夜船閑話 / 序
此において諸子舊書櫃を開けば、草稿、蠧魚の腹中に葬らるゝ者中葉に過たり。諸子卽ち訂正傳寫して、既に五十來紙を見る。卽ち封裹して以て京師に寄せんとす。予が馬齒一日も諸子に長たるを以て其端由を書せんことを責む。予も亦辭せずして書す。
新字:此において諸子旧書櫃を開けば、草稿、蠹魚の腹中に葬らるゝ者中葉に過たり。諸子即ち訂正伝写して、既に五十来紙を見る。即ち封裹して以て京師に寄せんとす。予が馬歯一日も諸子に長たるを以て其端由を書せんことを責む。予も亦辞せずして書す。
書き下し
此において諸子旧書櫃を開けば、草稿、蠹魚の腹中に葬らるゝ者中葉に過たり。諸子即ち訂正伝写して、既に五十来紙を見る。即ち封裹して以て京師に寄せんとす。予が馬歯一日も諸子に長たるを以て其端由を書せんことを責む。予も亦辞せずして書す。
現代語訳
そこで弟子たちが古い書物の櫃を開けてみると、草稿は紙魚の腹の中に葬られたものが半ばを超えていた。弟子たちはすぐに訂正して書き写し、五十枚ほどの紙になった。そこで包み封じて京の都に送ろうとした。私は年が一日でも弟子たちより上であるというので、その経緯を書くよう求められた。私もまた辞退せずに書くことにした。
解説
草稿の半分以上が虫に食われていた、という率直な記録である。白隠は書いたものを大事にしまい込む人ではなく、書いたら書きっぱなしだったのだろう。弟子たちが補って書き写したという経緯も隠さず記している。馬歯は自分の年齢をへりくだって言う言葉だ。知恵は書き留めただけでは残らず、誰かが掘り起こして整え、人に渡して初めて生きる。その当たり前の事実を、出版の舞台裏として伝えている段である。
この章句が説くこと
記録伝承編集弟子序整理
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