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史記 / 魯仲連鄒陽列伝

雖然,為公計者,不如全車甲以報於燕。車甲全而歸燕,燕王必喜;身全而歸於國,士民如見父母,交游攘臂而議於世,功業可明。上輔孤主以制群臣,下養百姓以資說士,矯國更俗,功名可立也。亡意亦捐燕棄世,東游於齊乎?裂地定封,富比乎陶、衛,世世稱孤,與齊久存,又一計也。此兩計者,顯名厚實也,願公詳計而審處一焉。且吾聞之,規小睗者不能成榮名,惡小恥者不能立大功。昔者管夷吾射桓公中其鉤,篡也;遺公子糾不能死,怯也;束縛桎梏,辱也。若此三行者,世主不臣而鄉里不通。鄉使管子幽囚而不出,身死而不反於齊,則亦名不免為辱人賤行矣。臧獲且羞與之同名矣,況世俗乎!故管子不恥身在縲紲之中而恥天下之不治,不恥不死公子糾而恥威之不信於諸侯,故兼三行之過而為五霸首,名高天下而光燭鄰國。曹子為魯將,三戰三北,而亡地五百里。鄉使曹子計不反顧,議不還踵,刎頸而死,則亦名不免為敗軍禽將矣。曹子棄三北之恥,而退與魯君計。桓公朝天下,會諸侯,曹子以一劍之任,枝桓公之心於壇坫之上,顏色不變,辭氣不悖,三戰之所亡一朝而復之,天下震動,諸侯驚駭,威加吳、越。

新字:雖然,為公計者,不如全車甲以報於燕。車甲全而帰燕,燕王必喜;身全而帰於国,士民如見父母,交游攘臂而議於世,功業可明。上輔孤主以制群臣,下養百姓以資説士,矯国更俗,功名可立也。亡意亦捐燕棄世,東游於斉乎?裂地定封,富比乎陶、衛,世世称孤,与斉久存,又一計也。此両計者,顕名厚実也,願公詳計而審処一焉。且吾聞之,規小睗者不能成栄名,悪小恥者不能立大功。昔者管夷吾射桓公中其鉤,篡也;遺公子糾不能死,怯也;束縛桎梏,辱也。若此三行者,世主不臣而郷里不通。郷使管子幽囚而不出,身死而不反於斉,則亦名不免為辱人賤行矣。臧獲且羞与之同名矣,況世俗乎!故管子不恥身在縲紲之中而恥天下之不治,不恥不死公子糾而恥威之不信於諸侯,故兼三行之過而為五覇首,名高天下而光燭鄰国。曹子為魯将,三戦三北,而亡地五百里。郷使曹子計不反顧,議不還踵,刎頸而死,則亦名不免為敗軍禽将矣。曹子棄三北之恥,而退与魯君計。桓公朝天下,会諸侯,曹子以一剣之任,枝桓公之心於壇坫之上,顔色不変,辞気不悖,三戦之所亡一朝而復之,天下震動,諸侯驚駭,威加呉、越。

書き下し

然りと雖も、公の為に計る者は、車甲を全うして以て燕に報ずるに如かず。車甲全うして燕に帰らば、燕王必ず喜ばん。身全うして国に帰らば、士民父母を見るが如く、交游臂を攘ひて世に議し、功業明らかにすべし。上は孤主を輔けて以て群臣を制し、下は百姓を養ひて以て説士に資し、国を矯め俗を更め、功名立つべきなり。亡意、亦燕を捐て世を棄て、東して斉に游ばんか。地を裂き封を定め、富は陶・衛に比し、世世孤と称し、斉と久しく存せん。又一計なり。此の両計は、名を顕し実を厚くするなり。願はくは公詳らかに計りて審らかに一に処れ。且つ吾之を聞く、小睗を規る者は栄名を成す能はず、小恥を悪む者は大功を立つる能はずと。昔者、管夷吾は桓公を射て其の鉤に中つ、篡なり。公子糾を遺てて死する能はず、怯なり。束縛桎梏せらる、辱なり。此の若き三行の者は、世主臣とせずして郷里通ぜず。郷に管子をして幽囚して出でず、身死して斉に反らざらしめば、則ち亦名は辱人賤行たるを免れざらん。臧獲すら且つ之と名を同じくするを羞ぢん。況んや世俗をや。故に管子は身の縲紲の中に在るを恥ぢずして天下の治まらざるを恥ぢ、公子糾に死せざるを恥ぢずして威の諸侯に信びざるを恥づ。故に三行の過を兼ねて五霸の首と為り、名は天下に高くして光は隣国を燭らす。曹子、魯の将と為り、三たび戦ひて三たび北げ、地を亡ふこと五百里。郷に曹子をして計反顧せず、議踵を還さず、頸を刎ねて死せしめば、則ち亦名は敗軍の禽将たるを免れざらん。曹子は三北の恥を棄てて、退きて魯君と計る。桓公天下を朝し、諸侯を会す。曹子一剣の任を以て、桓公の心を壇坫の上に枝へ、顔色変ぜず、辞気悖らず、三戦の亡ふ所、一朝にして之を復す。天下震動し、諸侯驚駭し、威は呉・越に加はる。

