史記 / 亀策列伝
求之於白蛇蟠杅林中者,齋戒以待,譺然,狀如有人來告之,因以醮酒佗發,求之三宿而得。」由是觀之,豈不偉哉!筆龜可不敬與?南方老人用龜支床足,行二十餘歲,老人死,移床,龜尚生不死。龜能行氣導引。問者曰:「龜至神若此,然太卜官得生龜,何為輒殺取其甲乎?」近世江上人有得名龜,畜置之,家因大富。與人議,欲遣去。人教殺之勿遣,遣之破人家。龜見夢曰:「送我水中,無殺吾也。」其家終殺之。殺之后,身死,家不利。人民與君王者異道。人民得名龜,其狀類不宜殺也。以往古故事言之,古明王聖主皆殺而用之。宋元王時得龜,亦殺而用之。謹連其事於左方,令好事者觀擇其中焉。宋元王二年,江使神龜使於河,至於泉陽,漁者豫且舉網得而囚之。置之籠中。夜半,龜來見夢於宋元王曰:「我為江使於河,而幕網當吾路。泉陽豫且得我,我不能去。身在患中,莫可告語。王有德義,故來告訴。」元王惕然而悟。乃召博士衛平而問之曰:「今寡人夢見一丈夫,延頸而長頭,衣玄繡之衣而乘輜車,來見夢於寡人曰:『我為江使於河,而幕網當吾路。泉陽豫且得我,我不能去。身在患中,莫可告語。王有德義,故來告訴。』是何物也?」
新字:求之於白蛇蟠杅林中者,斎戒以待,譺然,状如有人来告之,因以醮酒佗発,求之三宿而得。」由是観之,豈不偉哉!筆亀可不敬与?南方老人用亀支床足,行二十余歳,老人死,移床,亀尚生不死。亀能行気導引。問者曰:「亀至神若此,然太卜官得生亀,何為輒殺取其甲乎?」近世江上人有得名亀,畜置之,家因大富。与人議,欲遣去。人教殺之勿遣,遣之破人家。亀見夢曰:「送我水中,無殺吾也。」其家終殺之。殺之后,身死,家不利。人民与君王者異道。人民得名亀,其状類不宜殺也。以往古故事言之,古明王聖主皆殺而用之。宋元王時得亀,亦殺而用之。謹連其事於左方,令好事者観択其中焉。宋元王二年,江使神亀使於河,至於泉陽,漁者予且舉網得而囚之。置之籠中。夜半,亀来見夢於宋元王曰:「我為江使於河,而幕網当吾路。泉陽予且得我,我不能去。身在患中,莫可告語。王有徳義,故来告訴。」元王惕然而悟。乃召博士衛平而問之曰:「今寡人夢見一丈夫,延頸而長頭,衣玄繍之衣而乗輜車,来見夢於寡人曰:『我為江使於河,而幕網当吾路。泉陽予且得我,我不能去。身在患中,莫可告語。王有徳義,故来告訴。』是何物也?」
書き下し
之を白蛇の蟠る杅林の中に求むる者は、斎戒して以て待つ。譺然として、状人の来たりて之に告ぐる有るが如し。因りて醮酒を以て佗発し、之を求むること三宿にして得」と。是に由りて之を観れば、豈に偉ならずや。筆(けだ)し亀は敬はざる可けんや。南方の老人、亀を用ひて床の足を支ふ。行ふこと二十余歳、老人死して床を移すに、亀尚ほ生きて死せず。亀は能く気を行らし導引す。問ふ者曰く、「亀の至神此の若し。然るに太卜の官、生亀を得れば、何為れぞ輒ち殺して其の甲を取るや」と。近世、江上の人に名亀を得る有り。畜ひて之を置き、家因りて大いに富む。人と議し、遣り去らんと欲す。人教へて之を殺して遣る勿からしむ。之を遣れば人の家を破らんと。亀、夢に見えて曰く、「我を水中に送れ。吾を殺す無かれ」と。其の家終に之を殺す。之を殺して後、身死し、家利あらず。人民と君王とは道を異にす。人民名亀を得ば、其の状類ねて宜しく殺すべからず。往古の故事を以て之を言へば、古の明王聖主は皆殺して之を用ふ。宋の元王の時に亀を得、亦殺して之を用ふ。謹みて其の事を左方に連ね、好事の者をして其の中を観択せしむ。宋の元王二年、江、神亀をして河に使ひせしむ。