史記 / 平津侯主父列伝
乃使邊境之民獘靡愁苦而有離心,將吏相疑而外市,故尉佗、章邯得以成其私也。夫秦政之所以不行者,權分乎二子,此得失之效也。故《周書》曰「安危在出令,存亡在所用」。願陛下詳察之,少加意而熟慮焉。是時趙人徐樂、齊人嚴安俱上書言世務,各一事。
新字:乃使辺境之民獘靡愁苦而有離心,将吏相疑而外市,故尉佗、章邯得以成其私也。夫秦政之所以不行者,権分乎二子,此得失之効也。故《周書》曰「安危在出令,存亡在所用」。願陛下詳察之,少加意而熟慮焉。是時趙人徐楽、斉人厳安倶上書言世務,各一事。
書き下し
乃ち辺境の民をして獘靡愁苦して離心有らしめ、将吏相疑ひて外に市す、故に尉佗・章邯以て其の私を成すを得たり。夫れ秦の政の行はれざる所以の者は、権二子に分かるればなり、此れ得失の効なり。故に周書に曰く「安危は令を出すに在り、存亡は用ふる所に在り」と。願はくは陛下詳らかに之を察し、少しく意を加へて熟慮せよ。是の時趙人徐楽・斉人厳安倶に上書して世務を言ふ、各々一事。
現代語訳
(戦が長引けば)辺境の民を疲弊させ憂え苦しませて離反の心を抱かせ、将軍や役人は互いに疑い合って外敵と取引するようになる。だからこそ尉佗(南越王となった趙佗)や章邯は自分の野心を遂げることができたのである。秦の政治が行われなくなったのは、権力がこの二人に分かれたからで、これが得失の証拠である。それゆえ『周書』に「安危は命令の出し方にかかり、存亡は誰を用いるかにかかる」という。どうか陛下にはこのことを詳しくお察しになり、少し心を留めて熟慮されますように。このとき趙の人徐楽と斉の人厳安も、ともに上書して世の急務を論じた。それぞれ一件ずつであった。
解説
関連する章句
-
史記 平津侯主父列伝行ふこと十余年、丁男甲を被り、丁女転輸し、苦しみて生を聊んぜず、道樹に自経し、死者相望む。秦の皇帝崩ずるに及び、天下大いに叛く。陳勝・呉広陳に挙がり、武臣・張耳趙に挙がり、項梁呉に挙がり、田儋斉に挙がり、景駒郢に挙がり、周市魏に挙がり、韓広燕に挙がり、窮山通谷の豪士并び起こり、勝げて載すべからざるなり。然れども皆公侯の後に非ず、長官の吏に非ざるなり。尺寸の勢ひ無く、閭巷に起こり、棘矜を杖き、時に応じて皆動き、謀らずして倶に起こり、約せずして同じく会し、壌長じ地進み、霸王に至る、時教へて然らしむるなり。秦は貴きこと天子為り、富は天下を有つも、世を滅ぼし祀を絶つ者は、兵を窮むるの禍ひなり。故に周は之を弱きに失ひ、秦は之を彊きに失ふ、変ぜざるの患ひなり。今南夷を招き、夜郎を朝せしめ、羌僰を降し、濊州を略し、城邑を建て、深く匈奴に入り、其の蘢城を燔かんと欲す、議する者之を美とす。此れ人臣の利なり、天下の長策に非ざるなり。今中国に狗吠の驚き無くして、外は遠方の備へに累はされ、国家を靡敝す、民を子とする所以に非ざるなり。無窮の欲を行ひ、心に甘んじ意を快くし、怨みを匈奴に結ぶは、辺を安んずる所以に非ざるなり。禍結びて解けず、兵休みて復た起こり、近き者は愁苦し、遠き者は驚駭す、久しきを持する所以に非ざるなり。今天下甲を鍛へ剣を砥ぎ、箭を橋め弦を累ね、転輸して糧を運び、未だ休む時を見ず、此れ天下の共に憂ふる所なり。夫れ兵久しくして変起こり、事煩はしくして慮生ず。今外郡の地或いは幾千里、列城数十、形束ね壌制し、旁ら諸侯を脅かす、公室の利に非ざるなり。上は斉晋の亡ぶる所以の者を観るに、公室卑削して、六卿大いに盛んなればなり。下は秦の滅ぶる所以の者を観るに、厳法刻深にして、欲大いに窮まり無ければなり。