現代語訳

とはいえ、貴公のために計を立てるなら、兵車と甲冑を無傷のまま燕に帰って報告するに越したことはない。兵車と甲冑を損なわずに燕へ帰れば、燕王はきっと喜ぶだろう。身を全うして国に帰れば、士人も民も父母に会うように迎え、友人たちは腕まくりして世に貴公のことを論じ、功業は明らかになるだろう。上は幼い主君を助けて群臣を統御し、下は民を養って遊説の士の拠りどころとなり、国を正し風俗を改めれば、功名を立てることができる。それとも燕を見捨て世間を捨てて、東の斉に身を寄せるおつもりか。それなら領地を分けて封ぜられ、その富は陶朱公(范蠡)や衛の子貢にも比べられ、代々諸侯として孤と称し、斉とともに長く続くことができる。これもまた一つの計である。この二つの計は、どちらも名を顕し実利を厚くするものだ。どうか貴公はよく考えて、どちらか一つを選んでもらいたい。そもそも私はこう聞いている。小さな節義にこだわる者は大きな栄誉を成しとげられず、小さな恥をいやがる者は大きな功業を立てられない、と。むかし管夷吾(管仲)は桓公を射て、その帯の留め金に当てた。これは主君への反逆である。仕えていた公子糾を見捨てて殉死しなかった。これは臆病である。縛られ、手かせ足かせをはめられた。これは恥辱である。この三つの行いをした者は、世の君主は臣下にせず、郷里の人々も付き合わない。もし管子が牢に閉じこめられたまま出られず、死んで斉に戻らなかったとしたら、その名は恥辱にまみれた卑しい者だという評判を免れなかっただろう。奴婢でさえ同じ名で呼ばれるのを恥じるほどで、まして世間の人はなおさらである。だが管子は、自分の身が縄目にあることを恥とせず、天下が治まらないことを恥とした。公子糾に殉じなかったことを恥とせず、斉の威光が諸侯に行きわたらないことを恥とした。だから三つの過ちを犯しながらも五覇の筆頭となり、その名は天下に高く、その光は隣国まで照らしたのである。曹子(曹沫)は魯の将となり、三度戦って三度敗れ、五百里の土地を失った。もし曹子が先のことを顧みず、踵を返すことも考えず、首をはねて自害していたら、その名は敗軍の捕らわれ将という評判を免れなかっただろう。だが曹子は三度の敗北の恥を捨てて、退いて魯の君主と策をめぐらせた。桓公が天下の諸侯を朝見させ、会盟を開いたとき、曹子はただ一本の剣を頼りに、壇上で桓公の胸元に剣を突きつけ、顔色も変えず、言葉つきも乱さず、三度の戦で失った土地を一日で取り戻した。天下は震え動き、諸侯は驚き恐れ、その威光は呉や越にまで及んだ。

解説

聊城の書簡の中盤です。魯仲連は燕の将軍に、軍を損なわずに燕へ帰る道と、斉に降って諸侯として封じられる道という二つの出口を示します。どちらを選んでも名と実を得られる、と選択肢をはっきり並べたところがこの段の要です。そのうえで管仲と曹沫の例を引きます。管仲は主君の敵を射て殉死もせず捕らわれの身となりましたが、天下を治めることを優先して五覇の筆頭桓公を支えました。曹沫は三度負けても自害せず、会盟の場で桓公に剣を突きつけて失地を取り戻しました。小さな恥にとらわれて命を捨てれば、それこそ本当の恥で終わる、という論です。曹沫の場面は刺客列伝の冒頭にも書かれています。失敗した人が自分を責めて全部を投げ出そうとするとき、恥をこらえて次の機会に賭ける道があると示すのは、周りの人にしかできない助けです。

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