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史記 / 樊酈滕灌列伝

三歲,絳侯勃免相就國,嬰為丞相,罷太尉官。是歲,匈奴大入北地、上郡,令丞相嬰將騎八萬五千往擊匈奴。匈奴去,濟北王反,詔乃罷嬰之兵。後歲餘,嬰以丞相卒,謚曰懿侯。子平侯阿代侯。二十八年卒,子彊代侯。十三年,彊有罪,絕二歲。元光三年,天子封灌嬰孫賢為臨汝侯,續灌氏後,八歲,坐行賕有罪,國除。

新字:三歳,絳侯勃免相就国,嬰為丞相,罷太尉官。是歳,匈奴大入北地、上郡,令丞相嬰将騎八万五千往撃匈奴。匈奴去,済北王反,詔乃罷嬰之兵。後歳余,嬰以丞相卒,謚曰懿侯。子平侯阿代侯。二十八年卒,子彊代侯。十三年,彊有罪,絶二歳。元光三年,天子封灌嬰孫賢為臨汝侯,続灌氏後,八歳,坐行賕有罪,国除。

書き下し

三歳、絳侯勃相を免ぜられて国に就き、嬰丞相と為り、太尉の官を罷む。是の歳、匈奴大いに北地・上郡に入り、丞相嬰をして騎八万五千を将ゐて往きて匈奴を撃たしむ。匈奴去り、済北王反し、詔して乃ち嬰の兵を罷む。後歳余にして、嬰丞相を以て卒し、諡して懿侯と曰ふ。子平侯阿代りて侯たり。二十八年にして卒し、子彊代りて侯たり。十三年、彊罪有り、絶ゆること二歳。元光三年、天子灌嬰の孫賢を封じて臨汝侯と為し、灌氏の後を続がしむ、八歳にして、賕を行ふに坐して罪有り、国除かる。

現代語訳

(文帝の)三年、絳侯周勃が丞相を免ぜられて領国に帰ると、嬰が丞相となり、太尉の官は廃された。この年、匈奴が北地・上郡に大挙して侵入したので、丞相嬰に騎兵八万五千を率いて匈奴を撃たせた。匈奴が去ったころ、済北王が反乱を起こしたので、詔を下して嬰の兵を引き揚げさせた。一年余り後、嬰は丞相在任のまま死に、懿侯と諡された。子の平侯阿が跡を継いで侯となった。二十八年で死に、子の彊が跡を継いだ。十三年目に彊は罪を犯し、家は二年間途絶えた。元光三年、天子(武帝)は灌嬰の孫の賢を臨汝侯に封じて灌氏の家を継がせたが、八年後、賄賂を贈った罪に問われて国は廃された。

解説

灌嬰の最期と子孫の顛末で、樊酈滕灌列伝の本文はここで終わります。灌嬰は周勃の後を継いで丞相となり、匈奴の侵入には自ら騎兵八万五千を率いて出陣しました。騎兵の将として身を起こした人が、最後まで騎兵を率いて国境を守ったことになります。しかし子孫は罪を犯して家が途絶え、武帝が孫を立て直させても、今度は賄賂で国を失いました。樊噲・酈商・夏侯嬰・灌嬰の四家がいずれも数代で絶えているのは偶然ではなく、功臣の家を代々保つことがいかに難しいかを、司馬遷は四つの例を重ねて示しています。創業者の働きで得た地位は、次の世代が同じ緊張感を持たなければ守れないことは、今の企業の事業承継にもそのまま当てはまります。

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