史記 / 循吏列伝
文公曰:「子則自以爲有罪,寡人亦有罪邪?」李離曰:「理有法,失刑則刑,失死則死。公以臣能聽微決疑,故使爲理。今過聽殺人,罪當死。」遂不受令,伏劍而死。太史公曰:孫叔敖出一言,郢市復。子産病死,鄭民號哭。公儀子見好布而家婦逐。石奢縱父而死,楚昭名立。李離過殺而伏劍,晉文以正國法。
新字:文公曰:「子則自以為有罪,寡人亦有罪邪?」李離曰:「理有法,失刑則刑,失死則死。公以臣能聴微決疑,故使為理。今過聴殺人,罪当死。」遂不受令,伏剣而死。太史公曰:孫叔敖出一言,郢市復。子産病死,鄭民号哭。公儀子見好布而家婦逐。石奢縦父而死,楚昭名立。李離過殺而伏剣,晋文以正国法。
書き下し
文公曰く、「子は則ち自ら以て罪有りと為す、寡人も亦罪有るか」と。李離曰く、「理に法有り、刑を失へば則ち刑し、死を失へば則ち死す。公臣の能く微を聴き疑はしきを決するを以て、故に理為らしむ。今過ちて聴きて人を殺す、罪死に当たる」と。遂に令を受けず、剣に伏して死す。太史公曰く、孫叔敖一言を出だして、郢の市復す。子産病みて死し、鄭の民号哭す。公儀子好布を見て家婦逐はる。石奢父を縦して死し、楚の昭名立つ。李離過ちて殺して剣に伏し、晋の文以て国法を正す。
現代語訳
(晋の)文公は言った。「あなたは自分に罪があると言うが、(あなたの上に立つ)わたしにも罪があるというのか」。李離は言った。「獄官には法がある。誤って刑罰を科せば自分が刑罰を受け、誤って死なせれば自分が死ぬ。殿はわたしが微妙な訴えを聞き分け、疑わしい事件を裁けると見込んで獄官にされた。今、訴えを聞き誤って人を殺してしまった。罪は死に当たる」。そしてついに赦しの命令を受けず、剣に身を伏せて死んだ。太史公はいう。孫叔敖が一言発すると、郢の市場は元に戻った。子産が病で死ぬと、鄭の民は声をあげて泣いた。公儀休はよい布を見て、それを織った妻を家から追い出した。石奢は罪を犯した父を見逃して自ら死に、楚の昭王の名は立った。李離は誤って人を殺させたことで剣に伏し、晋の文公はそれによって国法を正した。
解説
関連する章句
-
史記 循吏列伝石奢は、楚昭王の相なり。堅直廉正、阿避する所無し。県を行くに、道に殺人する者有り、相之を追ふに、乃ち其の父なり。其の父を縦して還りて自ら系ぐ。王に言はしめて曰く、「殺人する者は、臣の父なり。臣の罪当に死すべし」と。王曰く、「追ひて及ばず、罪に伏すに当たらず、子其れ事を治めよ」と。石奢曰く、「其の父を私せざるは、孝子に非ざるなり。主の法を奉ぜざるは、忠臣に非ざるなり」と。遂に令を受けず、自刎して死す。李離は、晉文公の理なり。過りて聴き人を殺し、自ら拘へて死に当たる。文公曰く、「下吏に過有り、子の罪に非ざるなり」と。李離曰く、「官に居りて長為り、祿を受くること多く、下と利を分たず。今過りて聴きて人を殺し、其の罪を下吏に傅するは、聞く所に非ざるなり」と。遂に令を受けず、剣に伏して死す。
-
『新序』節士第七文公曰く、子必ず自ら以て罪有りと爲さば、則ち寡人も亦た過ち有り、と。李離曰く、君能を量りて官を授け、臣職を奉じて事に任ず。臣印綬を受くるの日、君命じて曰く、必ず仁義を以て政を輔けよ。寧ろ生に過つとも、殺に失する無かれ、と。臣命を受けて稱わず、惠を壅ぎ恩を蔽う。臣の如きの罪は乃ち當に死すべし。君何の過か之れ有らん。且つ理に法有り。生を失すれば即ち生き、殺を失すれば即ち死す。君臣を以て能く微を聽き疑を決すと爲す。故に臣に任ずるに理を以てす。今離刻深にして、仁義を顧みず、文墨を信じて、是非を察せず、他の辭を聽きて、事實を精しくせず、掠して罪無きを服せしめ、百姓をして怨ましむ。天下之を聞かば、必ず吾が君を議せん。諸侯之を聞かば、必ず吾が國を輕んぜん。