-
史記 平津侯主父列伝厳安上書して曰く、臣聞く周天下を有ち、其の治三百余歳、成康其の隆なり、刑錯きて四十余年用ひず。其の衰ふるに及ぶや、亦三百余歳、故に五伯更々起こる。五伯は、常に天子を佐けて利を興し害を除き、暴を誅し邪を禁じ、海内を匡正し、以て天子を尊ぶ。五伯既に没し、賢聖続く莫く、天子孤弱にして、号令行はれず。諸侯恣に行ひ、彊は弱を陵ぎ、衆は寡を暴し、田常斉を簒ひ、六卿晋を分かち、并せて戦国と為る、此れ民の始めて苦しむなり。是に於て彊国は攻むるを務め、弱国は守りを備へ、合従連横し、車を馳せ轂を撃ち、介冑に蟣蝨を生じ、民告愬する所無し。秦王に至るに及び、天下を蚕食し、戦国を并呑し、号を称して皇帝と曰ひ、海内の政を主り、諸侯の城を壊ち、其の兵を銷し、鋳て以て鐘虡と為し、復た用ひざるを示す。元元の黎民戦国を免るるを得、明天子に逢ひ、人人自ら以て更生すと為す。向に秦をして其の刑罰を緩め、賦斂を薄くし、繇役を省き、仁義を貴び、権利を賤しみ、篤厚を上び、智巧を下し、風を変じ俗を易へ、海内を化せしめば、則ち世世必ず安からん。秦是の風を行はずして其の故俗を修め、智巧権利を為す者進み、篤厚忠信なる者退く。法厳しく政峻しく、諂諛する者衆く、日に其の美を聞き、意広く心軼す。威を海外に肆にせんと欲し、乃ち蒙恬をして兵を将ゐて以て北のかた胡を攻めしめ、地を辟き境を進め、北河に戍り、芻を蜚ばし粟を芻ひて以て其の後に随はしむ。又尉佗・屠睢をして楼船の士を将ゐて南のかた百越を攻めしめ、監禄をして渠を鑿ちて糧を運ばしめ、深く越に入る、越人遁逃す。日を曠しくし久しきを持し、糧食絶乏し、越人之を撃ち、秦兵大いに敗る。秦乃ち尉佗をして卒を将ゐて以て越を戍らしむ。是の時に当たり、秦の禍北は胡に構へ、南は越に掛かり、兵を無用の地に宿め、進みて退くを得ず。
-
史記 平津侯主父列伝臣聞く、天下の患は土崩に在り、瓦解に在らず、古今一なり。何をか土崩と謂ふ。秦の末世是なり。陳涉千乗の尊、尺土の地無く、身王公大人名族の后に非ず、然れども窮巷に起こり、棘矜を奮ひ、偏袒大呼して天下風に従ふ、此れ其の故何ぞや。民困しみて主恤まず、下怨みて上知らず、俗已に乱れて政修まらざるに由る、此の三者陳涉の資と為す所以なり。是を之れ土崩と謂ふ。何をか瓦解と謂ふ。呉・楚・齊・趙の兵是なり。七国大逆を謀り、帯甲数十萬、然れども西のかた尺寸の地を攘む能はずして身中原に禽と為る、此れ其の故何ぞや。先帝の徳沢未だ衰へずして土を安んじ俗を楽しむの民衆きに当たる、故に諸侯境外の助け無し。此れを之れ瓦解と謂ふ。
-
史記 平津侯主父列伝司馬法に曰く、「国大なりと雖も、戦を好めば必ず亡び、天下平らかなりと雖も、戦を忘るれば必ず危し」と。且つ夫れ怒は逆徳なり、兵は凶器なり、争は末節なり。古の人君一たび怒れば必ず尸を伏せ血を流す、故に聖王之を行ふを重んず。夫れ戦勝を務め武事を窮むる者は、未だ悔いざる有らざるなり。昔秦皇帝戦勝の威に任じ、天下を蚕食し、務め勝ちて休まず、匈奴を攻めんと欲す。李斯諫めて曰く、「不可なり。其の地を得るも以て利と為すに足らず、其の民に遇ふも役して守らしむ可からず。中国を靡獘し、心を匈奴に快くするは、長策に非ず」と。秦皇帝聴かず。
