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史記 / 廉頗藺相如列伝

縱奇兵,詳敗走,而絶其糧道,分斷其軍爲二,士卒離心。四十餘日,軍餓,趙括出鋭卒自博戰,秦軍射殺趙括。括軍敗,數十萬之衆遂降秦,秦悉阬之。趙前後所亡凡四十五萬。明年,秦兵遂圍邯鄲,歳餘,幾不得脱。賴楚、魏諸侯來救,乃得解邯鄲之圍。趙王亦以括母先言,竟不誅也。自邯鄲圍解五年,而燕用栗腹之謀,曰「趙壯者盡於長平,其孤未壯」,舉兵撃趙。趙使廉頗將,撃,大破燕軍於鄗,殺栗腹,遂圍燕。燕割五城請和,乃聽之。趙以尉文封廉頗爲信平君,爲假相國。

新字:縦奇兵,詳敗走,而絶其糧道,分断其軍為二,士卒離心。四十余日,軍餓,趙括出鋭卒自博戦,秦軍射殺趙括。括軍敗,数十万之衆遂降秦,秦悉阬之。趙前後所亡凡四十五万。明年,秦兵遂囲邯鄲,歳余,幾不得脱。頼楚、魏諸侯来救,乃得解邯鄲之囲。趙王亦以括母先言,竟不誅也。自邯鄲囲解五年,而燕用栗腹之謀,曰「趙壮者尽於長平,其孤未壮」,舉兵撃趙。趙使廉頗将,撃,大破燕軍於鄗,殺栗腹,遂囲燕。燕割五城請和,乃聴之。趙以尉文封廉頗為信平君,為仮相国。

書き下し

奇兵を縦ち、詳りて敗走し、而してその糧道を絶ち、その軍を分断して二と為す、士卒心を離す。四十余日、軍餓う、趙括鋭卒を出だして自ら博戦す、秦の軍趙括を射殺す。括の軍敗れ、数十万の衆遂に秦に降る、秦悉くこれを阬にす。趙の前後に亡ふ所凡そ四十五万。明年、秦の兵遂に邯鄲を囲む、歳余にして、幾ど脱るるを得ず。楚・魏の諸侯来たり救ふに頼りて、乃ち邯鄲の囲みを解くを得たり。趙王もまた括の母の先言を以て、竟に誅せざるなり。邯鄲の囲み解けてより五年、而して燕、栗腹の謀を用ふ、曰く「趙の壮者は長平に尽き、その孤未だ壮ならず」と。兵を挙げて趙を撃つ。趙、廉頗をして将たらしめ、撃ちて、大いに燕の軍を鄗に破り、栗腹を殺し、遂に燕を囲む。燕五城を割きて和を請ふ、乃ちこれを聴す。趙、尉文を以て廉頗を封じて信平君と為し、仮の相国と為す。

現代語訳

(白起は)奇兵を放ち、負けたふりをして逃げ、趙軍の兵糧の道を断ち、その軍を二つに分断したので、兵士たちの心は離れた。四十日余りたって趙軍は飢え、趙括は精兵を出して自ら奮戦したが、秦軍は趙括を射殺した。趙括の軍は敗れ、数十万の兵はついに秦に降伏したが、秦はそのすべてを生き埋めにした。趙が前後に失った兵はおよそ四十五万であった。翌年、秦の兵はついに邯鄲を包囲し、一年余りも続いて、ほとんど逃れられないところであった。楚や魏などの諸侯が救援に来てくれたおかげで、ようやく邯鄲の包囲が解けた。趙王もまた、趙括の母が前もって言っていたので、結局彼女を処罰しなかった。邯鄲の包囲が解けて五年後、燕は栗腹の計略を用いた。「趙の壮年の男は長平の戦いで死に尽くし、その遺児たちはまだ成人していない」というのである。燕は兵を挙げて趙を攻撃した。趙は廉頗を将として迎え撃たせ、鄗で燕軍を大いに破り、栗腹を殺し、そのまま燕を包囲した。燕は五つの城を割いて和睦を願い出たので、趙はこれを聞き入れた。趙は尉文の地で廉頗を封じて信平君とし、仮の相国(宰相代理)とした。

解説

長平の大敗と、その後の廉頗の復活を描いた段です。趙括の率いる趙軍は、白起の偽りの退却に誘われて兵糧の道を断たれ、二つに分断されて四十日余り飢えました。趙括は自ら突撃して射殺され、降伏した数十万の兵はすべて生き埋めにされ、趙は前後合わせて四十五万を失います。翌年には都の邯鄲が一年余りも包囲されましたが、楚・魏の救援で辛うじて持ちこたえました。趙王は、息子の起用に反対した趙括の母との約束を守り、彼女を罰しませんでした。五年後、燕は「趙の壮年の男は長平で死に尽くした」と見て攻めてきますが、再び起用された廉頗が鄗で燕軍を大破し、宰相代理にまで上ります。一度は外された老将が、国の危機に呼び戻されて結果を出したのです。人事の誤りの代償がどれほど大きいか、そして実力ある人を一度外しても、再び活躍の場を用意できる組織の懐の深さも問われる話です。

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