史記 / 孟嘗君列伝
居數年,人或毀孟嘗君於齊湣王曰:「孟嘗君將爲亂。」及田甲劫湣王,湣王意疑孟嘗君,孟嘗君乃奔。魏子所與粟賢者聞之,乃上書言孟嘗君不作亂,請以身爲盟,遂自剄宮門以明孟嘗君。湣王乃驚,而蹤跡驗問,孟嘗君果無反謀,乃復召孟嘗君。孟嘗君因謝病,歸老於薛。湣王許之。其後,秦亡將呂禮相齊,欲困蘇代。代乃謂孟嘗君曰:「周最於齊,至厚也,而齊王逐之,而聽親弗相呂禮者,欲取秦也。齊、秦合,則親弗與呂禮重矣。有用,齊、秦必輕君。君不如急北兵,趨趙以和秦、魏,收周最以厚行,且反齊王之信,又禁天下之變。齊無秦,則天下集齊,親弗必走,則齊王孰與爲其國也!」於是孟嘗君從其計,而呂禮嫉害於孟嘗君。孟嘗君懼,乃遺秦相穰侯魏冉書曰:「吾聞秦欲以呂禮收齊,齊,天下之彊國也,子必輕矣。齊秦相取以臨三晉,呂禮必并相矣,是子通齊以重呂禮也。若齊免於天下之兵,其讎子必深矣。子不如勸秦王伐齊。齊破,吾請以所得封子。齊破,秦畏晉之彊,秦必重子以取晉。晉國敝於齊而畏秦,晉必重子以取秦。是子破齊以爲功,挾晉以爲重;是子破齊定封,秦、晉交重子。若齊不破,呂禮復用,子必大窮。」
新字:居数年,人或毀孟嘗君於斉湣王曰:「孟嘗君将為乱。」及田甲劫湣王,湣王意疑孟嘗君,孟嘗君乃奔。魏子所与粟賢者聞之,乃上書言孟嘗君不作乱,請以身為盟,遂自剄宮門以明孟嘗君。湣王乃驚,而蹤跡験問,孟嘗君果無反謀,乃復召孟嘗君。孟嘗君因謝病,帰老於薛。湣王許之。其後,秦亡将呂礼相斉,欲困蘇代。代乃謂孟嘗君曰:「周最於斉,至厚也,而斉王逐之,而聴親弗相呂礼者,欲取秦也。斉、秦合,則親弗与呂礼重矣。有用,斉、秦必軽君。君不如急北兵,趨趙以和秦、魏,収周最以厚行,且反斉王之信,又禁天下之変。斉無秦,則天下集斉,親弗必走,則斉王孰与為其国也!」於是孟嘗君従其計,而呂礼嫉害於孟嘗君。孟嘗君懼,乃遺秦相穰侯魏冉書曰:「吾聞秦欲以呂礼収斉,斉,天下之彊国也,子必軽矣。斉秦相取以臨三晋,呂礼必并相矣,是子通斉以重呂礼也。若斉免於天下之兵,其讎子必深矣。子不如勧秦王伐斉。斉破,吾請以所得封子。斉破,秦畏晋之彊,秦必重子以取晋。晋国敝於斉而畏秦,晋必重子以取秦。是子破斉以為功,挟晋以為重;是子破斉定封,秦、晋交重子。若斉不破,呂礼復用,子必大窮。」
書き下し
居ること数年、人或ひと孟嘗君を斉の湣王に毀りて曰く、「孟嘗君将に乱を為さんとす」と。田甲の湣王を劫かすに及び、湣王意に孟嘗君を疑ふ、孟嘗君乃ち奔る。魏子の粟を与へし所の賢者これを聞き、乃ち上書して孟嘗君の乱を作さざるを言ひ、身を以て盟と為さんことを請ひ、遂に宮門に自剄して以て孟嘗君を明らかにす。湣王乃ち驚き、而して蹤跡験問す、孟嘗君果たして反謀無し、乃ちまた孟嘗君を召す。孟嘗君因りて病を謝し、帰りて薛に老せんとす。湣王これを許す。その後、秦の亡将呂礼斉に相たり、蘇代を困しめんと欲す。代乃ち孟嘗君に謂ひて曰く、「周最の斉に於けるや、至って厚し、而るに斉王これを逐ひ、而して親弗の呂礼を相とするを聴くは、秦を取らんと欲すればなり。斉・秦合せば、則ち親弗と呂礼と重からん。用ひらるる有らば、斉・秦必ず君を軽んぜん。君は急ぎ兵を北し、趙に趨きて以て秦・魏と和し、周最を収めて以て行ひを厚くし、且つ斉王の信を反し、また天下の変を禁ずるに如かず。斉に秦無くんば、則ち天下斉に集まり、親弗必ず走らん、則ち斉王孰と与にその国を為めん」と。是に於いて孟嘗君その計に従ふ、而して呂礼孟嘗君を嫉み害せんとす。孟嘗君懼れ、乃ち秦の相穣侯魏冉に書を遺りて曰く、「吾聞く、秦は呂礼を以て斉を収めんと欲すと。斉は天下の彊国なり、子必ず軽んぜられん。