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史記 / 滑稽列伝

凡投三弟子。西門豹曰:「巫嫗弟子是女子也,不能白事,煩三老為入白之。」復投三老河中。西門豹簪筆磬折,向河立待良久。長老、吏傍觀者皆驚恐。西門豹顧曰:「巫嫗、三老不來還,柰之何?」欲復使廷掾與豪長者一人入趣之。皆叩頭,叩頭且破,額血流地,色如死灰。西門豹曰:「諾,且留待之須臾。」須臾,豹曰:「廷掾起矣。狀河伯留客之久,若皆罷去歸矣。」鄴吏民大驚恐,從是以後,不敢復言為河伯娶婦。西門豹即發民鑿十二渠,引河水灌民田,田皆溉。當其時,民治渠少煩苦,不欲也。豹曰:「民可以樂成,不可與慮始。今父老子弟雖患苦我,然百歲後期令父老子孫思我言。」至今皆得水利,民人以給足富。十二渠經絕馳道,到漢之立,而長吏以為十二渠橋絕馳道,相比近,不可。欲合渠水,且至馳道合三渠為一橋。鄴民人父老不肯聽長吏,以為西門君所為也,賢君之法式不可更也。長吏終聽置之。故西門豹為鄴令,名聞天下,澤流後世,無絕已時,幾可謂非賢大夫哉!傳曰:「子產治鄭,民不能欺;子賤治單父,民不忍欺;西門豹治鄴,民不敢欺。」三子之才能誰最賢哉?辨治者當能別之。

新字:凡投三弟子。西門豹曰:「巫嫗弟子是女子也,不能白事,煩三老為入白之。」復投三老河中。西門豹簪筆磬折,向河立待良久。長老、吏傍観者皆驚恐。西門豹顧曰:「巫嫗、三老不来還,柰之何?」欲復使廷掾与豪長者一人入趣之。皆叩頭,叩頭且破,額血流地,色如死灰。西門豹曰:「諾,且留待之須臾。」須臾,豹曰:「廷掾起矣。状河伯留客之久,若皆罷去帰矣。」鄴吏民大驚恐,従是以後,不敢復言為河伯娶婦。西門豹即発民鑿十二渠,引河水灌民田,田皆溉。当其時,民治渠少煩苦,不欲也。豹曰:「民可以楽成,不可与慮始。今父老子弟雖患苦我,然百歳後期令父老子孫思我言。」至今皆得水利,民人以給足富。十二渠経絶馳道,到漢之立,而長吏以為十二渠橋絶馳道,相比近,不可。欲合渠水,且至馳道合三渠為一橋。鄴民人父老不肯聴長吏,以為西門君所為也,賢君之法式不可更也。長吏終聴置之。故西門豹為鄴令,名聞天下,沢流後世,無絶已時,幾可謂非賢大夫哉!伝曰:「子産治鄭,民不能欺;子賤治単父,民不忍欺;西門豹治鄴,民不敢欺。」三子之才能誰最賢哉?弁治者当能別之。

書き下し

凡そ三弟子を投ず。西門豹曰く、「巫嫗・弟子は是れ女子なり。事を白す能はず。三老を煩はして為に入りて之を白さしめん」と。復た三老を河中に投ず。西門豹、筆を簪にし磬折して、河に向かひて立ちて待つこと良久し。長老・吏の傍観する者皆驚恐す。西門豹顧みて曰く、「巫嫗・三老来たり還らず。之を奈何せん」と。復た廷掾と豪長者一人とをして入りて之を趣さしめんと欲す。皆叩頭し、叩頭して且に破れんとし、額の血地に流れ、色死灰の如し。西門豹曰く、「諾。且く留まりて之を待つこと須臾せん」と。須臾にして、豹曰く、「廷掾起て。状は河伯の客を留むることの久しきがごとし。若(なんぢ)ら皆罷め去りて帰れ」と。鄴の吏民大いに驚恐し、是より以後、敢へて復た河伯の為に婦を娶ると言はず。西門豹即ち民を発して十二渠を鑿ち、河水を引きて民田に灌ぐ。田皆溉(そそ)がる。其の時に当たりて、民、渠を治むること少しく煩苦し、欲せず。豹曰く、「民は与に成るを楽しむ可きも、与に始めを慮る可からず。今、父老子弟我を患苦すと雖も、然れども百歳の後、父老子孫をして我が言を思はしめんことを期す」と。今に至るまで皆水利を得、民人以て給足して富む。十二渠は馳道を経絶す。漢の立つに到り、而して長吏以為へらく、十二渠の橋は馳道を絶ち、相比近して不可なりと。渠水を合はせ、馳道に至るに且(およ)びて三渠を合はせて一橋と為さんと欲す。鄴の民人父老、肯へて長吏に聴かず。以為へらく、西門君の為す所なり、賢君の法式は更む可からずと。長吏終に聴きて之を置く。故に西門豹鄴の令と為り、名は天下に聞こえ、沢は後世に流れ、絶え已む時無し。幾ど賢大夫に非ずと謂ふ可けんや。伝に曰く、「子産鄭を治め、民欺く能はず。子賤単父を治め、民欺くに忍びず。西門豹鄴を治め、民敢へて欺かず」と。三子の才能、誰か最も賢なるや。治を弁ずる者は当に能く之を別つべし。