怨み百姓に積み、惡しき名天下に揚がり、權諸侯より輕し。臣の如きの罪は、是れ當に重ねて死すべし、と。文公曰く、吾之を聞くなり、直にして枉がらざれば、與に往く可からず。方にして圓ならざれば、與に長く存す可からず、と。願わくは子此を以て寡人に聽け、と。李離曰く、君の私する所を以て公法を害し、罪無きを殺して當に死すべきを生かす。二つの者は國に敎うる所以に非ざるなり。離敢えて命を受けず、と。文公曰く、子獨り管仲の人臣爲るを聞かざるか。身辱められて君肆び、行い汙れて霸成る、と。李離曰く、臣に管仲の賢無くして、辱汙の名有り。霸王の功無くして、鉤を射るの累有り。夫れ能無くして以て官に臨み、汙れを籍りて以て人を治む。君法を之に加うるに忍びずと雖も、臣も亦た敢えて官を汙し治を亂して以て生きず。臣命を聞けり、と。遂に劍に伏して死す。
-
『新序』節士第七晉の文公國に反る。李離大理と爲る。過ちて辜無きを殺す。自ら繋ぎて曰く、臣の罪死に當たる、と。文公之に令して曰く、官に上下有り、罰に輕重有り。是れ下吏の罪なり。子の過ちに非ざるなり、と。李離曰く、臣官に居りて長と爲り、下と位を讓らず。祿を受くること多しと爲り、下と利を分かたず。過ちて聽き辜無きを殺す。下に委ねて死を畏るるは、義に非ざるなり。臣の罪死に當たれり、と。
-
史記 循吏列伝太史公曰く、法令は民を導く所以なり、刑罰は姦を禁ずる所以なり。文武備はらざるも、良民懼然として身修まる者は、官未だ曾て乱れざるなり。職を奉じ理に循ふも、亦以て治を為すべし、何ぞ必ずしも威厳ならんや。孫叔敖は、楚の処士なり。虞丘相之を楚の荘王に進め、以て自ら代はらしむ。三月にして楚の相と為り、教へを施し民を導き、上下和合し、世俗盛美にして、政緩やかにして禁止み、吏に姦邪無く、盗賊起こらず。秋冬は則ち民に山採を勧め、春夏は水を以てし、各々其の便とする所を得、民皆其の生を楽しむ。荘王以為へらく幣軽しと、更めて小を以て大と為す、百姓便ならず、皆其の業を去る。市令之を相に言ひて曰く、「市乱れ、民其の処に安んずる莫く、次行定まらず」と。相曰く、「此くの如きこと幾何の頃ぞ」と。市令曰く、「三月の頃なり」と。相曰く、「罷めよ、吾今之をして復せしめん」と。後五日、朝す、相之を王に言ひて曰く、「前日幣を更むるは、以て軽しと為せばなり。今市令来たりて言ひて曰く『市乱れ、民其の処に安んずる莫く、次行の定まらず』と。臣請ふ遂に令して復た故の如くせしめん」と。王之を許す、令を下すこと三日にして市復た故の如し。
-
史記 循吏列伝孫叔敖三たび相を得るも喜ばず、其の材の自ら之を得たるを知ればなり。三たび相を去るも悔いず、己の罪に非ざるを知ればなり。子産は、鄭の列大夫なり。相と為りて一年、豎子戯狎せず、斑白提挈せず、僮子畔を犁かず。二年、市豫賈せず。三年、門夜に関さず、道遺を拾はず。四年、田器帰さず。五年、士に尺籍無く、喪期令せずして治まる。鄭を治むること二十六年にして死す、丁壮号哭し、老人児のごとく啼きて曰く、「子産我を去りて死せるか、民将た安くにか帰せん」と。
-
史記 李斯列伝太史公曰く、「李斯は閭閻を以て諸侯を歴、入りて秦に事へ、因りて瑕釁を以て、以て始皇を輔け、卒に帝業を成す。斯三公と為る、尊用せらると謂ふ可し。斯六藝の帰を知るも、政を明らかにして以て主上の缺を補ふを務めず、爵祿の重きを持し、阿順苟合し、厳威酷刑し、高の邪説を聴き、適を廃して庶を立つ。諸侯已に畔き、斯乃ち諫争せんと欲す、亦た末ならずや。人皆斯を以て忠を極めて五刑を被りて死すと為すも、其の本を察すれば、乃ち俗議と異なる。然らずんば、斯の功且に周・召と列ならん」と。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る