史記 / 日者列伝
「公見夫談士辯人乎?慮事定計,必是人也,然不能以一言説人主意,故言必稱先王,語必道上古;慮事定計,飾先王之成功,語其敗害,以恐喜人主之志,以求其欲。多言誇嚴,莫大於此矣。然欲彊國成功,盡忠於上,非此不立。今夫卜者,導惑教愚也。夫愚惑之人,豈能以一言而知之哉!言不厭多。「故騏驥不能與罷驢爲駟,而鳳皇不與燕雀爲群,而賢者亦不與不肖者同列。故君子處卑隱以辟眾,自匿以辟倫,微見德順以除群害,以明天性,助上養下,多其功利,不求尊譽。公之等喁喁者也,何知長者之道乎!」宋忠、賈誼忽而自失,芒乎無色,悵然噤口不能言。於是攝衣而起,再拜而辭。行洋洋也,出門僅能自上車,伏軾低頭,卒不能出氣。
新字:「公見夫談士弁人乎?慮事定計,必是人也,然不能以一言説人主意,故言必称先王,語必道上古;慮事定計,飾先王之成功,語其敗害,以恐喜人主之志,以求其欲。多言誇厳,莫大於此矣。然欲彊国成功,尽忠於上,非此不立。今夫卜者,導惑教愚也。夫愚惑之人,豈能以一言而知之哉!言不厭多。「故騏驥不能与罷驢為駟,而鳳皇不与燕雀為群,而賢者亦不与不肖者同列。故君子処卑隠以辟衆,自匿以辟倫,微見徳順以除群害,以明天性,助上養下,多其功利,不求尊誉。公之等喁喁者也,何知長者之道乎!」宋忠、賈誼忽而自失,芒乎無色,悵然噤口不能言。於是摂衣而起,再拝而辞。行洋洋也,出門僅能自上車,伏軾低頭,卒不能出気。
書き下し
「公、夫の談士弁人を見るか。事を慮り計を定むるは、必ず是の人なり。然れども一言を以て人主の意に説く能はず。故に言へば必ず先王を称し、語れば必ず上古を道ふ。事を慮り計を定むるに、先王の成功を飾り、其の敗害を語り、以て人主の志を恐喜せしめ、以て其の欲を求む。多言誇厳、此より大なるは莫し。然れども国を彊くし功を成し、忠を上に尽くさんと欲せば、此に非ずんば立たず。今、夫の卜者は、惑ひを導き愚を教ふるなり。夫れ愚惑の人、豈に能く一言を以て之を知らんや。言は多きを厭はず。故に騏驥は罷驢と駟を為す能はず、而して鳳皇は燕雀と群を為さず、而して賢者も亦不肖の者と列を同じくせず。故に君子は卑隠に処りて以て衆を辟け、自ら匿れて以て倫を辟け、微かに徳順を見はして以て群害を除き、以て天性を明らかにし、上を助け下を養ひ、其の功利を多くして、尊誉を求めず。公の等は喁喁たる者なり。何ぞ長者の道を知らんや」と。宋忠・賈誼忽として自失し、芒乎として色無く、悵然として口を噤みて言ふ能はず。是に於いて衣を摂りて起ち、再拝して辞す。行くこと洋洋たり。門を出でて僅かに能く自ら車に上り、軾に伏して頭を低れ、卒に気を出だす能はず。
現代語訳
「あなたがたは、あの弁舌の士を見たことがあるだろう。事を考え計略を定めるのは、必ずこういう人々だ。しかし彼らは一言で君主の心を動かすことはできない。だから話せば必ず先王を持ち出し、語れば必ず大昔を説く。事を考え計略を定めるにも、先王の成功を飾り立て、失敗の害を語って、君主の心を恐れさせたり喜ばせたりして、自分の望みを遂げようとする。言葉が多く大げさなことは、これ以上のものはない。それでも国を強くし功を成し、主君に忠を尽くそうとすれば、これなしには成り立たない。いま占い師というものは、迷っている人を導き、愚かな人を教えるものだ。愚かで迷っている人が、どうして一言で理解できようか。だから言葉は多くても嫌がらないのだ。そもそも駿馬は疲れたろばと四頭立ての車を引くことはできず、鳳凰は燕や雀と群れをなさず、賢者もまた愚か者と同じ列に並ばない。だから君子は低く隠れた地位にいて大衆を避け、自ら身を隠して仲間付き合いを避け、ひそかに徳と道理を示して多くの害を取り除き、人の本性を明らかにし、上を助け下を養い、その功績と利益を多くしながら、名誉を求めない。あなたがたは、ぺちゃくちゃとしゃべる者たちにすぎない。どうして長者の道がわかろうか」。宋忠と賈誼はぼう然として我を失い、顔色は青ざめ、がっかりして口をつぐみ、何も言えなかった。そこで衣を整えて立ち上がり、二度拝礼して辞去した。歩く足取りはふらふらとして定まらず、門を出るとやっとのことで自分で車に乗り、車の前の横木に伏して頭を垂れ、とうとう大きく息をすることもできなかった。
解説
関連する章句