泉陽に至り、漁者豫且、網を挙げて得て之を囚ふ。之を籠の中に置く。夜半、亀来たりて夢に宋の元王に見えて曰く、「我、江の為に河に使ひし、而して幕網吾が路に当たる。泉陽の豫且我を得て、我去る能はず。身は患ひの中に在り、告語す可き莫し。王に徳義有り、故に来たりて告訴す」と。元王惕然として悟る。乃ち博士衛平を召して之に問ひて曰く、「今、寡人夢に一丈夫を見る。頸を延ばして頭長く、玄繡の衣を衣て輜車に乗り、来たりて夢に寡人に見えて曰く、『我、江の為に河に使ひし、而して幕網吾が路に当たる。泉陽の豫且我を得て、我去る能はず。身は患ひの中に在り、告語す可き莫し。王に徳義有り、故に来たりて告訴す』と。是れ何物ぞや」と。
現代語訳
(神亀を)白い蛇がとぐろを巻く杅林の中に求める者は、身を清めて待つ。すると、ぼんやりと誰かが来て告げるような様子がある。そこで酒を注いで祭り、髪を解いて、三晩求め続けると得られる」。これから見ると、なんと偉大なことではないか。思うに、亀を敬わずにいられようか。南方の老人が亀を使って寝台の足を支えていた。二十年余りたって老人が死に、寝台を動かしてみると、亀はまだ生きていて死んでいなかった。亀は気をめぐらせ導引をすることができるのである。ある人が尋ねた。「亀はこれほど神妙なものなのに、太卜の役所では生きた亀を手に入れると、どうしてすぐに殺して甲羅を取るのか」。近ごろ、長江のほとりの人で名亀を得た者がいた。飼っておいたところ、家はそのおかげで大いに富んだ。ある人と相談して、亀を放してやろうとした。その人は、殺してしまい放してはならない、放せば家が滅びると教えた。亀が夢に現れて「私を水の中へ帰してくれ。私を殺さないでくれ」と言った。その家は結局亀を殺した。殺した後、その人は死に、家は不運に見舞われた。民と君王とでは道が異なる。民が名亀を得た場合は、おおむね殺してはならない。しかし昔の故事から言えば、古の明王や聖主はみな殺して用いた。宋の元王のときにも亀を得て、やはり殺して用いた。謹んでその事を以下に連ねて記し、物好きな人がその中から見て選べるようにする。宋の元王の二年、長江の神が神亀を黄河へ使いに出した。泉陽まで来たところで、漁師の豫且(よしょ)が網を上げて捕らえ、籠の中に入れた。夜中に、亀は宋の元王の夢に現れて言った。「私は長江の使いとして黄河に向かっていたが、張られた網が私の行く手をふさいだ。泉陽の豫且が私を捕らえ、私は逃げられない。身は災難の中にあり、訴える相手もいない。王には徳と義があるので、こうして訴えに来たのだ」。元王ははっとして目を覚ました。そこで博士の衛平を呼んで尋ねた。「いま私は夢で一人の男を見た。首を伸ばして頭が長く、黒い刺繍の衣を着て幌つきの車に乗り、私の夢に現れて言った。『私は長江の使いとして黄河に向かっていたが、張られた網が私の行く手をふさいだ。泉陽の豫且が私を捕らえ、私は逃げられない。身は災難の中にあり、訴える相手もいない。王には徳と義があるので、こうして訴えに来たのだ』と。これはいったい何者なのか」。
解説
関連する章句
