史記 / 亀策列伝
記曰:「能得名龜者,財物歸之,家必大富至千萬。」一曰「北斗龜」,二曰「南辰龜」,三曰「五星龜」,四曰「八風龜」,五曰「二十八宿龜」,六曰「日月龜」,七曰「九州龜」,八曰「玉龜」:凡八名龜。龜圖各有文在腹下,文云云者,此某之龜也。略記其大指,不寫其圖。取此龜不必滿尺二寸,民人得長七八寸,可寶矣。今夫珠玉寶器,雖有所深藏,必見其光,必出其神明,其此之謂乎!筆玉處於山而木潤,淵生珠而岸不枯者,潤澤之所加也。明月之珠出於江海,藏於蚌中,蚗龍伏之。王者得之,長有天下,四夷賓服。能得百莖蓍,并得其下龜以卜者,百言百當,足以決吉凶。神龜出於江水中,廬江郡常歲時生龜長尺二寸者二十枚輸太卜官,太卜官因以吉日剔取其腹下甲。龜千歲乃滿尺二寸。王者發軍行將,必鉆龜廟堂之上,以決吉凶。今高廟中有龜室,藏內以為神寶。傳曰:「取前足臑骨穿佩之,取龜置室西北隅懸之,以入深山大林中,不惑。」臣為郎時,見萬畢石朱方,傳曰:「有神龜在江南嘉林中。嘉林者,獸無虎狼,鳥無鴟梟,草無毒螫,野火不及,斧斤不至,是為嘉林。龜在其中,常巢於芳蓮之上。左脅書文曰:『甲子重光,得我者匹夫為人君,有土正,諸侯得我為帝王。』
新字:記曰:「能得名亀者,財物帰之,家必大富至千万。」一曰「北斗亀」,二曰「南辰亀」,三曰「五星亀」,四曰「八風亀」,五曰「二十八宿亀」,六曰「日月亀」,七曰「九州亀」,八曰「玉亀」:凡八名亀。亀図各有文在腹下,文云云者,此某之亀也。略記其大指,不写其図。取此亀不必満尺二寸,民人得長七八寸,可宝矣。今夫珠玉宝器,雖有所深蔵,必見其光,必出其神明,其此之謂乎!筆玉処於山而木潤,淵生珠而岸不枯者,潤沢之所加也。明月之珠出於江海,蔵於蚌中,蚗竜伏之。王者得之,長有天下,四夷賓服。能得百茎蓍,并得其下亀以卜者,百言百当,足以決吉凶。神亀出於江水中,廬江郡常歳時生亀長尺二寸者二十枚輸太卜官,太卜官因以吉日剔取其腹下甲。亀千歳乃満尺二寸。王者発軍行将,必鉆亀廟堂之上,以決吉凶。今高廟中有亀室,蔵内以為神宝。伝曰:「取前足臑骨穿佩之,取亀置室西北隅懸之,以入深山大林中,不惑。」臣為郎時,見万畢石朱方,伝曰:「有神亀在江南嘉林中。嘉林者,獣無虎狼,鳥無鴟梟,草無毒螫,野火不及,斧斤不至,是為嘉林。亀在其中,常巣於芳蓮之上。左脅書文曰:『甲子重光,得我者匹夫為人君,有土正,諸侯得我為帝王。』
書き下し
記に曰く、「能く名亀を得る者は、財物之に帰し、家必ず大いに富みて千万に至る」と。一に曰く北斗亀、二に曰く南辰亀、三に曰く五星亀、四に曰く八風亀、五に曰く二十八宿亀、六に曰く日月亀、七に曰く九州亀、八に曰く玉亀。凡そ八名亀なり。亀図は各々文有りて腹下に在り。文の云云たる者は、此れ某の亀なり。略々其の大指を記し、其の図を写さず。此の亀を取るに必ずしも尺二寸に満たず。民人長さ七八寸なるを得れば、宝とす可し。今、夫の珠玉宝器は、深く蔵する所有りと雖も、必ず其の光を見はし、必ず其の神明を出だす。其れ此の謂ひか。筆(けだ)し玉は山に処りて木潤ひ、淵は珠を生じて岸枯れざる者は、潤沢の加はる所なり。明月の珠は江海に出で、蚌の中に蔵し、蚗龍之に伏す。王者之を得れば、長く天下を有ち、四夷賓服す。能く百茎の蓍を得て、並びに其の下の亀を得て以て卜する者は、百言百当たり、以て吉凶を決するに足る。神亀は江水の中に出づ。廬江郡、常に歳時に亀の長さ尺二寸なる者二十枚を生じて太卜の官に輸す。太卜の官、因りて吉日を以て其の腹下の甲を剔り取る。亀は千歳にして乃ち尺二寸に満つ。王者軍を発し将を行らしむるに、必ず亀を廟堂の上に鉆(き)りて、以て吉凶を決す。今、高廟の中に亀室有り、内に蔵して以て神宝と為す。伝に曰く、「前足の臑骨を取りて穿ちて之を佩び、亀を取りて室の西北の隅に置きて之を懸け、以て深山大林の中に入れば、惑はず」と。臣、郎為りし時、万畢石朱方を見るに、伝に曰く、「神亀有りて江南の嘉林の中に在り。嘉林なる者は、獣に虎狼無く、鳥に鴟梟無く、草に毒螫無く、野火及ばず、斧斤至らず。是れを嘉林と為す。亀其の中に在り、常に芳蓮の上に巣くふ。左脇に文を書して曰く、『甲子重光、我を得る者は、匹夫も人君と為りて土正有り、諸侯我を得れば帝王と為る』と。
