韓非子 / 問田第四十二
故不憚亂主闇上之患禍,而必思以齊民萌之資利者,仁智之行也。憚亂主闇上之患禍,而避乎死亡之害,知明夫身而不見民萌之資利者,貪鄙之爲也。
新字:故不憚乱主闇上之患禍,而必思以斉民萌之資利者,仁智之行也。憚乱主闇上之患禍,而避乎死亡之害,知明夫身而不見民萌之資利者,貪鄙之為也。
書き下し
亂主闇上の患禍を憚らずして、必ず以て民萌の資利を齊えんと思うは、仁智の行なり。...亂主闇上の患禍を憚りて、死亡の害を避け、...は、貪鄙の為なり。
現代語訳
暗君や愚君からの災難を恐れずに、必ず民衆の利益を均しく整えようとするのは、仁愛と知恵のある行いである。君主からの災難を恐れて身の安全を優先し、利を貪るのは、卑しい行いである。
解説
組織改革やルールの制定(法術を立てる)は、既得権益層や無能な上司(亂主闇上)からの反発を招き、自らの地位(身)を危うくする。しかし、そのリスクを恐れて改革を怠る(患禍を憚る)のは、保身(貪鄙)に過ぎない。組織全体の利益(民萌の資利)のために、あえてリスクを取って改革を断行することこそ、真のリーダーシップ(仁智の行)である。
この章句が説くこと
改革リーダーシップ保身既得権益リスクテイク大義
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