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史記 亀策列伝衛平乃ち式を援きて起ち、天を仰ぎて月の光を視、斗の指す所を観て、日を定め郷に処す。規矩を輔と為し、副ふるに権衡を以てす。四維已に定まり、八卦相望む。其の吉凶を視るに、介虫先づ見はる。乃ち元王に対へて曰く、「今昔は壬子、宿は牽牛に在り。河水大いに会し、鬼神相謀る。漢は南北に正しく、江河固より期す。南風新たに至り、江の使ひ先づ来たる。白雲漢を壅ぎ、万物尽く留まる。斗柄日を指し、使者当に囚はるべし。玄服にして輜車に乗る、其の名を亀と為す。王急ぎ人をして問ひて之を求めしめよ」と。王曰く、「善し」と。是に於いて王乃ち人をして馳せて往きて泉陽の令に問はしめて曰く、「漁者は幾何の家ぞ。名は誰か豫且為る。豫且亀を得て、夢に王に見ゆ。王故に我をして之を求めしむ」と。泉陽の令乃ち吏をして籍を案じ図を視しむるに、水上の漁者五十五家、上流の廬、名を豫且と為す。泉陽の令曰く、「諾」と。乃ち使者と馳せて豫且に問ひて曰く、「今昔、汝漁りて何をか得たる」と。豫且曰く、「夜半の時、網を挙げて亀を得たり」と。使者曰く、「今、亀安くにか在る」と。曰く、「籠の中に在り」と。使者曰く、「王、子の亀を得たるを知り、故に我をして之を求めしむ」と。豫且曰く、「諾」と。即ち亀を繋ぎて之を籠の中より出だし、使者に献ず。使者載せて行き、泉陽の門を出づ。正昼にして見る無く、風雨晦冥たり。雲其の上を蓋ひ、五采青黄。雷雨並び起こり、風将ゐて行く。端門に入り、東箱に見ゆ。身は流水の如く、潤沢にして光有り。元王を望み見て、頸を延ばして前み、三歩にして止まり、頸を縮めて却き、其の故の処に復す。元王見て之を怪しみ、衛平に問ひて曰く、「亀、寡人を見て、頸を延ばして前むは、何を以て望むや。頸を縮めて復するは、是れ何に当たるや」と。衛平対へて曰く、「亀は患ひの中に在りて、終昔囚はる。王に徳義有り、人をして之を活かさしむ。今、頸を延ばして前むは、以て謝に当たるなり。頸を縮めて却くは、亟やかに去らんと欲するなり」と。元王曰く、「善いかな。
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史記 亀策列伝褚先生曰く、漁者網を挙げて神亀を得、亀自ら夢に宋の元王に見え、元王博士衛平を召して告ぐるに夢の亀の状を以てし、平式を運らし、日月を定め、衡度を分かち、吉凶を視、亀と物色の同じきを占ひ、平王を諫めて神亀を留めて以て国の重宝と為さしむ。美なり。古者、筮に必ず亀を称する者は、其の令名を以てなり。従りて来たる所久し。余述べて伝を為る。十一月、十二月、正月、二月、三月、中は関にして内高く外下る。四月、首仰ぎ足開き肣開き首俛して大。五月、横吉にして首俛して大。六月、七月、八月、九月、十月。卜の禁に曰く、子・亥・戌は以て卜し及び亀を殺す可からず。日中食已はるが如くして卜す。暮昏は亀の徼なり。以て卜す可からず。庚・辛は以て殺し、及び以て之を鉆る可し。常に月旦を以て亀を祓ふ。先づ清水を以て之を澡ひ、卵を以て之を祓ひ、乃ち亀を持して之を遂(めぐ)らし、常に以て祖と為すが若くす。人若し已に卜して中らずんば、皆之を祓ふに卵を以てす。東に向かひて立ち、灼くに荊若しくは剛木を以てし、土卵もて之を指すこと三たび、亀を持して卵を以て之を周環し、祝して曰く、「今日吉なり。謹みて粱・卵・焍黄を以て玉霊の不祥を祓ひ去る」と。玉霊必ず信にして以て誠なれば、万事の情を知り、兆を弁じて皆占ふ可し。信ならず誠ならずんば、則ち玉霊を焼き、其の灰を揚げ、以て後の亀を徴す。其の卜は必ず北に向かひ、亀甲は必ず尺二寸。卜は先づ造を以て灼鉆し、鉆中已はれば、又亀の首を灼くこと各々三たび。又復た鉆る所の中を灼くを正身と曰ひ、首を灼くを正足と曰ふ。各々三たび。即ち造を以て三たび亀を周り、祝して曰く、「之を玉霊夫子に仮る。夫子玉霊、荊もて而(なんぢ)の心を灼き、而をして先知せしむ。而は上は天に行き、下は淵に行く。諸霊の数、汝の信なるに如くは莫し。今日は良日なり。一良貞を行ふ。某、某を卜せんと欲す。即し得れば喜び、得ずんば悔ゆ。即し得ば、我に郷ひて身長大に発し、首足収まり人皆上偶せよ。