現代語訳
記録に「名高い亀を得た者には財物が集まり、家は必ず大いに富んで千万の財産に至る」とある。一に北斗亀、二に南辰亀、三に五星亀、四に八風亀、五に二十八宿亀、六に日月亀、七に九州亀、八に玉亀といい、あわせて八つの名亀がある。亀の図にはそれぞれ腹の下に模様があり、模様がこれこれであれば、これは何々の亀である、というようになっている。ここではその大要を記すだけで、図は写さない。この亀を取るのに、必ずしも一尺二寸に満たなくてもよい。民が長さ七、八寸のものを得れば、宝とすることができる。そもそも珠玉や宝器は、深くしまっておいても、必ずその光を現し、必ずその霊妙さを表に出す。これはそのことをいうのであろう。思うに、玉が山にあれば木々が潤い、淵が真珠を生めば岸が枯れないのは、その潤いが及ぶからである。明月の珠は長江や海から出て、どぶ貝の中に隠れ、蛟龍がその上に伏して守っている。王者がこれを得れば、長く天下を保ち、四方の異民族は服従する。百本の蓍を得て、あわせてその下にいる亀を得て占う者は、百回言えば百回当たり、吉凶を決するのに十分である。神亀は長江の中から出る。廬江郡では毎年その季節に、長さ一尺二寸の亀が二十匹とれるので、太卜の役所に納める。太卜の役所はそこで吉日を選んで、その腹の下の甲羅を削り取る。亀は千年たってようやく一尺二寸になる。王者が軍を起こし将を派遣するときには、必ず祖先の廟堂の上で亀甲に穴を穿って焼き、吉凶を決める。いま高祖の廟の中には亀室があり、中にしまって神聖な宝としている。伝に「亀の前足の上腕の骨を取って穴をあけて身につけ、亀を取って部屋の西北の隅に吊るしておけば、深い山や大きな林の中に入っても迷わない」とある。私が郎官だったとき、『万畢石朱方』という書物を見たが、その中の伝に次のようにあった。「神亀が江南の嘉林の中にいる。嘉林とは、獣には虎や狼がおらず、鳥にはふくろうがおらず、草には毒や刺すものがなく、野火も及ばず、斧も入らないところで、これを嘉林という。亀はその中にいて、いつも香り高い蓮の上に巣くっている。左の脇腹に文字が書いてあって、『甲子の年の重光(辛の年)、私を得た者は、ただの男でも人の君となって領地を持ち、諸侯が私を得れば帝王となる』とある。
解説
関連する章句
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史記 亀策列伝余、江南に至り、其の行事を観、其の長老に問ふに、云ふ、亀は千歳にして乃ち蓮葉の上に遊び、蓍は百茎にして一根を共にすと。又其の生ずる所は、獣に虎狼無く、草に毒螫無し。江の傍らの家人常に亀を畜ひて之に飲食せしめ、以為へらく、能く導引し気を致し、衰へを助け老いを養ふに益有りと。豈に信ならずや。褚先生曰く、臣、経術に通ずるを以て、業を博士に受け、春秋を治め、高第を以て郎と為り、幸ひに宿衛するを得て、宮殿の中に出入すること十有余年。窃かに太史公の伝を好む。太史公の伝に曰く、「三王亀を同じくせず、四夷各々卜を異にす。然れども各々以て吉凶を決す。略々其の要を闚ひ、故に亀策列伝を作る」と。臣、長安の中を往来し、亀策列伝を求むれども得る能はず。故に大卜の官に之き、掌故・文学・長老の事に習ふ者に問ひ、亀策卜事を写し取り、下方に編む。聞く、古の五帝・三王、発動し事を挙ぐるに、必ず先づ蓍亀に決すと。伝に曰く、「下に伏霊有れば、上に兎糸有り。上に擣蓍有れば、下に神亀有り」と。所謂伏霊なる者は、兎糸の下に在り、状は飛鳥の形に似たり。