以を知れば、則ち臣子の行備わる。凡そ劫殺せらるる所以の者は、道術を知りて以て其の臣下を御せざればなり。凡そ吏其の職に勝れば則ち事治まり、事治まれば則ち利生ず。其の職に勝えざれば則ち事亂れ、事亂るれば則ち害成る。
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『墨子』號令國を安んずるの道は、道、地に任ずるより始まる。地、其の任を得れば則ち功成り、地、其の任を得ざれば則ち勞して功無し。人も亦た此を為す。備え、先に具えざる者は以て主を安んずる無し。吏卒民、多く心の一ならざる者は、皆な其の将長に在り。諸そ賞罰を行い及び治むること有る者は、必ず公より出づ。王、數しば人をして行き勞わしめ、邉城關塞を守り、蠻夷に備うるの勞苦なる者に賜い、其の守率の財用の餘り有ると足らざるとを舉げ、地形の當に邉を守るべき者、其の器備の常に多き者を舉ぐ。邉の縣邑は、其の樹木の惡しきを視れば、則ち用を少なくす。田、辟けざれば、食を少なくす。大屋・草盖無ければ、乗を用うるを少なくす。財多ければ、民、食を好む。内堞を為り、内に行棧し、器備を其の上に置く。城上の吏・卒・養は、皆な舍を道の内に為り、各おの其の隔部に當たる。養は十二人。符を為る者を養吏一人と曰い、諸門を辦護す。門者及び守禁有る者は、皆な事無き者をして其の旁らに稽留するを得しむる無かれ。令に従わざる者は戮す。敵人、但だ至らば、千丈の城は、必ず郭、之に近づき、主人、利し。千丈を盡くさざる者は迎うる勿かれ。敵の居曲、衆少を視て之に應ず。此れ守城の大體なり。其の此の中に在らざる者は、皆な心術と人事と之を參う。
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司馬法・仁本その老幼を見ては、奉(ほう)じて帰し、傷つくる勿(な)かれ。壮者に遇うと雖も、校(きそ)わざれば敵とする勿れ。
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