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史記 / 淮南衡山列伝

太子女弟無采,嫁棄歸,與奴姦,又與客姦。太子數讓無采,無采怒,不與太子通。王后聞之,即善遇無采。無采及中兄孝少失母,附王后,王后以計愛之,與共毀太子,王以故數擊笞太子。中,人有賊傷王后假母者,王疑太子使人傷之,笞太子。後王病,太子時稱病不侍。孝王后、無采惡太子:「太子實不病,自言病,有喜色。」王大怒,欲廢太子,立其弟孝。王后知王決廢太子,又欲并廢孝。王后有侍者,善舞,王幸之,王后欲令侍者與孝亂以汙之,欲并廢兄弟而立其子廣代太子。太子爽知之,念后數惡己無已時,欲與亂以止其口。王后飲,太子前為壽,因據王后股,求與王后臥。王后怒,以告王。王乃召,欲縛而笞之。太子知王常欲廢己立其弟孝,乃謂王曰:「孝與王御者姦,無采與奴姦,王彊食,請上書。」即倍王去。王使人止之,莫能禁,乃自駕追捕太子。太子妄惡言,王械繋太子宮中。孝日益親幸。王奇孝材能,乃佩之王印,號曰將軍,令居外宅,多給金錢,招致賓客。賓客來者,微知淮南、衡山有逆計,日夜從容勸之。王乃使孝客江都人救赫、陳喜作輣車鏃矢,刻天子璽,將相軍吏印。王日夜求壯士如周丘等,數稱引吳楚反時計畫,以約束。

新字:太子女弟無采,嫁棄帰,与奴姦,又与客姦。太子数譲無采,無采怒,不与太子通。王后聞之,即善遇無采。無采及中兄孝少失母,附王后,王后以計愛之,与共毀太子,王以故数撃笞太子。中,人有賊傷王后仮母者,王疑太子使人傷之,笞太子。後王病,太子時称病不侍。孝王后、無采悪太子:「太子実不病,自言病,有喜色。」王大怒,欲廃太子,立其弟孝。王后知王決廃太子,又欲并廃孝。王后有侍者,善舞,王幸之,王后欲令侍者与孝乱以汚之,欲并廃兄弟而立其子広代太子。太子爽知之,念后数悪己無已時,欲与乱以止其口。王后飲,太子前為寿,因拠王后股,求与王后臥。王后怒,以告王。王乃召,欲縛而笞之。太子知王常欲廃己立其弟孝,乃謂王曰:「孝与王御者姦,無采与奴姦,王彊食,請上書。」即倍王去。王使人止之,莫能禁,乃自駕追捕太子。太子妄悪言,王械繋太子宮中。孝日益親幸。王奇孝材能,乃佩之王印,号曰将軍,令居外宅,多給金銭,招致賓客。賓客来者,微知淮南、衡山有逆計,日夜従容勧之。王乃使孝客江都人救赫、陳喜作輣車鏃矢,刻天子璽,将相軍吏印。王日夜求壮士如周丘等,数称引呉楚反時計画,以約束。

書き下し

太子の女弟無采、嫁して棄てられて帰り、奴と姦し、又客と姦す。太子数々無采を譲む、無采怒り、太子と通ぜず。王后之を聞き、即ち善く無采を遇す。無采及び中兄孝少くして母を失ひ、王后に附く、王后計を以て之を愛し、与に共に太子を毀る、王故を以て数々太子を撃笞す。中、人の王后の仮母を賊傷する者有り、王太子の人をして之を傷つけしむるかと疑ひ、太子を笞つ。後に王病む、太子時に病と称して侍せず。孝・王后・無采太子を悪みて、「太子実は病まず、自ら病と言ひ、喜色有り」と。王大いに怒り、太子を廃し、其の弟孝を立てんと欲す。王后王の決して太子を廃するを知り、又并せて孝を廃せんと欲す。王后に侍者有り、善く舞ふ、王之を幸す、王后侍者をして孝と乱して以て之を汚さしめ、并せて兄弟を廃して其の子広を立てて太子に代へんと欲す。太子爽之を知り、念ふに后の数々己を悪むこと已む時無しと、与に乱して以て其の口を止めんと欲す。王后飲む、太子前みて寿を為し、因りて王后の股に據り、王后と臥さんことを求む。王后怒り、以て王に告ぐ。王乃ち召し、縛して之を笞たんと欲す。太子王の常に己を廃して其の弟孝を立てんと欲するを知り、乃ち王に謂ひて曰く、「孝は王の御者と姦し、無采は奴と姦す、王彊ひて食せよ、請ふ上書せん」と。即ち王に倍きて去る。王人をして之を止めしむるも、能く禁ずる莫し、乃ち自ら駕して太子を追捕す。太子妄りに悪言す、王太子を宮中に械繋す。孝日に益々親幸せらる。王孝の材能を奇とし、乃ち之に王印を佩びしめ、号して将軍と曰ひ、外宅に居らしめ、多く金銭を給し、賓客を招致せしむ。賓客の来たる者、微かに淮南・衡山に逆計有るを知り、日夜従容として之を勧む。王乃ち孝の客江都の人救赫・陳喜をして輣車・鏃矢を作らしめ、天子の璽、将相軍吏の印を刻ましむ。王日夜壮士の周丘等の如きを求め、数々呉楚の反せし時の計画を称引し、以て約束す。