新雨已み、天清静にして風無きに、夜を以て兎糸を捎(はら)ひて之を去り、既に篝を以て此の地を燭して之を燭し、火滅すれば、即ち其の処を記し、新布四丈を以て環らして之を置き、明くれば即ち掘りて之を取る。入ること四尺より七尺に至りて得。七尺を過ぐれば得可からず。伏霊なる者は、千歳の松根なり。之を食へば死せず。聞く、蓍の生じて百茎に満つる者は、其の下に必ず神亀有りて之を守り、其の上に常に青雲有りて之を覆ふと。伝に曰く、「天下和平にして王道得らるれば、蓍茎長さ丈、其の叢生百茎に満つ」と。方今世の蓍を取る者は、古の法度に中る能はず、百茎に満ち長さ丈なる者を得る能はず。八十茎已上、蓍の長さ八尺を取るも、即ち得難きなり。人民の好んで卦を用ふる者は、六十茎已上、長さ六尺に満つる者を取れば、既に用ふ可し。
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史記 亀策列伝褚先生曰く、漁者網を挙げて神亀を得、亀自ら夢に宋の元王に見え、元王博士衛平を召して告ぐるに夢の亀の状を以てし、平式を運らし、日月を定め、衡度を分かち、吉凶を視、亀と物色の同じきを占ひ、平王を諫めて神亀を留めて以て国の重宝と為さしむ。美なり。古者、筮に必ず亀を称する者は、其の令名を以てなり。従りて来たる所久し。余述べて伝を為る。十一月、十二月、正月、二月、三月、中は関にして内高く外下る。四月、首仰ぎ足開き肣開き首俛して大。五月、横吉にして首俛して大。六月、七月、八月、九月、十月。卜の禁に曰く、子・亥・戌は以て卜し及び亀を殺す可からず。日中食已はるが如くして卜す。暮昏は亀の徼なり。以て卜す可からず。庚・辛は以て殺し、及び以て之を鉆る可し。常に月旦を以て亀を祓ふ。先づ清水を以て之を澡ひ、卵を以て之を祓ひ、乃ち亀を持して之を遂(めぐ)らし、常に以て祖と為すが若くす。人若し已に卜して中らずんば、皆之を祓ふに卵を以てす。東に向かひて立ち、灼くに荊若しくは剛木を以てし、土卵もて之を指すこと三たび、亀を持して卵を以て之を周環し、祝して曰く、「今日吉なり。謹みて粱・卵・焍黄を以て玉霊の不祥を祓ひ去る」と。玉霊必ず信にして以て誠なれば、万事の情を知り、兆を弁じて皆占ふ可し。信ならず誠ならずんば、則ち玉霊を焼き、其の灰を揚げ、以て後の亀を徴す。其の卜は必ず北に向かひ、亀甲は必ず尺二寸。卜は先づ造を以て灼鉆し、鉆中已はれば、又亀の首を灼くこと各々三たび。又復た鉆る所の中を灼くを正身と曰ひ、首を灼くを正足と曰ふ。各々三たび。即ち造を以て三たび亀を周り、祝して曰く、「之を玉霊夫子に仮る。夫子玉霊、荊もて而(なんぢ)の心を灼き、而をして先知せしむ。而は上は天に行き、下は淵に行く。諸霊の数、汝の信なるに如くは莫し。今日は良日なり。一良貞を行ふ。某、某を卜せんと欲す。即し得れば喜び、得ずんば悔ゆ。即し得ば、我に郷ひて身長大に発し、首足収まり人皆上偶せよ。
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史記 亀策列伝之を白蛇の蟠る杅林の中に求むる者は、斎戒して以て待つ。譺然として、状人の来たりて之に告ぐる有るが如し。因りて醮酒を以て佗発し、之を求むること三宿にして得」と。是に由りて之を観れば、豈に偉ならずや。筆(けだ)し亀は敬はざる可けんや。南方の老人、亀を用ひて床の足を支ふ。行ふこと二十余歳、老人死して床を移すに、亀尚ほ生きて死せず。亀は能く気を行らし導引す。問ふ者曰く、「亀の至神此の若し。然るに太卜の官、生亀を得れば、何為れぞ輒ち殺して其の甲を取るや」と。近世、江上の人に名亀を得る有り。畜ひて之を置き、家因りて大いに富む。人と議し、遣り去らんと欲す。人教へて之を殺して遣る勿からしむ。之を遣れば人の家を破らんと。亀、夢に見えて曰く、「我を水中に送れ。吾を殺す無かれ」と。