現代語訳

全部で三人の弟子を投げ込んだ。西門豹は言った。「巫女の婆さんも弟子も女だから、事情をうまく伝えられないのだろう。ご苦労だが三老に川へ入って伝えてきてもらおう」。そしてまた三老を川の中に投げ込んだ。西門豹は冠に筆を挿し、腰をかがめて恭しい姿勢をとり、川に向かって立ったまま長い間待った。そばで見ていた長老や役人たちはみな驚き恐れた。西門豹は振り返って言った。「巫女の婆さんも三老も戻って来ない。どうしたものか」。そしてさらに廷掾と有力者一人を川に入れて急がせに行かせようとした。皆は頭を地に打ちつけ、頭が割れんばかりに打ちつけて、額の血が地面に流れ、顔色は冷えた灰のようになった。西門豹は言った。「よし、しばらくここにとどまって待つことにしよう」。しばらくして西門豹は言った。「廷掾よ、立ちなさい。どうやら河伯は客を長く引き留めるらしい。おまえたちはみな引き揚げて帰りなさい」。鄴の役人も民も大いに驚き恐れ、それからは二度と河伯のために嫁を迎えるなどと言わなくなった。西門豹はすぐに民を動員して十二の用水路を掘り、黄河の水を引いて民の田に注いだので、田はすべて潤った。その当時、民は用水路の工事を少しわずらわしく苦しいと思い、やりたがらなかった。西門豹は言った。「民とは、出来上がったものを一緒に楽しむことはできても、始める前に一緒に考えることはできない。いま長老や若者たちは私のことを苦々しく思っているが、百年後には長老たちの子孫に私の言葉を思い出させてみせる」。今に至るまで皆が水利の恩恵を受け、民は暮らしが満ち足りて豊かになった。十二の用水路は馳道(天子の道)を横切っていた。漢が興ると、役人たちは十二の用水路にかかる橋が馳道を分断しており、互いに近すぎてよくないと考えた。用水路の水を合わせ、馳道にかかるところでは三本の用水路を一本にまとめて一つの橋にしようとした。鄴の民や長老たちは役人の言うことを聞き入れなかった。西門様がお造りになったもので、賢い君の定めたやり方は変えてはならないと考えたのである。役人たちもとうとうその意見を聞き入れ、そのままにした。こうして西門豹は鄴の県令となって名が天下に聞こえ、その恩恵は後世に流れて絶える時がない。どうして賢い大夫でないと言えようか。伝に「子産が鄭を治めると、民は欺くことができなかった。子賤(宓子賤)が単父を治めると、民は欺くに忍びなかった。西門豹が鄴を治めると、民はあえて欺こうとしなかった」とある。この三人の才能のうち、誰が最も優れているだろうか。政治をわきまえた者なら、きっと見分けられるだろう。

解説

西門豹の話の後半です。巫女と弟子、三老を次々に川へ投げ込み、恭しく待つふりを続けると、残った役人たちは額から血を流して許しを請い、以後誰も河伯の嫁取りを口にしなくなりました。西門豹は続けて十二の用水路を掘らせ、民が工事を嫌がっても「民は与に成るを楽しむ可きも、与に始めを慮る可からず」と押し切ります。その結果、鄴は豊かになり、漢代に役人が水路をまとめようとしたとき、民の方が西門豹の造ったものは変えられないと拒みました。最後に、民が欺けない子産、欺くに忍びない子賤、あえて欺かない西門豹の三者を並べ、統治の違いを考えさせて結ばれます。改革の初めは反発を受けても、成果が出れば人は支持に回ります。ただし、恐れで従わせる統治と、慕われて従われる統治の違いも、ここで問われているのです。

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