斉・秦相取りて以て三晋に臨まば、呂礼必ず并せて相たらん、是れ子は斉に通じて以て呂礼を重くするなり。若し斉天下の兵を免れば、その子を讎とすること必ず深からん。子は秦王に勧めて斉を伐たしむるに如かず。斉破れなば、吾請ふ得る所を以て子を封ぜん。斉破れなば、秦は晋の彊きを畏れ、秦必ず子を重んじて以て晋を取らん。晋国は斉に敝れて秦を畏れ、晋必ず子を重んじて以て秦を取らん。是れ子は斉を破りて以て功と為し、晋を挟みて以て重きを為すなり。是れ子は斉を破りて封を定め、秦・晋交々子を重んずるなり。若し斉破れずして、呂礼また用ひらるれば、子必ず大いに窮せん」と。
現代語訳
数年たって、ある人が孟嘗君のことを斉の湣王に悪く言った。「孟嘗君は反乱を起こそうとしている。」やがて田甲が湣王を脅迫する事件が起こると、湣王は内心孟嘗君を疑ったので、孟嘗君は逃げ出した。魏子が穀物を与えた賢者はこれを聞くと、上書して孟嘗君が反乱を起こすはずがないと訴え、自分の身をもって誓いの証にしたいと願い出て、とうとう宮殿の門前で自ら首をはねて孟嘗君の潔白を明らかにした。湣王はそこで驚き、事の跡をたどって調べさせたところ、孟嘗君にはやはり謀反の企てはなかったので、再び孟嘗君を呼び戻した。孟嘗君はそこで病気を理由に辞職し、薛に帰って隠居したいと願い出た。湣王はこれを許した。その後、秦から亡命してきた将の呂礼が斉の宰相となり、蘇代を苦しめようとした。蘇代はそこで孟嘗君に言った。「周最は斉に対してきわめて誠実だったのに、斉王は彼を追放し、親弗の言を聞き入れて呂礼を宰相にしたのは、秦を味方につけたいからだ。斉と秦が結べば、親弗と呂礼が重んじられる。彼らが用いられれば、斉も秦も必ずあなたを軽んじるだろう。あなたは急いで兵を北に向け、趙に赴いて秦・魏と和を結び、周最を迎え入れて行いを手厚くし、斉王が秦に寄せる信頼を覆し、そのうえで天下の変事を防ぐのが一番だ。斉に秦という後ろ盾がなくなれば、天下は斉に集まり、親弗は必ず逃げ出す。そうなれば斉王は、あなた以外の誰と国を治められようか。」そこで孟嘗君はその計略に従った。すると呂礼は孟嘗君を妬み、害しようとした。孟嘗君は恐れて、秦の宰相穣侯魏冉に書簡を送った。「私の聞くところでは、秦は呂礼を使って斉を取り込もうとしているという。斉は天下の強国だから、(斉と秦が結べば)あなたは必ず軽んじられるだろう。斉と秦が手を結んで三晋に臨めば、呂礼は必ず両国の宰相を兼ねる。そうなれば、あなたは斉と通じて呂礼を重くしてやったことになる。もし斉が天下の兵を免れたなら、斉はあなたを深く仇とするだろう。あなたは秦王に勧めて斉を討たせるのが一番だ。斉が破れたら、私は斉から得た土地をあなたの封地にするよう取り計らおう。斉が破れれば、秦は晋(三晋)が強くなるのを恐れ、必ずあなたを重んじて晋を押さえようとする。晋は斉との戦で疲れて秦を恐れ、必ずあなたを重んじて秦との関係を取り結ぼうとする。つまりあなたは斉を破って手柄とし、晋を後ろ盾にして重きをなすことになる。斉を破って封地を定め、秦も晋もかわるがわるあなたを重んじるのだ。もし斉が破れずに呂礼がまた用いられれば、あなたはひどく行き詰まるだろう。」
解説
関連する章句