現代語訳

太子(爽)の妹の無采は、嫁いだものの離縁されて戻り、奴僕と密通し、さらに客とも密通した。太子がたびたび無采を責めたので、無采は怒り、太子と口をきかなくなった。王后(徐来)はこれを聞くと、すぐに無采を手厚く遇した。無采と次兄の孝は幼くして母を失っていたので王后になつき、王后は計略として二人を可愛がり、ともに太子の悪口を言わせた。王はそのためにたびたび太子を鞭打った。(元朔四年)中、王后の義母を傷つけた者があり、王は太子が人にやらせたのではと疑って、太子を鞭打った。後に王が病気になったとき、太子はたびたび病と称して看病しなかった。孝・王后・無采は太子を悪く言った。「太子は本当は病気ではない。自分で病気だと言っているが、喜んでいる様子だ」。王は大いに怒り、太子を廃してその弟の孝を立てようとした。王后は王が太子を廃する決心をしたと知ると、あわせて孝も廃そうと考えた。王后には舞の上手な侍女がいて、王が寵愛していた。王后はその侍女を孝と密通させて孝を汚し、兄弟二人とも廃して自分の子の広を太子に代えようとした。太子爽はこれを知り、王后が自分を悪く言うのはやむときがないと思い、王后と通じてその口を封じようとした。王后が酒を飲んでいたとき、太子は進み出て長寿を祝う杯を献じ、そのまま王后の股にもたれかかり、共寝を求めた。王后は怒って王に告げた。王は太子を呼びつけ、縛って鞭打とうとした。太子は王がかねて自分を廃して弟の孝を立てようとしていることを知っていたので、王に言った。「孝は王の侍女と密通し、無采は奴僕と密通している。王はせいぜいお体を大事になさるがよい。わたしは天子に上書する」。そう言って王に背いて去った。王は人に止めさせたが、誰も止められず、自ら車を駆って太子を追いかけて捕らえた。太子がでたらめな悪口を言うので、王は太子に枷をはめて宮中につないだ。孝はますます王に親しまれ寵愛された。王は孝の才能を非凡と見て、王の印を帯びさせ、将軍と称し、外の屋敷に住まわせ、多くの金銭を与えて賓客を招かせた。やって来た賓客たちは、淮南・衡山に反逆の計画があることをうすうす知り、日夜それとなく謀反を勧めた。王はそこで、孝の客である江都の人救赫と陳喜に、輣車(楼のある戦車)や矢じりを作らせ、天子の璽や将軍・宰相・軍吏の印を刻ませた。王は日夜、周丘のような壮士を求め、たびたび呉楚が反乱したときの計画を引き合いに出して、仲間と約束を固めた。

解説

衡山王の宮廷が、後継争いと醜聞で内側から腐っていく様子を描いた段です。後妻の王后徐来は、先妻の子のうち孝と無采を手なずけて太子爽の悪口を言わせ、さらに孝まで罠にかけて自分の子を太子にしようとします。追い詰められた太子は王后と関係を持って口を封じようとするという、常軌を逸した行動に出て、王に捕らえられました。一方、王は孝を寵愛して将軍と称させ、賓客を集めさせたところ、その賓客たちが謀反をけしかけ、戦車や天子の璽まで作らせます。家の中の嫉妬と中傷が、そのまま国を滅ぼす陰謀へつながっていくのです。後継者の選び方が曖昧で、周囲の讒言に左右されると、組織全体が派閥争いに呑み込まれることを、この段はありありと示しています。

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