其の家終に之を殺す。之を殺して後、身死し、家利あらず。人民と君王とは道を異にす。人民名亀を得ば、其の状類ねて宜しく殺すべからず。往古の故事を以て之を言へば、古の明王聖主は皆殺して之を用ふ。宋の元王の時に亀を得、亦殺して之を用ふ。謹みて其の事を左方に連ね、好事の者をして其の中を観択せしむ。宋の元王二年、江、神亀をして河に使ひせしむ。泉陽に至り、漁者豫且、網を挙げて得て之を囚ふ。之を籠の中に置く。夜半、亀来たりて夢に宋の元王に見えて曰く、「我、江の為に河に使ひし、而して幕網吾が路に当たる。泉陽の豫且我を得て、我去る能はず。身は患ひの中に在り、告語す可き莫し。王に徳義有り、故に来たりて告訴す」と。元王惕然として悟る。乃ち博士衛平を召して之に問ひて曰く、「今、寡人夢に一丈夫を見る。頸を延ばして頭長く、玄繡の衣を衣て輜車に乗り、来たりて夢に寡人に見えて曰く、『我、江の為に河に使ひし、而して幕網吾が路に当たる。泉陽の豫且我を得て、我去る能はず。身は患ひの中に在り、告語す可き莫し。王に徳義有り、故に来たりて告訴す』と。是れ何物ぞや」と。
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史記 亀策列伝蛮夷氐羌は君臣の序無しと雖も、亦疑ひを決するの卜有り。或いは金石を以てし、或いは草木を以てし、国俗を同じくせず。然れども皆以て戦伐攻撃し、兵を推して勝ちを求むる可く、各々其の神を信じて、以て来事を知る。略々聞く、夏殷の卜せんと欲する者は、乃ち蓍亀を取り、已めば則ち之を棄て去る。以為へらく、亀は蔵すれば則ち霊ならず、蓍は久しければ則ち神ならずと。周室の卜官に至りては、常に蓍亀を宝蔵す。又其の大小先後、各々尚ぶ所有るも、其の帰を要すれば等しきのみ。或いは以為へらく、聖王事に遭ひて定めざる無く、疑ひを決して見ざる無し。其の稽神求問の道を設くる者は、以為へらく、後世衰微し、愚は智を師とせず、人各々自ら安んじ、化分かれて百室と為り、道散じて垠無し。故に之を至微に推し帰し、精神に要絜するなりと。或いは以為へらく、昆虫の長ずる所は、聖人も与に争ふ能はず。其の吉凶に処し、然否を別つこと、多く人に中ると。高祖の時に至り、秦の太卜の官に因る。天下始めて定まり、兵革未だ息まず。孝恵の国を享くること日少なく、呂后は女主、孝文・孝景は掌故に因襲し、未だ講試するに遑あらず。父子官を疇(つ)ぎ、世々相伝ふと雖も、其の精微深妙は、遺失する所多し。今上即位するに至り、博く芸能の路を開き、悉く百端の学を延き、一伎に通ずるの士も咸自ら効すを得。絶倫超奇なる者を右と為し、阿私する所無し。数年の間に、太卜大いに集まる。会々上、匈奴を撃ち、西のかた大宛を攘ひ、南のかた百越を収めんと欲す。卜筮至りて預め表象を見、先づ其の利を図る。猛将の鋒を推し節を執り、勝ちを彼に獲るに及び、而して蓍亀時日も亦此に力有り。上尤も意を加へ、賞賜或いは数千万に至る。丘子明の属の如きは、富溢れ貴寵ありて、朝廷を傾く。卜筮を以て蠱道を射るに至り、巫蠱時に或いは頗る中る。素より眥睚の快からざる有れば、公に因りて誅を行ひ、意を恣にして傷つくる所、以て族を破り門を滅ぼす者、勝げて数ふ可からず。
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史記 亀策列伝神此の如きに至るか。久しく留む可からず。駕を趣して亀を送り、期を失はしむる勿かれ」と。衛平対へて曰く、「亀は是れ天下の宝なり。先づ此の亀を得る者は天子と為り、且つ十言して十当たり、十戦して十勝つ。深淵に生まれ、黄土に長ず。天の道を知り、上古に明らかなり。游ぶこと三千歳、其の域を出でず。安平静正にして、動くに力を用ひず。寿は天地を蔽ひ、其の極を知る莫し。物と変化し、四時に色を変ず。居りて自ら匿れ、伏して食はず。