史記 / 酷吏列伝
太史公曰、郅都・杜周十人の者よりして、此れ皆酷烈を以て声を為す。然れども郅都は伉直、是非を引き、天下の大体を争ふ。趙禹は時に法に拠り正を守る。杜周は諛に従ひ、少言を以て重しと為す。此の十人の中、其の廉なる者は以て儀表と為すに足り、其の污なる者は以て戒と為すに足る。方略教導、姦を禁じ邪を止むること、一切亦た皆彬彬として質に其の文武有り。慘酷なりと雖も、斯れ其の位に称へり。
新字:太史公曰、郅都・杜周十人の者よりして、此れ皆酷烈を以て声を為す。然れども郅都は伉直、是非を引き、天下の大体を争ふ。趙禹は時に法に拠り正を守る。杜周は諛に従ひ、少言を以て重しと為す。此の十人の中、其の廉なる者は以て儀表と為すに足り、其の污なる者は以て戒と為すに足る。方略教導、姦を禁じ邪を止むること、一切亦た皆彬彬として質に其の文武有り。惨酷なりと雖も、斯れ其の位に称へり。
書き下し
太史公曰く、郅都・杜周十人の者よりして、此れ皆酷烈を以て声を為す。然れども郅都は伉直、是非を引き、天下の大体を争ふ。趙禹は時に法に拠り正を守る。杜周は諛に従ひ、少言を以て重しと為す。此の十人の中、其の廉なる者は以て儀表と為すに足り、其の污なる者は以て戒と為すに足る。方略教導、姦を禁じ邪を止むること、一切亦た皆彬彬として質に其の文武有り。慘酷なりと雖も、斯れ其の位に称へり。
現代語訳
「清廉な者は手本とし、汚れた者は戒めとする——良い例からも悪い例からも学ぶ」——苛酷な官吏たちを、司馬遷が公平に総括する結びの一段です。司馬遷は、この篇に描いた郅都や杜周ら十人の官吏について、まず「皆、苛烈さによって名を成した者たちだ」と認めます。しかし、その一人ひとりを、公平に評価し分けます。「郅都は、剛直で、是非を論じ、天下の大局のために争った。趙禹は、そのときどきで法に依拠し、正しさを守った。(一方)杜周は、上へのへつらいに従い、口数の少なさで(重々しく見せて)重んじられた」と。同じ「酷吏」でも、剛直な者、法を守った者、へつらった者と、その中身は様々だったのです。そして、司馬遷は、この篇全体を貫く、公平な視点を示します。「この十人の中でも、清廉であった者は、(苛酷ではあっても)人の手本とするに足りる。汚れていた者は、戒めとするに足りる(其廉者足以為儀表、其污者足以為戒)」と。良い面を持つ者からは手本を学び、悪い面を持つ者からは戒めを学ぶ——どちらからも、学ぶべきものがある、というのです。さらに彼らの仕事ぶりについても、「悪事を禁じ、よこしまを止める、その手腕や指導は、いずれもそれなりに文武の実質を備えていた。苛酷ではあったが、その職責には、ふさわしい働きをしたのだ」と、功の面も認めます。ここに、人物評価と学びについての教訓があります。第一に、人を評価するとき、「酷吏」といった一括りのレッテルで断じず、その一人ひとりの中身を、公平に見分けること。同じ苛酷な官吏でも、剛直な者、へつらう者と、その本質は大きく異なる。第二に、良い例からも悪い例からも、学ぶべきものがあるということ(廉者為儀表、污者為戒)。優れた人物からは、その美点を手本として学ぶ。劣った人物からは、その欠点を、自らへの戒めとして学ぶ。あらゆる人が、学びの鏡となる。第三に、たとえ欠点のある人物でも、その仕事や役割において果たした功は、公平に認めること。人を、全面的な善悪でなく、多面的に、公平に評価する姿勢。組織や人物評価で、レッテルで一括りにせず一人ひとりの中身を公平に見分けること、良い例も悪い例も学びの鏡とすること、そして欠点のある人物の功も公平に認めること——司馬遷の総括は、人から学び、人を公平に評価する態度を教えます。