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史記 亀策列伝神此の如きに至るか。久しく留む可からず。駕を趣して亀を送り、期を失はしむる勿かれ」と。衛平対へて曰く、「亀は是れ天下の宝なり。先づ此の亀を得る者は天子と為り、且つ十言して十当たり、十戦して十勝つ。深淵に生まれ、黄土に長ず。天の道を知り、上古に明らかなり。游ぶこと三千歳、其の域を出でず。安平静正にして、動くに力を用ひず。寿は天地を蔽ひ、其の極を知る莫し。物と変化し、四時に色を変ず。居りて自ら匿れ、伏して食はず。春は倉(あを)く夏は黄に、秋は白く冬は黒し。陰陽に明らかにして、刑徳に審らかなり。先づ利害を知り、禍福を察す。以て言へば当たり、以て戦へば勝つ。王能く之を宝とせば、諸侯尽く服せん。王遣る勿かれ。以て社稷を安んぜよ」と。元王曰く、「亀は甚だ神霊にして、上天より降り、深淵に陥る。患難の中に在り、我を以て賢と為す。徳厚くして忠信、故に来たりて寡人に告ぐ。寡人若し遣らずんば、是れ漁者なり。漁者は其の肉を利とし、寡人は其の力を貪る。下は不仁と為り、上は無徳と為る。君臣礼無くんば、何に従りてか福有らん。寡人忍びず。奈何ぞ遣る勿からん」と。衛平対へて曰く、「然らず。臣聞く、盛徳は報いず、重寄は帰さず。天与ふるに受けずんば、天其の宝を奪ふと。今、亀は天下を周流し、還りて其の所に復し、上は蒼天に至り、下は泥塗に薄(せま)る。九州を還り遍くし、未だ嘗て愧辱せられず、稽留する所無し。今泉陽に至り、漁者辱めて之を囚ふ。王之を遣ると雖も、江河必ず怒り、務めて報仇を求めん。自ら以て侵さると為し、因りて神と謀らん。淫雨霽れず、水治む可からず。若しくは枯旱を為し、風ふきて埃を揚げ、蝗虫暴かに生じ、百姓時を失はん。王仁義を行ふも、其の罰必ず来たらん。此れ佗の故無し。其の祟りは亀に在り。後に之を悔ゆと雖も、豈に及ぶこと有らんや。王遣る勿かれ」と。
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史記 亀策列伝民は其の処に安んぜず、鬼神は享けず。飄風日々に起こり、正昼晦冥たり。日月並び蝕し、滅息して光無し。列星奔乱し、皆紀綱を絶つ。是を以て之を観れば、安くんぞ久長なるを得ん。湯武無しと雖も、時固より当に亡ぶべし。故に湯の桀を伐ち、武王の紂に剋つは、其の時然らしむるなり。乃ち天子と為り、子孫世を続ぐ。終身咎無く、後世之を称して、今に至るまで已まず。是れ皆時に当たりて行ひ、事を見て彊め、乃ち能く其の帝王を成す。今、亀は大宝なり。聖人の使ひと為り、之を賢王に伝ふ。手足を用ひず、雷電之を将ゐ、風雨之を送り、流水之を行らしむ。侯王徳有りて、乃ち之に当たるを得。今、王徳有りて此の宝に当たる。恐らくは敢へて受けざらん。王若し之を遣らば、宋必ず咎有らん。後に之を悔ゆと雖も、亦及ぶ無きのみ」と。元王大いに悦びて喜ぶ。是に於いて元王日に向かひて謝し、再拝して受く。日を択びて斎戒す。甲乙最も良し。乃ち白雉及び驪羊を刑し、血を以て亀に灌ぐ、壇の中央に於いて。刀を以て之を剥ぐに、身全くして傷つかず。脯酒もて之を礼し、其の腹腸を横たふ。荊支もて之を卜し、必ず其の創を制す。理は理に達し、文相錯迎す。工をして之を占はしむるに、言ふ所尽く当たる。邦の福の重宝、傍郷に聞こゆ。牛を殺して帮(かは)を取り、鄭の桐に被る。草木畢く分かれ、化して甲兵と為る。戦ひて勝ち攻めて取ること、元王に如くは莫し。元王の時、衛平宋に相たり、宋国最も彊し。亀の力なり。