春は倉(あを)く夏は黄に、秋は白く冬は黒し。陰陽に明らかにして、刑徳に審らかなり。先づ利害を知り、禍福を察す。以て言へば当たり、以て戦へば勝つ。王能く之を宝とせば、諸侯尽く服せん。王遣る勿かれ。以て社稷を安んぜよ」と。元王曰く、「亀は甚だ神霊にして、上天より降り、深淵に陥る。患難の中に在り、我を以て賢と為す。徳厚くして忠信、故に来たりて寡人に告ぐ。寡人若し遣らずんば、是れ漁者なり。漁者は其の肉を利とし、寡人は其の力を貪る。下は不仁と為り、上は無徳と為る。君臣礼無くんば、何に従りてか福有らん。寡人忍びず。奈何ぞ遣る勿からん」と。衛平対へて曰く、「然らず。臣聞く、盛徳は報いず、重寄は帰さず。天与ふるに受けずんば、天其の宝を奪ふと。今、亀は天下を周流し、還りて其の所に復し、上は蒼天に至り、下は泥塗に薄(せま)る。九州を還り遍くし、未だ嘗て愧辱せられず、稽留する所無し。今泉陽に至り、漁者辱めて之を囚ふ。王之を遣ると雖も、江河必ず怒り、務めて報仇を求めん。自ら以て侵さると為し、因りて神と謀らん。淫雨霽れず、水治む可からず。若しくは枯旱を為し、風ふきて埃を揚げ、蝗虫暴かに生じ、百姓時を失はん。王仁義を行ふも、其の罰必ず来たらん。此れ佗の故無し。其の祟りは亀に在り。後に之を悔ゆと雖も、豈に及ぶこと有らんや。王遣る勿かれ」と。
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史記 亀策列伝得ずんば、我に郷ひて身挫折し、中外相応ぜず、首足滅し去れ」と。霊亀の卜の祝に曰く、「之を霊亀に仮る。五巫五霊も、神亀の霊の、人の死を知り、人の生を知るに如かず。某身は良貞なり。某、某物を求めんと欲す。即し得んとするや、頭見はれ足発し、内外相応ぜよ。即し得ざらんとするや、頭仰ぎ足肣まり、内外自ら垂れよ。占ひを得可し」と。病者を卜占する祝に曰く、「今、某病みて困しむ。死せんには、首上に開き、内外交々駭き、身節折れよ。死せずんば、首仰ぎ足肣まれ」と。病者の祟りを卜して曰く、「今、病に祟り有らば呈無く、祟り無くんば呈有れ。兆に中の祟り有らば内有り、外の祟りには外有れ」と。繋がるる者の出づると出でざるとを卜す。出でずんば、横吉にして安し。若し出でんには、足開き首仰ぎて外有り。財物を求め、其の当に得べき所を卜す。得んには、首仰ぎ足開き、内外相応ず。即し得ずんば、呈兆にして首仰ぎ足肣まる。臣妾・馬牛を売り若しくは買ふこと有るを卜す。之を得んには、首仰ぎ足開き、内外相応ず。得ずんば、首仰ぎ足肣まり、呈兆若しくは横吉にして安し。盗聚若干人の、某所に在るを撃たんとし、今某卒若干人を将ゐて往きて之を撃たんとするを卜す。当に勝つべくんば、首仰ぎ足開き身正しく、内自ら橋(あが)り、外下る。勝たずんば、足肣まり首仰ぎ、身首内下り外高し。当に行くべきか行かざるかを求むるを卜す。行かんには、首足開く。行かずんば、足肣まり首仰ぎ、若しくは横吉にして安し。安ければ行かず。往きて盗を撃つに、当に見るべきか見ざるかを卜す。見んには、首仰ぎ足肣まりて外有り。見ずんば、足開き首仰ぐ。往きて盗を候ひ、見るか見ざるかを卜す。見んには、首仰ぎ足肣まり、肣まりて勝ちて外有り。見ずんば、足開き首仰ぐ。盗の来たると聞き、来たるか来たらざるかを卜す。来たらんには、外高く内下り、足肣まり首仰ぐ。来たらずんば、足開き首仰ぎ、若しくは横吉にして安し。之を期すること自ら次ぐ。遷徙し官を去るか去らざるかを卜す。去らんには、足開き肣有りて外首仰ぐ。去らずんば、自ら去るも、即ち足肣まり、呈兆若しくは横吉にして安し。官に居りて尚ほ吉なるか否かを卜す。吉ならば、呈兆にして身正しく、若しくは横吉にして安し。吉ならずんば、身節折れ、首仰ぎ足開く。
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