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史記 / 孟嘗君列伝

於是穰侯言於秦昭王伐齊,而呂禮亡。後齊湣王滅宋,益驕,欲去孟嘗君。孟嘗君恐,乃如魏。魏昭王以爲相,西合於秦、趙,與燕共伐破齊。齊湣王亡在莒,遂死焉。齊襄王立,而孟嘗君中立於諸侯,無所屬。齊襄王新立,畏孟嘗君,與連和,復親薛公。文卒,謚爲孟嘗君。諸子爭立,而齊魏共滅薛。孟嘗絶嗣無後也。初,馮驩聞孟嘗君好客,躡蹻而見之。孟嘗君曰;「先生遠辱,何以教文也?」馮驩曰:「聞君好士,以貧身歸於君。」孟嘗君置傳舍十日,孟嘗君問傳舍長曰:「客何所爲?」答曰:「馮先生甚貧,猶有一劍耳,又蒯緱。彈其劍而歌曰『長鋏歸來乎,食無魚』。」孟嘗君遷之幸舍,食有魚矣。五日,又問傳舍長。答曰:「客復彈劍而歌曰『長鋏歸來乎,出無輿』。」孟嘗君遷之代舍,出入乘輿車矣。五日,孟嘗君復問傳舍長。舍長答曰:「先生又嘗彈劍而歌曰『長鋏歸來乎,無以爲家』。」孟嘗君不悅。居朞年,馮驩無所言。孟嘗君時相齊,封萬戸於薛。其食客三千人。邑入不足以奉客,使人出錢於薛。歳餘不入,貸錢者多不能與其息,客奉將不給。孟嘗君憂之,問左右:「何人可使收債於薛者?」傳舍長曰:「代舍客馮公形容狀貌甚辯,長者,無他伎能,宜可令收債。」

新字:於是穰侯言於秦昭王伐斉,而呂礼亡。後斉湣王滅宋,益驕,欲去孟嘗君。孟嘗君恐,乃如魏。魏昭王以為相,西合於秦、趙,与燕共伐破斉。斉湣王亡在莒,遂死焉。斉襄王立,而孟嘗君中立於諸侯,無所属。斉襄王新立,畏孟嘗君,与連和,復親薛公。文卒,謚為孟嘗君。諸子争立,而斉魏共滅薛。孟嘗絶嗣無後也。初,馮驩聞孟嘗君好客,躡蹻而見之。孟嘗君曰;「先生遠辱,何以教文也?」馮驩曰:「聞君好士,以貧身帰於君。」孟嘗君置伝舎十日,孟嘗君問伝舎長曰:「客何所為?」答曰:「馮先生甚貧,猶有一剣耳,又蒯緱。弾其剣而歌曰『長鋏帰来乎,食無魚』。」孟嘗君遷之幸舎,食有魚矣。五日,又問伝舎長。答曰:「客復弾剣而歌曰『長鋏帰来乎,出無輿』。」孟嘗君遷之代舎,出入乗輿車矣。五日,孟嘗君復問伝舎長。舎長答曰:「先生又嘗弾剣而歌曰『長鋏帰来乎,無以為家』。」孟嘗君不悦。居朞年,馮驩無所言。孟嘗君時相斉,封万戸於薛。其食客三千人。邑入不足以奉客,使人出銭於薛。歳余不入,貸銭者多不能与其息,客奉将不給。孟嘗君憂之,問左右:「何人可使収債於薛者?」伝舎長曰:「代舎客馮公形容状貌甚弁,長者,無他伎能,宜可令収債。」

書き下し

是に於いて穣侯、秦の昭王に斉を伐たんことを言ひ、而して呂礼亡ぐ。後に斉の湣王宋を滅ぼし、益々驕り、孟嘗君を去らんと欲す。孟嘗君恐れ、乃ち魏に如く。魏の昭王以て相と為し、西のかた秦・趙に合し、燕と共に斉を伐ち破る。斉の湣王亡げて莒に在り、遂に焉に死す。斉の襄王立ち、而して孟嘗君は諸侯に中立して、属する所無し。斉の襄王新たに立ち、孟嘗君を畏れ、与に連和し、また薛公に親しむ。文卒し、謚して孟嘗君と為す。諸子立たんことを争ひ、而して斉・魏共に薛を滅ぼす。孟嘗は嗣を絶ちて後無きなり。初め、馮驩、孟嘗君の客を好むを聞き、蹻を躡みてこれに見ゆ。孟嘗君曰く、「先生遠く辱くす、何を以て文に教へんとするや」と。馮驩曰く、「君の士を好むを聞き、貧しき身を以て君に帰す」と。孟嘗君、伝舎に置くこと十日、孟嘗君、伝舎の長に問ひて曰く、「客は何をか為す」と。答へて曰く、「馮先生甚だ貧しく、猶ほ一剣有るのみ、また蒯緱なり。その剣を弾じて歌ひて曰く『長鋏帰来せんか、食に魚無し』と」と。孟嘗君これを幸舎に遷す、食に魚有り。五日にして、また伝舎の長に問ふ。答へて曰く、「客また剣を弾じて歌ひて曰く『長鋏帰来せんか、出づるに輿無し』と」と。孟嘗君これを代舎に遷す、出入に輿車に乗る。五日にして、孟嘗君また伝舎の長に問ふ。舎長答へて曰く、「先生また嘗て剣を弾じて歌ひて曰く『長鋏帰来せんか、以て家を為むる無し』と」と。孟嘗君悦ばず。居ること朞年、馮驩言ふ所無し。孟嘗君時に斉に相たり、万戸を薛に封ぜらる。その食客三千人。邑の入は以て客を奉ずるに足らず、人をして銭を薛に出ださしむ。歳余にして入らず、銭を貸る者多くはその息を与ふること能はず、客の奉将に給せざらんとす。孟嘗君これを憂へ、左右に問ふ、「何人か薛に債を収めしむべき者ぞ」と。伝舎の長曰く、「代舎の客馮公は形容状貌甚だ弁(べん)ず、長者にして、他の伎能無し、宜しく債を収めしむべし」と。

