論衡 / 『論衡』非韓篇第二十九・水を責めず防ぎを責める
人之釋溝渠也、知者必溺身。不塞溝渠而繕船楫者、知水之性不可閼、其勢必溺人也。臣子之性欲奸君父、猶水之性溺人也。不教所以防奸、而非其不聞知、是猶不備水之具、而徒欲早知水之溺人也。溺於水、不責水而咎己者、己失防備也。然則人君劫於臣、己失法也。備溺不閼水源、防劫不求臣奸、韓子所宜用教己也。
新字:人之釈溝渠也、知者必溺身。不塞溝渠而繕船楫者、知水之性不可閼、其勢必溺人也。臣子之性欲奸君父、猶水之性溺人也。不教所以防奸、而非其不聞知、是猶不備水之具、而徒欲早知水之溺人也。溺於水、不責水而咎己者、己失防備也。然則人君劫於臣、己失法也。備溺不閼水源、防劫不求臣奸、韓子所宜用教己也。
書き下し
人の溝渠を釈くや、知者は必ず身を溺らす。溝渠を塞がずして船楫を繕う者は、水の性の閼ぐべからず、其の勢い必ず人を溺らすを知ればなり。臣子の性の君父を奸さんと欲するは、猶お水の性の人を溺らすがごとし。奸を防ぐ所以を教えずして、其の聞知せざるを非とするは、是れ猶お水を備うる具えを備えずして、徒に早く水の人を溺らすを知らんと欲するがごとし。水に溺るるも、水を責めずして己を咎むる者は、己の防備を失えばなり。然れば則ち人君の臣に劫かさるるは、己の法を失えばなり。溺るるに備えて水源を閼がず、劫かさるるを防ぎて臣の奸を求めざるは、韓子の宜しく用て己を教うべき所なり。
現代語訳
水路を切り開いておけば、知恵のある人でも必ず溺れてしまいます。水路をふさがずに舟や櫂を整える人は、水の性質がせき止められず、その勢いが必ず人を溺れさせることを知っているからです。臣下の性分が君主や父を欺こうとするのは、水の性質が人を溺れさせるのと同じです。ところが奸計を防ぐ方法を教えず、悪事を早く聞きつけられなかったことを責めるのは、水への備えをしないまま、水が人を溺れさせることを早く知りたがるようなものです。水に溺れて、水を責めず自分を咎める人は、自分の防備が足りなかったからです。それなら、君主が臣下に脅かされるのも、自分の法の整備を欠いたからです。溺れないよう備えても水源を断たず、脅かされないよう防ぎながら臣下の悪事を探し回らない。これこそ韓非子が自分の教えとして用いるべきことです。
解説

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