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史記 / 魯仲連鄒陽列伝

其後二十餘年,燕將攻下聊城,聊城人或讒之燕,燕將懼誅,因保守聊城,不敢歸。齊田單攻聊城歲餘,士卒多死而聊城不下。魯連乃為書,約之矢以射城中,遺燕將。書曰:吾聞之,智者不倍時而棄利,勇士不死而滅名,忠臣不先身而後君。今公行一朝之忿,不顧燕王之無臣,非忠也;殺身亡聊城,而威不信於齊,非勇也;功敗名滅,後世無稱焉,非智也。三者世主不臣,說士不載,故智者不再計,勇士不怯死。今死生榮辱,貴賤尊卑,此時不再至,願公詳計而無與俗同。且楚攻齊之南陽,魏攻平陸,而齊無南面之心,以為亡南陽之害小,不如得濟北之利大,故定計審處之。今秦人下兵,魏不敢東面;衡秦之勢成,楚國之形危;齊棄南陽,斷右壤,定濟北,計猶且為之也。且夫齊之必決於聊城,公勿再計。今楚魏交退於齊,而燕救不至。以全齊之兵,無天下之規,與聊城共據期年之敝,則臣見公之不能得也。且燕國大亂,君臣失計,上下迷惑,栗腹以十萬之眾五折於外,以萬乘之國被圍於趙,壤削主困,為天下僇笑。國敝而禍多,民無所歸心。今公又以敝聊之民距全齊之兵,是墨翟之守也。食人炊骨,士無反外之心,是孫臏之兵也。能見於天下。

新字:其後二十余年,燕将攻下聊城,聊城人或讒之燕,燕将懼誅,因保守聊城,不敢帰。斉田単攻聊城歳余,士卒多死而聊城不下。魯連乃為書,約之矢以射城中,遺燕将。書曰:吾聞之,智者不倍時而棄利,勇士不死而滅名,忠臣不先身而後君。今公行一朝之忿,不顧燕王之無臣,非忠也;殺身亡聊城,而威不信於斉,非勇也;功敗名滅,後世無称焉,非智也。三者世主不臣,説士不載,故智者不再計,勇士不怯死。今死生栄辱,貴賤尊卑,此時不再至,願公詳計而無与俗同。且楚攻斉之南陽,魏攻平陸,而斉無南面之心,以為亡南陽之害小,不如得済北之利大,故定計審処之。今秦人下兵,魏不敢東面;衡秦之勢成,楚国之形危;斉棄南陽,断右壤,定済北,計猶且為之也。且夫斉之必決於聊城,公勿再計。今楚魏交退於斉,而燕救不至。以全斉之兵,無天下之規,与聊城共拠期年之敝,則臣見公之不能得也。且燕国大乱,君臣失計,上下迷惑,栗腹以十万之衆五折於外,以万乗之国被囲於趙,壤削主困,為天下僇笑。国敝而禍多,民無所帰心。今公又以敝聊之民距全斉之兵,是墨翟之守也。食人炊骨,士無反外之心,是孫臏之兵也。能見於天下。

書き下し

其の後二十余年、燕将聊城を攻め下す。聊城の人或いは之を燕に讒す。燕将誅を懼れ、因りて聊城を保守し、敢て帰らず。斉の田単聊城を攻むること歳余、士卒多く死して聊城下らず。魯連乃ち書を為り、之を矢に約して以て城中に射、燕将に遺る。書に曰く、吾之を聞く、智者は時に倍きて利を棄てず、勇士は死を却けて名を滅ぼさず、忠臣は身を先にして君を後にせず、と。今、公は一朝の忿を行ひ、燕王の臣無きを顧みず、忠に非ざるなり。身を殺して聊城を亡ひ、而も威斉に信びず、勇に非ざるなり。功敗れ名滅び、後世称する無し、智に非ざるなり。三者は世主臣とせず、説士載せず。故に智者は再び計らず、勇士は死を怯れず。今、死生栄辱、貴賤尊卑、此の時再びは至らず。願はくは公詳らかに計りて俗と同じくする無かれ。且つ楚は斉の南陽を攻め、魏は平陸を攻む。而るに斉は南面の心無く、以為へらく南陽を亡ふの害は小にして、済北を得るの利の大なるに如かずと。故に計を定めて審らかに之に処る。今、秦人兵を下し、魏敢て東面せず。衡秦の勢成り、楚国の形危し。斉は南陽を棄て、右壌を断ち、済北を定むるも、計猶ほ且つ之を為さんとするなり。且つ夫れ斉の必ず聊城に決すること、公再び計ること勿かれ。今、楚・魏交々斉より退き、而して燕の救至らず。全斉の兵、天下の規無きを以て、聊城と期年の敝を共に拠らば、則ち臣は公の得る能はざるを見る。且つ燕国大いに乱れ、君臣計を失ひ、上下迷惑す。栗腹、十万の衆を以て五たび外に折け、万乗の国を以て趙に囲まる。壌削られ主困しみ、天下の僇笑と為る。国敝れて禍多く、民帰心する所無し。今、公又敝れし聊の民を以て全斉の兵を距ぐは、是れ墨翟の守りなり。人を食ひ骨を炊ぐも、士に反外の心無きは、是れ孫臏の兵なり。能く天下に見はれたり。