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荘子・外物宋の元君夜半にして人の髪を被(こうむ)りて阿門(あもん)を闚(うかが)うを夢む。曰く、「予は宰路(さいろ)の淵より、予は清江の為に河伯の所に使いす。漁者の余且(よしょ)予を得たり」と。元君覚め、人をして之を占わしむ。曰く、「此れ神亀なり」と。君曰く、「漁者に余且なる者有るか」と。左右曰く、「有り」と。君曰く、「余且をして朝に会せしめよ」と。明日、余且朝す。君曰く、「漁して何をか得たる」と。対えて曰く、「且の網、白亀を焉(そこ)に得たり。其の円(まわ)り五尺なり」と。君曰く、「若(なんじ)の亀を献ぜよ」と。亀至る。君は再び之を殺さんと欲し、再び之を活かさんと欲す。心疑いて、之を卜す。曰く、「亀を殺して以て卜すれば、吉なり」と。乃ち亀を刳(さ)き、七十二鑽(さん)して遺筴(いさく)無し。
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史記 亀策列伝記に曰く、「能く名亀を得る者は、財物之に帰し、家必ず大いに富みて千万に至る」と。一に曰く北斗亀、二に曰く南辰亀、三に曰く五星亀、四に曰く八風亀、五に曰く二十八宿亀、六に曰く日月亀、七に曰く九州亀、八に曰く玉亀。凡そ八名亀なり。亀図は各々文有りて腹下に在り。文の云云たる者は、此れ某の亀なり。略々其の大指を記し、其の図を写さず。此の亀を取るに必ずしも尺二寸に満たず。民人長さ七八寸なるを得れば、宝とす可し。今、夫の珠玉宝器は、深く蔵する所有りと雖も、必ず其の光を見はし、必ず其の神明を出だす。其れ此の謂ひか。筆(けだ)し玉は山に処りて木潤ひ、淵は珠を生じて岸枯れざる者は、潤沢の加はる所なり。明月の珠は江海に出で、蚌の中に蔵し、蚗龍之に伏す。王者之を得れば、長く天下を有ち、四夷賓服す。能く百茎の蓍を得て、並びに其の下の亀を得て以て卜する者は、百言百当たり、以て吉凶を決するに足る。神亀は江水の中に出づ。廬江郡、常に歳時に亀の長さ尺二寸なる者二十枚を生じて太卜の官に輸す。太卜の官、因りて吉日を以て其の腹下の甲を剔り取る。亀は千歳にして乃ち尺二寸に満つ。王者軍を発し将を行らしむるに、必ず亀を廟堂の上に鉆(き)りて、以て吉凶を決す。今、高廟の中に亀室有り、内に蔵して以て神宝と為す。伝に曰く、「前足の臑骨を取りて穿ちて之を佩び、亀を取りて室の西北の隅に置きて之を懸け、以て深山大林の中に入れば、惑はず」と。臣、郎為りし時、万畢石朱方を見るに、伝に曰く、「神亀有りて江南の嘉林の中に在り。嘉林なる者は、獣に虎狼無く、鳥に鴟梟無く、草に毒螫無く、野火及ばず、斧斤至らず。是れを嘉林と為す。亀其の中に在り、常に芳蓮の上に巣くふ。左脇に文を書して曰く、『甲子重光、我を得る者は、匹夫も人君と為りて土正有り、諸侯我を得れば帝王と為る』と。
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