現代語訳

そこで穣侯は秦の昭王に斉を討つよう進言し、呂礼は逃亡した。後に斉の湣王は宋を滅ぼし、ますます驕り高ぶって、孟嘗君を追い払おうとした。孟嘗君は恐れて魏へ行った。魏の昭王は彼を宰相とし、孟嘗君は西の秦・趙と結び、燕と共に斉を討って破った。斉の湣王は逃げて莒にいたが、そのままそこで死んだ。斉の襄王が即位したが、孟嘗君は諸侯の間で中立を保ち、どこにも属さなかった。斉の襄王は即位したばかりで孟嘗君を恐れ、和睦して、再び薛公と親しくした。文(孟嘗君)が亡くなると、孟嘗君と諡された。息子たちが跡目を争い、斉と魏が共に薛を滅ぼした。こうして孟嘗君の家は跡継ぎが絶えて、子孫がいなくなった。さて、かつて馮驩は、孟嘗君が食客を好むと聞いて、草鞋ばきで会いに来た。孟嘗君は言った。「先生は遠くからわざわざお越しくださったが、私に何を教えてくださるのか。」馮驩は言った。「あなたが士を好むと聞いて、貧しい身を寄せに来ただけだ。」孟嘗君は彼を伝舎(下等の宿舎)に置いた。十日たって孟嘗君は伝舎の長に尋ねた。「あの客は何をしているか。」長は答えた。「馮先生はたいへん貧しく、ただ剣が一振りあるだけで、その柄も縄を巻いたものだ。その剣をたたきながら『長い剣よ、帰ろうか、食事に魚もない』と歌っている。」孟嘗君は彼を幸舎(中等の宿舎)に移し、食事に魚がつくようになった。五日たって、また伝舎の長に尋ねた。長は答えた。「あの客はまた剣をたたいて『長い剣よ、帰ろうか、出かけるのに車もない』と歌っている。」孟嘗君は彼を代舎(上等の宿舎)に移し、出入りに車に乗れるようにした。五日たって、孟嘗君はまた伝舎の長に尋ねた。長は答えた。「先生はまた剣をたたいて『長い剣よ、帰ろうか、家を養うすべもない』と歌っている。」孟嘗君は不機嫌になった。一年たっても、馮驩は何も献策しなかった。孟嘗君はそのころ斉の宰相で、薛に一万戸の封地を持っていた。その食客は三千人いた。領地の収入では食客を養うのに足りず、人をやって薛で金を貸し付けさせた。一年あまりたっても利息が入らず、借りた者の多くは利息を払えず、食客の手当も賄えなくなりそうになった。孟嘗君はこれを憂えて、側近に尋ねた。「誰か薛へ行って貸した金を取り立てさせるのによい者はいないか。」伝舎の長が言った。「代舎の客の馮公は、見た目も弁も立ち、年配の落ち着いた人で、ほかに取り柄はないが、取り立てにはちょうどよいだろう。」

解説

孟嘗君の晩年と一族の滅亡、そして食客馮驩の登場を描いた段です。宋を滅ぼして驕った湣王に追われた孟嘗君は、魏の宰相となって燕などと斉を攻め、湣王は莒で死にました。孟嘗君は中立を保って生涯を終えますが、死後は息子たちの跡目争いに乗じて斉と魏に薛を滅ぼされ、家は絶えてしまいます。後半は時をさかのぼり、「長鋏帰来せんか」で知られる馮驩の話になります。草鞋ばきでやって来た馮驩は、剣をたたいて「魚がない」「車がない」「家を養えない」と待遇の不満を歌い、孟嘗君はそのたびに待遇を上げましたが、三度目には不機嫌になります。一年間何もしなかった馮驩が、借金の取り立て役に推されるところで段は終わり、次に有名な「券を焼く」話へ続きます。要求ばかり多い新人の真価が、任せてみて初めて分かることもあると考えさせる導入です。

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