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史記 孟嘗君列伝孟嘗君趙を過ぐ、趙の平原君これを客とす。趙人孟嘗君の賢を聞き、出でてこれを観、皆笑ひて曰く、「始め薛公を以て魁然たりと為す、今これを視れば、乃ち眇小の丈夫のみ」と。孟嘗君これを聞きて怒る。客の与に倶にする者下り、斫撃して数百人を殺し、遂に一県を滅ぼして以て去る。斉の湣王自ら得ず、その孟嘗君を遣りしを以てなり。孟嘗君至る、則ち以て斉の相と為し、政を任ず。孟嘗君秦を怨み、将に斉を以て韓・魏の為に楚を攻めんとし、因りて韓・魏と秦を攻めんとして、兵食を西周に借らんとす。蘇代、西周の為に謂ひて曰く、「君、斉を以て韓・魏の為に楚を攻むること九年、宛・葉以北を取りて以て韓・魏を彊くし、今また秦を攻めて以てこれを益さんとす。韓・魏、南に楚の憂ひ無く、西に秦の患ひ無くんば、則ち斉危ふし。韓・魏必ず斉を軽んじて秦を畏れん、臣君の為にこれを危ぶむ。君は敝邑をして深く秦に合せしめ、而して君は攻むること無く、また兵食を借ること無きに如かず。君、函谷に臨みて攻むること無く、敝邑をして君の情を以て秦の昭王に謂はしめて曰はしめよ、『薛公は必ず秦を破りて以て韓・魏を彊くせず。その秦を攻むるや、王の楚王をして東国を割きて以て斉に与へしめ、而して秦の楚の懐王を出だして以て和を為さんことを欲するなり』と。君、敝邑をして此を以て秦に恵ましめば、秦は破らるること無くして東国を以て自ら免るるを得、秦必ずこれを欲せん。楚王出づるを得ば、必ず斉を徳とせん。斉、東国を得て益々彊く、而して薛は世世患ひ無からん。秦大いに弱らずして、三晋の西に処らば、三晋必ず斉を重んぜん」と。薛公曰く、「善し」と。因りて韓・魏をして秦を賀せしめ、三国をして攻むること無からしめ、而して兵食を西周に借らず。是の時、楚の懐王秦に入り、秦これを留む、故に必ずこれを出ださんと欲す。秦果たして楚の懐王を出ださず。孟嘗君斉に相たり、その舎人魏子、孟嘗君の為に邑の入を収むるに、三たび反りて一入をも致さず。孟嘗君これを問ふ、対へて曰く、「賢者有り、竊かに仮してこれに与ふ、故を以て入を致さず」と。孟嘗君怒りて魏子を退く。
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史記 孟嘗君列伝今、臣竊かに聞く、秦は使車十乗を遣り、黄金百鎰を載せて以て孟嘗君を迎ふと。孟嘗君西せずんば則ち已む、西して秦に入りて相たらば則ち天下これに帰し、秦は雄と為りて斉は雌と為らん。雌ならば則ち臨淄・即墨危ふし。王何ぞ秦の使ひの未だ到らざるに先だち、孟嘗君を復し、而して益々これに邑を与へて以てこれに謝せざる。孟嘗君必ず喜びてこれを受けん。秦は彊国と雖も、豈に以て人の相を請ひてこれを迎ふべけんや。秦の謀を折きて、その霸彊の略を絶たん」と。斉王曰く、「善し」と。乃ち人をして境に至りて秦の使ひを候はしむ。秦の使車適々斉の境に入る、使ひ還り馳せてこれを告ぐ。王、孟嘗君を召してその相位を復し、而してその故邑の地を与へ、また益すに千戸を以てす。秦の使者、孟嘗君のまた斉に相たるを聞き、車を還して去る。斉王の孟嘗君を毀り廃してより、諸客皆去る。後に召してこれを復するや、馮驩これを迎ふ。未だ到らざるに、孟嘗君太息して嘆じて曰く、「文は常に客を好み、客を遇するに敢へて失ふ所無し、食客三千有余人、先生の知る所なり。客、文の一日廃せらるるを見て、皆文に背きて去り、文を顧みる者莫し。今、先生に頼りてその位に復するを得たり、客もまた何の面目ありてまた文に見えんや。如しまた文に見ゆる者あらば、必ずその面に唾してこれを大いに辱めん」と。馮驩、轡を結びて下拝す。孟嘗君車を下りてこれを接して曰く、「先生は客の為に謝するか」と。馮驩曰く、「客の為に謝するに非ざるなり、君の言の失の為なり。夫れ物には必ず至る有り、事には固より然る有り、君これを知るか」と。