-
史記 平津侯主父列伝今郡守の権は、特に六卿の重きのみに非ざるなり。地幾千里、特に閭巷の資のみに非ざるなり。甲兵器械、特に棘矜の用のみに非ざるなり。以て万世の変に遭はば、則ち称諱すべからざるなり。書天子に奏せられ、天子三人を召見し、謂ひて曰く、「公等皆安くにか在りし。何ぞ相見ることの晩きや」と。是に於て上乃ち主父偃・徐楽・厳安を拝して郎中と為す。偃数々見え、疏を上りて事を言ふ、詔して偃を拝して謁者と為し、遷して中大夫と為す。一歳中に偃を四遷す。偃上に説きて曰く、「古者諸侯は百里に過ぎず、彊弱の形制し易し。今諸侯或いは城を連ぬること数十、地方千里、緩なれば則ち驕奢にして淫乱を為し易く、急なれば則ち其の彊きを阻みて合従して以て京師に逆ふ。今法を以て之を割削せば、則ち逆節萌起す、前日の晁錯是れなり。今諸侯の子弟或いは十数、而して適嗣代はりて立ち、余は骨肉と雖も、尺寸の地の封無し、則ち仁孝の道宣べず。願はくは陛下諸侯をして恩を推して子弟に分かち、地を以て之を侯とするを得しめよ。彼人人願ふ所を得るを喜び、上は徳を以て施し、実は其の国を分かち、削らずして稍々弱からん」と。是に於て上其の計に従ふ。又上に説きて曰く、「茂陵初めて立つ、天下の豪桀并兼の家、衆を乱すの民、皆茂陵に徙すべし、内は京師を実たし、外は姦猾を銷す、此れ所謂誅せずして害除くなり」と。上又其の計に従ふ。衛皇后を尊立し、及び燕王定国の陰事を発するは、蓋し偃功有り。
-
史記 平津侯主父列伝是に由りて之を観れば、天下誠に土崩の勢ひ有らば、布衣窮処の士と雖も或いは首悪にして海内を危うくす、陳渉是れなり。況んや三晋の君或いは存するをや。天下未だ大治有らずと雖も、誠に能く土崩の勢ひ無くんば、彊国勁兵有りと雖も踵を旋らすを得ずして身禽と為る、呉・楚・斉・趙是れなり。況んや群臣百姓能く乱を為さんや。此の二体の者は、安危の明要なり、賢主の意を留めて深く察する所なり。閒者関東五穀登らず、年歳未だ復せず、民多く窮困し、之に重ぬるに辺境の事を以てす、数を推し理に循ひて之を観れば、則ち民且に其の処に安んぜざる者有らんとす。安んぜざる故に動き易し。動き易き者は、土崩の勢ひなり。故に賢主は独り万化の原を観、安危の機に明らかにして、之を廟堂の上に修め、而して未形の患を銷す。其の要は、天下をして土崩の勢ひ無からしむるを期するのみ。故に彊国勁兵有りと雖も、陛下走獣を逐ひ、蜚鳥を射、游燕の囿を弘め、縦恣の観を淫にし、馳騁の楽しみを極むるも、自若たり。金石糸竹の声耳に絶えず、帷帳の私、俳優侏儒の笑ひ前に乏しからずして、天下に宿憂無し。名何ぞ必ずしも湯武ならん、俗何ぞ必ずしも成康ならん。然りと雖も、臣窃かに以為へらく陛下は天然の聖、寛仁の資にして、誠に天下を以て務めと為さば、則ち湯武の名侔しからしむること難からず、而して成康の俗復た興すべきなり。此の二体の者立ちて、然る後に尊安の実に処り、名を揚げ誉を当世に広め、天下を親しみて四夷を服し、余恩遺徳数世の隆と為り、南面して扆を負ひ袂を摂りて王公に揖す、此れ陛下の服する所なり。臣聞く王を図りて成らざるも、其の敝以て安んずるに足ると。安んずれば則ち陛下何をか求めて得ざらん、何をか為して成らざらん、何をか征して服せざらんや。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る