現代語訳

それから二十年余りののち、燕の将軍が聊城を攻め落とした。聊城の人のなかに、この将軍を燕の朝廷に讒言する者がいた。燕の将軍は誅殺されることを恐れ、そのまま聊城に立てこもって守り、燕に帰ろうとしなかった。斉の田単は一年余り聊城を攻めたが、兵士が多く死んでも聊城は落ちなかった。そこで魯仲連は手紙を書き、それを矢に結びつけて城中に射込み、燕の将軍に送った。手紙にはこうあった。「聞くところでは、知恵ある者は時勢に逆らって利を捨てることはせず、勇士は死をいとうことで名を滅ぼすことはせず、忠臣は自分の身を先にして主君を後回しにはしないという。いま貴公は一時の怒りに任せ、燕王に臣下がいなくなることを顧みていない。これは忠ではない。自分の身を殺して聊城を失い、しかも斉にその威勢を示せないのは、勇ではない。功業が敗れて名が滅び、後世に称えられることもないのは、智ではない。この三つのことをする者は、世の君主は臣下にせず、遊説の士も書き記さない。だから知恵ある者はためらって二度計ることはせず、勇士は死を恐れない。いま生きるか死ぬか、栄誉か恥辱か、貴いか賤しいかの分かれ目であり、この時は二度と来ない。どうか貴公はよく考えて、世俗の人と同じような道をとらないでもらいたい。そもそも楚が斉の南陽を攻め、魏が平陸を攻めたとき、斉は南方に目を向ける気がなかった。南陽を失う害は小さく、済北を取り戻す利の大きさには及ばないと考えたからで、だから方針を定めてしっかりとそれに従ったのである。いま秦が兵を出したので、魏はあえて東に向かって斉を攻めようとしない。秦と連衡する形勢ができあがり、楚の国の情勢は危うい。斉が南陽を捨て、西の領土を切り捨ててでも済北を平定しようとするのは、それでもなおそうするだけの計算があるからだ。だから斉は必ず聊城で決着をつけるつもりであり、貴公はそれを疑う必要はない。いま楚も魏も次々に斉から兵を退き、燕の援軍は来ない。斉は国を挙げた兵力で、天下からの横やりもない。聊城と一年も疲弊を分かち合えば、貴公が勝ちを得られないのは目に見えている。しかも燕の国は大いに乱れ、君臣は方策を誤り、上下とも迷っている。(燕の将)栗腹は十万の軍勢を率いて国外で五度も敗れ、万乗の国でありながら趙に包囲された。領土は削られ君主は苦しみ、天下の笑い者になっている。国は疲れて災いが多く、民は心を寄せるところがない。いま貴公がまた、疲れ切った聊城の民で国を挙げた斉の軍を防いでいるのは、墨翟(墨子)の守りのようなものだ。人を食い、骨を炊いて飢えをしのいでも、兵士に離反の心がないのは、孫臏の兵のようなものだ。貴公の力量はすでに天下に示された。

解説

魯仲連の伝の後半、聊城をめぐる有名な書簡の前半です。燕の将軍は讒言を恐れて本国にも帰れず、斉にも降れず、一年以上籠城を続けていました。魯仲連は矢文で、忠・勇・智のどれから見ても今の籠城は筋が通らないと説きます。続いて斉は南の領土を捨ててでも聊城を取りに来る、燕の援軍は来ない、燕本国は栗腹の大敗で乱れている、と国際情勢を冷静に並べ、籠城に勝ち目がないことを示します。そのうえで、兵が飢えても離反しないのは墨子の守りや孫臏の兵に匹敵する、とあなたの力はもう十分に示されたと相手を持ち上げます。追い詰められた人を説くとき、ただ非を責めるだけでは頑なになるだけです。現状の見通しを示しつつ、相手の奮闘を認めて面子を保たせる。退き際を探している人への言葉のかけ方として参考になります。

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