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史記 / 張耳陳余列伝

章邯引兵至邯鄲,皆徙其民河内,夷其城郭。張耳與趙王歇走入鉅鹿城,王離圍之。陳餘北收常山兵,得數萬人,軍鉅鹿北。章邯軍鉅鹿南棘原,筑甬道屬河,餉王離。王離兵食多,急攻鉅鹿。鉅鹿城中食盡兵少,

新字:章邯引兵至邯鄲,皆徙其民河内,夷其城郭。張耳与趙王歇走入鉅鹿城,王離囲之。陳余北収常山兵,得数万人,軍鉅鹿北。章邯軍鉅鹿南棘原,筑甬道属河,餉王離。王離兵食多,急攻鉅鹿。鉅鹿城中食尽兵少,

書き下し

章邯兵を引きて邯鄲に至り、皆其の民を河内に徙し、其の城郭を夷ぐ。張耳、趙王歇と走りて鉅鹿城に入る。王離之を囲む。陳餘北のかた常山の兵を収め、数万人を得て、鉅鹿の北に軍す。章邯鉅鹿の南の棘原に軍し、甬道を筑きて河に属け、王離に餉す。王離の兵食多く、急に鉅鹿を攻む。鉅鹿城中食尽き兵少なし。

現代語訳

章邯は兵を率いて邯鄲に至り、その住民をすべて河内に移して、城郭を取り壊した。張耳は趙王歇とともに逃れて鉅鹿の城に入り、王離がこれを包囲した。陳餘は北へ行って常山の兵を集め、数万人を得て、鉅鹿の北に陣取った。章邯は鉅鹿の南の棘原に陣取り、両側を壁で囲った補給路(甬道)を築いて黄河までつなぎ、王離に食糧を送った。王離の軍は兵糧が豊富で、激しく鉅鹿を攻めた。鉅鹿の城の中では食糧が尽き、兵も少なくなった。

解説

秦の反撃によって、張耳と陳餘が離れ離れの立場に置かれる短い段です。秦の名将章邯は邯鄲を攻め、住民を移して城壁を壊しました。張耳は趙王歇を守って鉅鹿城に籠もり、秦の王離に包囲されます。一方、陳餘は城の外で常山の兵数万を集め、鉅鹿の北に陣を構えました。章邯は黄河まで壁で守った補給路を築いて王離の軍に食糧を送り続け、城内の食糧は尽きていきます。城の中で追い詰められる張耳と、外で兵を持ちながら動けない陳餘。この配置が、刎頸の交わりを結んだ二人の仲を引き裂く次の悲劇の舞台になります。紀元前207年のこの鉅鹿の戦いは、のちに項羽が秦軍を破って名を上げる戦いでもあります。同じ目標を持つ仲間でも、置かれた立場が内と外に分かれると、見える景色も危機感も大きく違ってきます。その違いを互いに想像できるかどうかが、関係を保つ鍵になります。

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