孟嘗君曰く、「愚にして謂ふ所を知らざるなり」と。曰く、「生ある者は必ず死有り、物の必ず至るなり。富貴なれば士多く、貧賤なれば友寡し、事の固より然るなり。君独り夫の(朝)市[朝]に趣く者を見ずや。明旦には、肩を側てて門を争ひて入る。日暮るるの後は、市朝を過ぐる者も臂を掉ひて顧みず。朝を好みて暮れを悪むに非ず、期する所の物その中に忘るればなり。今、君位を失ひ、賓客皆去る、以て士を怨みて徒らに賓客の路を絶つに足らず。願はくは君、客を遇すること故の如くせよ」と。孟嘗君再拝して曰く、「敬んで命に従はん。
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史記 孟嘗君列伝斉王、秦・楚の毀りに惑ひ、以為へらく孟嘗君は名その主より高くして斉国の権を擅にすと。遂に孟嘗君を廃す。諸客孟嘗君の廃せらるるを見て、皆去る。馮驩曰く、「臣に車一乗を借せ、以て秦に入るべき者、必ず君をして国に重くして奉邑益々広からしめん、可なるか」と。孟嘗君乃ち車幣を約してこれを遣る。馮驩乃ち西して秦王に説きて曰く、「天下の游士の軾に馮り靷を結びて西して秦に入る者は、秦を彊くして斉を弱めんと欲せざるは無し。軾に馮り靷を結びて東して斉に入る者は、斉を彊くして秦を弱めんと欲せざるは無し。此れ雄雌の国なり、勢ひ両立して雄たらず、雄たる者は天下を得ん」と。秦王跽きてこれに問ひて曰く、「何を以てせば秦をして雌と為ること無からしめて可ならん」と。馮驩曰く、「王もまた斉の孟嘗君を廃せるを知るか」と。秦王曰く、「これを聞く」と。馮驩曰く、「斉をして天下に重からしむる者は、孟嘗君なり。今、斉王毀りを以てこれを廃す、その心怨み、必ず斉に背かん。斉に背きて秦に入らば、則ち斉国の情、人事の誠、尽くこれを秦に委ね、斉の地得べきなり、豈に直だに雄たるのみならんや。君、急ぎ使ひをして幣を載せて陰かに孟嘗君を迎へしめよ、時を失ふべからざるなり。如し斉覚悟する有りて、また孟嘗君を用ひば、則ち雌雄の在る所未だ知るべからざるなり」と。秦王大いに悦び、乃ち車十乗・黄金百鎰を遣りて以て孟嘗君を迎へしむ。馮驩辞して以て先に行き、斉に至り、斉王に説きて曰く、「天下の游士の軾に馮り靷を結びて東して斉に入る者は、斉を彊くして秦を弱めんと欲せざる者は無し。軾に馮り靷を結びて西して秦に入る者は、秦を彊くして斉を弱めんと欲せざる者は無し。夫れ秦・斉は雄雌の国なり、秦彊ければ則ち斉弱し、此れ勢ひ両雄ならず。
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史記 孟嘗君列伝是に於いて穣侯、秦の昭王に斉を伐たんことを言ひ、而して呂礼亡ぐ。後に斉の湣王宋を滅ぼし、益々驕り、孟嘗君を去らんと欲す。孟嘗君恐れ、乃ち魏に如く。魏の昭王以て相と為し、西のかた秦・趙に合し、燕と共に斉を伐ち破る。斉の湣王亡げて莒に在り、遂に焉に死す。斉の襄王立ち、而して孟嘗君は諸侯に中立して、属する所無し。斉の襄王新たに立ち、孟嘗君を畏れ、与に連和し、また薛公に親しむ。文卒し、謚して孟嘗君と為す。諸子立たんことを争ひ、而して斉・魏共に薛を滅ぼす。孟嘗は嗣を絶ちて後無きなり。初め、馮驩、孟嘗君の客を好むを聞き、蹻を躡みてこれに見ゆ。孟嘗君曰く、「先生遠く辱くす、何を以て文に教へんとするや」と。馮驩曰く、「君の士を好むを聞き、貧しき身を以て君に帰す」と。孟嘗君、伝舎に置くこと十日、孟嘗君、伝舎の長に問ひて曰く、「客は何をか為す」と。答へて曰く、「馮先生甚だ貧しく、猶ほ一剣有るのみ、また蒯緱なり。