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史記 / 匈奴列伝

使郎中系雩淺遺朕書曰:『右賢王不請,聽後義盧侯難氏等計,絕二主之約,離兄弟之親,漢以故不和,鄰國不附。今以小吏敗約,故罰右賢王使西擊月氏,盡定之。願寢兵休士卒養馬,除前事,復故約,以安邊民,使少者得成其長,老者安其處,世世平樂。』朕甚嘉之,此古聖主之意也。漢與匈奴約爲兄弟,所以遺單于甚厚。倍約離兄弟之親者,常在匈奴。然右賢王事已在赦前,單于勿深誅。單于若稱書意,明告諸吏,使無負約,有信,敬如單于書。使者言單于自將伐國有功,甚苦兵事。服繡袷綺衣、繡袷長襦、錦袷袍各一,比余一,黃金飾具帶一,黃金胥紕一,繡十匹,錦三十匹,赤綈、綠繒各四十匹,使中大夫意、謁者令肩遺單于。」後頃之,冒頓死,子稽粥立,號曰老上單于。老上稽粥單于初立,孝文皇帝復遣宗室女公主爲單于閼氏,使宦者燕人中行說傅公主。說不欲行,漢彊使之。說曰:「必我行也,爲漢患者。」中行說既至,因降單于,單于甚親幸之。

新字:使郎中系雩浅遺朕書曰:『右賢王不請,聴後義盧侯難氏等計,絶二主之約,離兄弟之親,漢以故不和,鄰国不附。今以小吏敗約,故罰右賢王使西撃月氏,尽定之。願寝兵休士卒養馬,除前事,復故約,以安辺民,使少者得成其長,老者安其処,世世平楽。』朕甚嘉之,此古聖主之意也。漢与匈奴約為兄弟,所以遺単于甚厚。倍約離兄弟之親者,常在匈奴。然右賢王事已在赦前,単于勿深誅。単于若称書意,明告諸吏,使無負約,有信,敬如単于書。使者言単于自将伐国有功,甚苦兵事。服繍袷綺衣、繍袷長襦、錦袷袍各一,比余一,黄金飾具帯一,黄金胥紕一,繍十匹,錦三十匹,赤綈、緑繒各四十匹,使中大夫意、謁者令肩遺単于。」後頃之,冒頓死,子稽粥立,号曰老上単于。老上稽粥単于初立,孝文皇帝復遣宗室女公主為単于閼氏,使宦者燕人中行説傅公主。説不欲行,漢彊使之。説曰:「必我行也,為漢患者。」中行説既至,因降単于,単于甚親幸之。

書き下し

郎中系雩浅をして朕に書を遺らしめて曰く、『右賢王請はずして、後義盧侯難氏等の計を聴き、二主の約を絶ち、兄弟の親を離る。漢故を以て和せず、隣国附かず。今小吏の約を敗るを以て、故に右賢王を罰して西のかた月氏を撃たしめ、尽く之を定む。願はくは兵を寝め士卒を休め馬を養ひ、前事を除き、故約を復し、以て辺民を安んじ、少者をして其の長を成すを得しめ、老者をして其の処に安んぜしめ、世世平楽ならん』と。朕甚だ之を嘉す。此れ古の聖主の意なり。漢と匈奴と約して兄弟と為る。単于に遺る所以の者甚だ厚し。約に倍き兄弟の親を離るる者は、常に匈奴に在り。然れども右賢王の事は已に赦の前に在り。単于深く誅する勿れ。単于若し書の意に称はば、明らかに諸吏に告げ、約に負く無からしめ、信有らしめて、敬みて単于の書の如くせん。使者言ふ、単于自ら将として国を伐ちて功有り、甚だ兵事に苦しむと。服繡袷綺衣・繡袷長襦・錦袷袍各々一、比余一、黄金の飾具の帯一、黄金の胥紕一、繡十匹、錦三十匹、赤綈・緑繒各々四十匹、中大夫意・謁者令肩をして単于に遺らしむ」と。後頃之、冒頓死し、子稽粥立ち、号して老上単于と曰ふ。老上稽粥単于初めて立つ。孝文皇帝復た宗室の女公主を遣はして単于の閼氏と為し、宦者の燕人中行説をして公主に傅たらしむ。説行くを欲せず。漢彊ひて之を使はす。説曰く、「必ず我行かば、漢の患を為さん」と。中行説既に至り、因りて単于に降る。単于甚だ之を親幸す。

