史記 / 酷吏列伝
至若蜀守馮當暴挫,廣漢李貞擅磔人,東郡彌仆鋸項,天水駱璧推咸,河東褚廣妄殺,京兆無忌、馮翊殷周蝮鷙,水衡閻奉樸撃賣請,何足數哉!何足數哉!
新字:至若蜀守馮当暴挫,広漢李貞擅磔人,東郡弥仆鋸項,天水駱璧推咸,河東褚広妄殺,京兆無忌、馮翊殷周蝮鷙,水衡閻奉樸撃売請,何足数哉!何足数哉!
書き下し
蜀の守馮当の暴挫、広漢の李貞の擅に人を磔にし、東郡の彌僕の項を鋸り、天水の駱璧の推咸、河東の褚広の妄殺、京兆の無忌・馮翊の殷周の蝮鷙、水衡の閻奉の樸撃賣請の若きに至りては、何ぞ数ふるに足らんや。何ぞ数ふるに足らんや。
現代語訳
蜀郡太守の馮当の乱暴で人をくじく統治、広漢の李貞が勝手に人を磔にしたこと、東郡の彌僕が人の首を鋸で挽いたこと、天水の駱璧が拷問で自白を強いたこと、河東の褚広のむやみな殺戮、京兆尹の無忌と左馮翊の殷周のまむしや猛禽のような残忍さ、水衡都尉の閻奉が人を打ちすえては賄賂で許しを売ったことなどに至っては、どうして数え上げるに値しようか。どうして数え上げるに値しようか。
解説
酷吏列伝の太史公曰の結びです。司馬遷はこの直前で、郅都から杜周までの十人の酷吏について、苛酷ではあったが清廉な者もおり、法を正しく守ろうとした面もあったと、その功罪を認める評を述べています。そのうえで、馮当・李貞・彌僕・駱璧・褚広・無忌・殷周・閻奉といった者たちは、磔や鋸挽き、拷問、むやみな殺戮、賄賂での許しの売買など、ただ残酷なだけで論ずるにも値しないと、「何ぞ数ふるに足らんや」を二度繰り返して切り捨てました。同じ厳しい統治でも、筋を通そうとした者と、ただ権力をふるって私欲を満たした者とを、司馬遷ははっきり区別しているのです。厳しさそのものではなく、その目的と節度こそが問われるという視点は、今の組織で指導の厳しさを考えるときにも欠かせません。
関連する章句
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史記 酷吏列伝太史公曰く、郅都・杜周十人の者よりして、此れ皆酷烈を以て声を為す。然れども郅都は伉直、是非を引き、天下の大体を争ふ。趙禹は時に法に拠り正を守る。杜周は諛に従ひ、少言を以て重しと為す。此の十人の中、其の廉なる者は以て儀表と為すに足り、其の污なる者は以て戒と為すに足る。方略教導、姦を禁じ邪を止むること、一切亦た皆彬彬として質に其の文武有り。慘酷なりと雖も、斯れ其の位に称へり。
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史記 酷吏列伝高后の時、酷吏は独り侯封有り、宗室を刻轢し、功臣を侵辱す。呂氏已に敗れ、遂に侯封の家を夷ぐ。孝景の時、晁錯刻深を以て頗る術を用ひて其の資を輔く、而して七国の乱、怒りを錯に発す、錯卒に以て戮せらる。其の後郅都・寧成の属有り。郅都は、楊の人なり。郎を以て孝文帝に事ふ。孝景の時、都中郎将と為り、敢て直諫し、大臣を朝に面折す。嘗て従ひて上林に入る、賈姫廁に如く、野彘卒かに廁に入る。上都に目す、都行かず。上自ら兵を持して賈姫を救はんと欲す、都上の前に伏して曰く、「一姫を亡へば復た一姫進む、天下に少き所は寧ろ賈姫等ならんや。陛下縦ひ自ら軽んずとも、宗廟・太后を柰何せん」と。上還る、彘も亦去る。太后之を聞き、都に金百斤を賜ふ、此に由りて郅都を重んず。済南の瞯氏の宗人三百余家、豪猾にして、二千石能く制する莫し、是に於て景帝乃ち都を拝して済南太守と為す。至るや則ち瞯氏の首悪を族し、余は皆股栗す。居ること歳余、郡中遺ちたるを拾はず。旁の十余郡の守都を畏るること大府の如し。
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