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史記 日者列伝古より命を受けて王たる、王者の興るや、何ぞ嘗て卜筮を以て天命に決せざらんや。其の周に於いて尤も甚だしく、秦に及びて見る可し。代王の入るや、卜者に任ず。太卜の起こるは、漢興るに由りて有り。司馬季主は楚の人なり。長安の東市に卜す。宋忠中大夫と為り、賈誼博士と為る。同日俱に出でて洗沐し、相従ひて論議し、易の先王聖人の道術を誦し、人情を究め遍くし、相視て嘆ず。賈誼曰く、「吾聞く、古の聖人は、朝廷に居らずんば、必ず卜医の中に在りと。今、吾已に三公九卿朝士大夫を見るに、皆知る可し。試みに之を卜数の中に之きて以て采を観ん」と。二人即ち輿を同じくして市に之き、卜肆の中に游ぶ。天新たに雨ふり、道に人少なし。司馬季主間坐し、弟子三四人侍し、方に天地の道、日月の運、陰陽吉凶の本を弁ず。二大夫再拝して謁す。司馬季主其の状貌を視るに、知有る者に類するが如し。即ち之を礼し、弟子をして之を延きて坐せしむ。坐定まり、司馬季主復た前語を理め、天地の終始、日月星辰の紀を分別し、仁義の際を差次し、吉凶の符を列し、語ること数千言、理に順はざる莫し。宋忠・賈誼瞿然として悟り、纓を猟め襟を正して危坐して曰く、「吾、先生の状を望み、先生の辞を聴くに、小子窃かに世を観るに、未だ嘗て見ざるなり。今何ぞ居の卑しく、何ぞ行ひの汚れたる」と。司馬季主腹を捧げて大笑して曰く、「大夫を観るに道術有る者に類す。今何ぞ言の陋しく、何ぞ辞の野なるや。今、夫子の賢とする所の者は何ぞや。高しとする所の者は誰ぞや。今何を以て長者を卑汚とする」と。
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史記 日者列伝二君曰く、「尊官厚祿は、世の高しとする所なり、賢才之に処る。今処る所其の地に非ず、故に之を卑と謂ふ。言信ならず、行験あらず、取当たらず、故に之を汙と謂ふ。夫れ卜筮なる者は、世俗の賤簡する所なり。世皆言ひて曰く、『夫れ卜者は多言誇厳して以て人情を得、虚しく人の祿命を高くして以て人の志を説ばしめ、擅に禍災を言ひて以て人の心を傷り、矯りて鬼神を言ひて以て人の財を尽くし、厚く拝謝を求めて以て己に私す』と。此れ吾が恥づる所、故に之を卑汙と謂ふなり」と。
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史記 日者列伝居ること三日、宋忠賈誼を殿門の外に見、乃ち相引きて屏語し相謂ひて自ら嘆じて曰く、「道高ければ益ます安く、勢高ければ益ます危し。赫赫の勢に居れば、身を失ふこと且に日有らんとす。彼久しくして愈いよ安し」と。久しくして、宋忠匈奴に使ひし、至らずして還り、罪に抵る。而して賈誼梁懐王の傅と為り、王馬より墮ちて薨じ、誼食らはず、毒恨して死す。此れ華を務めて根を絶つ者なり。
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史記 日者列伝今、公の所謂賢者は、皆羞と為す可し。卑疵して前み、孅趨して言ひ、相引くに勢を以てし、相導くに利を以てし、比周して正を賓(しりぞ)け、以て尊誉を求め、以て公奉を受く。私利を事とし、主法を枉げ、農民を猟る。官を以て威と為し、法を以て機と為し、利を求めて逆暴なり。譬へば白刃を操りて人を劫かす者に異なる無し。初めて官に試みらるる時、力を倍して巧詐を為し、虚功を飾り空文を執りて以て主上を罔し、上に居るを用て右と為す。官に試みられて賢に譲り功を陳べず、偽を見て実を増し、無を以て有と為し、少を以て多と為し、以て便勢尊位を求む。食飲駆馳し、姫・歌児を従へ、親を顧みず、法を犯し民を害し、公家を虚しくす。此れ夫の盗を為して矛弧を操らざる者なり。攻めて弦刃を用ひざる者なり。父母を欺きて未だ罪有らず、君を弑して未だ伐たれざる者なり。
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史記 日者列伝司馬季主曰く、「公且く安坐せよ。公、夫の被髪の童子を見るか。日月之を照らせば則ち行き、照らさざれば則ち止まる。之に日月の疵瑕吉凶を問へば、則ち理(をさ)むる能はず。是に由りて之を観れば、能く賢と不肖とを知り別つ者は寡し。
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史記 日者列伝何を以て高賢の才と為さんや。「盗賊発して禁ずる能はず、夷貊服せずして摂する能はず、姦邪起こりて塞ぐ能はず、官秏乱して治むる能はず、四時和せずして調ふる能はず、歳穀孰(みの)らずして適する能はず。才賢にして為さざる、是れ不忠なり。才賢ならずして官位に託し、上奉を利し、賢者の処を妨ぐる、是れ位を窃むなり。人有る者は進め、財有る者は礼す、是れ偽なり。子独り鴟梟の鳳皇と翔ぶを見ずや。蘭芷芎藭は広野に棄てられ、蒿蕭は林を成し、君子をして退きて衆に顕はれざらしむ。公等是なり。
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