現代語訳

「(単于は)郎中の系雩浅にわたしへの書状を届けさせて、こう言われた。『右賢王はわたしの許しを求めず、後義盧侯の難氏らの計略を聞き入れて、両国の君主の盟約を絶ち、兄弟の親しみを裂いた。漢はそのために和せず、隣国もつき従わなくなった。今、小役人が盟約を破ったことを理由に、右賢王を罰して西の月氏を攻撃させ、ことごとく平定した。どうか兵を収め兵士を休ませ馬を養い、以前のことは水に流して、もとの盟約に戻り、辺境の民を安んじ、若い者が成長を遂げ、老人がその住まいで安らかに暮らせるようにし、代々平和に楽しく暮らしたい』と。わたしはこれを大いに喜ばしく思う。これは古の聖君の心である。漢と匈奴は盟約を結んで兄弟となった。だから単于への贈り物はたいへん手厚くしてきた。盟約に背いて兄弟の親しみを裂いたのは、いつも匈奴の方であった。しかし右賢王のことはすでに大赦の前のことであるから、単于も深く罰しないでいただきたい。単于がもし書状の趣旨どおりにされるなら、役人たちにはっきり告げて盟約に背かないようにさせ、信義を守らせて、謹んで単于の書状のとおりにしよう。使者の話では、単于は自ら将として国々を討って手柄を立て、戦にたいへん苦労されたとのこと。刺繍した袷(あわせ)の綾絹の衣、刺繍した袷の長い上着、錦の袷の袍をそれぞれ一着、髪飾りの櫛一つ、黄金で飾った帯一本、黄金の帯留め一つ、刺繍した絹十匹、錦三十匹、赤い厚絹と緑の絹をそれぞれ四十匹、中大夫の意と謁者令の肩に届けさせる」。その後しばらくして冒頓が死に、子の稽粥が立って老上単于と号した。老上稽粥単于が即位したばかりの時、孝文皇帝はまた皇族の娘を公主として単于の閼氏にし、宦官で燕の人である中行説を公主の守り役として付き従わせた。中行説は行きたがらなかったが、漢は無理に行かせた。中行説は言った。「どうしてもわたしを行かせるなら、漢の災いとなってやる」。中行説は匈奴に着くと、そのまま単于に降った。単于は中行説をたいへん寵愛した。

解説

文帝が冒頓の和親の申し入れに答えた返書と、冒頓の死、そして中行説の登場を記した段です。文帝は冒頓の書状を引用して「古の聖主の意」と称え、盟約に背いたのはいつも匈奴の側だと釘を刺しつつも、右賢王の件は大赦の前のこととして深く罰しないよう求めます。そのうえで、刺繍の衣や錦、絹など多くの贈り物を添えました。筋を通しながら相手の面子を立て、実利を与えて和平を保つ、抑制のきいた外交です。冒頓の死後、子の老上単于が立つと、文帝は再び皇族の娘を閼氏として送り、宦官の中行説を守り役として付けました。行きたくない中行説を無理に行かせた結果、中行説は「漢の災いとなってやる」と宣言し、匈奴に降って単于の寵臣となります。この人物が、以後の漢と匈奴の関係に大きな影響を与えることになります。本人の意に反した無理な人事は、恨みを抱いた有能な人物を相手側に送り込むことにもなりかねません。

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