格言聯璧 / 從政類・權勢は是れ偶然の底
權勢是偶然底,有日還他主者,莫要認作真。 一切人為惡,猶可言也,惟讀書人不可為惡;讀書人為惡,更無教化之人矣。 一切人犯法,猶可言也,惟做官人不可犯法;做官人犯法,更無禁治之人也。
新字:権勢是偶然底,有日還他主者,莫要認作真。 一切人為悪,猶可言也,惟読書人不可為悪;読書人為悪,更無教化之人矣。 一切人犯法,猶可言也,惟做官人不可犯法;做官人犯法,更無禁治之人也。
書き下し
權勢は是れ偶然の底、日有りて他を主者に還す、認めて真と作すこと莫かれ。 一切の人の惡を為すは、猶ほ言ふべきなり、惟だ讀書人は惡を為すべからず。讀書人惡を為さば、更に教化の人無からん。 一切の人の法を犯すは、猶ほ言ふべきなり、惟だ官を做す人は法を犯すべからず。官を做す人法を犯さば、更に禁治の人無からん。
現代語訳
権勢はたまたま手にしたもので、いつか持ち主に返す日が来ます。本物だと思ってはいけません。 世の人が悪を行うのは、まだ言い訳の余地があります。ただ学問をする人だけは悪を行ってはいけません。学問をする人が悪を行えば、もう人を教え導く人がいなくなってしまいます。 世の人が法を犯すのは、まだ言い訳の余地があります。ただ官職にある人だけは法を犯してはいけません。官職にある人が法を犯せば、もう取り締まる人がいなくなってしまいます。
解説
一行目は前の単位の「職業是當然底」と対になり、職務は本物だが権勢は借り物だと説きます。主者は本来の持ち主、つまり国や主君のことです。後の二行は同じ型を重ねた対句で、読書人と役人には一般の人より重い責任があると述べます。教える者が悪を行えば教化の担い手がいなくなり、取り締まる者が法を犯せば取り締まる者がいなくなるからです。立場が上がるほど、自分が最後の歯止めになるという自覚が要ります。管理職や専門職にある人が、肩書きの力を自分のものと思い込まないための戒めとして読めます。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
権勢読書治政責任法
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