その剣を弾じて歌ひて曰く『長鋏帰来せんか、食に魚無し』と」と。孟嘗君これを幸舎に遷す、食に魚有り。五日にして、また伝舎の長に問ふ。答へて曰く、「客また剣を弾じて歌ひて曰く『長鋏帰来せんか、出づるに輿無し』と」と。孟嘗君これを代舎に遷す、出入に輿車に乗る。五日にして、孟嘗君また伝舎の長に問ふ。舎長答へて曰く、「先生また嘗て剣を弾じて歌ひて曰く『長鋏帰来せんか、以て家を為むる無し』と」と。孟嘗君悦ばず。居ること朞年、馮驩言ふ所無し。孟嘗君時に斉に相たり、万戸を薛に封ぜらる。その食客三千人。邑の入は以て客を奉ずるに足らず、人をして銭を薛に出ださしむ。歳余にして入らず、銭を貸る者多くはその息を与ふること能はず、客の奉将に給せざらんとす。孟嘗君これを憂へ、左右に問ふ、「何人か薛に債を収めしむべき者ぞ」と。伝舎の長曰く、「代舎の客馮公は形容状貌甚だ弁(べん)ず、長者にして、他の伎能無し、宜しく債を収めしむべし」と。
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史記 孟嘗君列伝人人各々自ら以為へらく孟嘗君己に親しむと。秦の昭王その賢を聞き、乃ち先づ涇陽君をして斉に質たらしめ、以て孟嘗君に見えんことを求む。孟嘗君将に秦に入らんとす、賓客その行くことを欲する莫く、諫むるも、聴かず。蘇代謂ひて曰く、「今旦、代外より来たり、木禺人と土禺人と相与に語るを見る。木禺人曰く、『天雨ふらば、子将に敗れんとす』と。土禺人曰く、『我は土に生まる、敗るれば則ち土に帰す。今天雨ふらば、子を流して行かしめ、止息する所を知らざらん』と。今、秦は虎狼の国なり、而るに君往かんと欲す。如し還るを得ざること有らば、君、土禺人の笑ふ所と為ること無きを得んや」と。孟嘗君乃ち止む。斉の湣王の二十五年、
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史記 孟嘗君列伝復た卒に孟嘗君をして秦に入らしむ、昭王即ち孟嘗君を以て秦の相と為す。人或ひと秦の昭王に説きて曰く、「孟嘗君は賢にして、また斉の族なり。今秦に相たらば、必ず斉を先にして秦を後にせん、秦それ危ふからん」と。是に於いて秦の昭王乃ち止む。孟嘗君を囚へ、謀りてこれを殺さんと欲す。孟嘗君、人をして昭王の幸姫に抵りて解かんことを求めしむ。幸姫曰く、「妾願はくは君の狐白裘を得ん」と。此の時孟嘗君に一狐白裘有り、直千金、天下に双び無し、秦に入りてこれを昭王に献じ、更に他の裘無し。孟嘗君これを患へ、遍く客に問ふも、能く対ふる莫し。最も下坐に能く狗盗を為す者有り、曰く、「臣能く狐白裘を得ん」と。乃ち夜狗と為り、以て秦宮の臧中に入り、献ずる所の狐白裘を取りて至り、以て秦王の幸姫に献ず。幸姫為に昭王に言ひ、昭王孟嘗君を釈く。孟嘗君出づるを得、即ち馳せ去り、封伝を更め、名姓を変へて以て関を出でんとす。夜半函谷関に至る。秦の昭王、後に孟嘗君を出だせしを悔い、これを求むるに已に去る、即ち人をして伝に馳せてこれを逐はしむ。孟嘗君関に至る、関の法は鶏鳴きて客を出だす。孟嘗君追ひの至らんことを恐る。客の下坐に居る者に能く鶏鳴を為す者有り、而して鶏斉しく鳴く、遂に伝を発して出づ。出でて食頃の如くして、秦の追ひ果たして関に至る、已に孟嘗君の出づるに後れ、乃ち還る。始め孟嘗君この二人を賓客に列するや、賓客尽くこれを羞づ。孟嘗君に秦の難有るに及び、卒にこの二人これを抜く。是より後、客皆服す。
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