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史記 / 蘇秦列伝

初,蘇秦之燕,貸人百錢為資,乃得富貴,以百金償之。遍報諸所嘗見德者。其從者有一人獨未得報,乃前自言。蘇秦曰:「我非忘子。子之與我至燕,再三欲去我易水之上,方是時,我困,故望子深,是以後子,子今亦得之矣。蘇秦既約六國從親,歸趙,趙肅侯封為武安君,乃投從約書於秦。秦兵不敢闚函谷關十五年。其後秦使犀首欺齊、魏,與共伐趙,欲敗從約。齊、魏伐趙,趙王讓蘇秦。蘇秦恐,請使燕,必報齊。蘇秦去趙而從約皆解。秦惠王以其女為燕太子婦。是歲,文侯卒,太子立,是為燕易王。易王初立,齊宣王因燕喪伐燕,取十城。易王謂蘇秦曰:「往日先生至燕,而先王資先生見趙,遂約六國從。今齊先伐趙,次至燕,以先生之故為天下笑,先生能為燕得侵地乎?」蘇秦大慚,曰:「請為王取之。」蘇秦見齊王,再拜,俯而慶,仰而弔。齊王曰:「是何慶弔相隨之速也?」蘇秦曰:「臣聞飢人所以飢而不食烏喙者,為其愈充腹而與餓死同患也。今燕雖弱小,即秦王之少壻也。大王利其十城而長與彊秦為仇。今使弱燕為鴈行而彊秦敝其後,以招天下之精兵,是食烏喙之類也。」齊王愀然變色曰:「然則奈何?」蘇秦曰:「臣聞古之善制事者,轉禍為福,因敗為功。

新字:初,蘇秦之燕,貸人百銭為資,乃得富貴,以百金償之。遍報諸所嘗見徳者。其従者有一人独未得報,乃前自言。蘇秦曰:「我非忘子。子之与我至燕,再三欲去我易水之上,方是時,我困,故望子深,是以後子,子今亦得之矣。蘇秦既約六国従親,帰趙,趙粛侯封為武安君,乃投従約書於秦。秦兵不敢闚函谷関十五年。其後秦使犀首欺斉、魏,与共伐趙,欲敗従約。斉、魏伐趙,趙王譲蘇秦。蘇秦恐,請使燕,必報斉。蘇秦去趙而従約皆解。秦恵王以其女為燕太子婦。是歳,文侯卒,太子立,是為燕易王。易王初立,斉宣王因燕喪伐燕,取十城。易王謂蘇秦曰:「往日先生至燕,而先王資先生見趙,遂約六国従。今斉先伐趙,次至燕,以先生之故為天下笑,先生能為燕得侵地乎?」蘇秦大慚,曰:「請為王取之。」蘇秦見斉王,再拝,俯而慶,仰而弔。斉王曰:「是何慶弔相随之速也?」蘇秦曰:「臣聞飢人所以飢而不食烏喙者,為其愈充腹而与餓死同患也。今燕雖弱小,即秦王之少壻也。大王利其十城而長与彊秦為仇。今使弱燕為鴈行而彊秦敝其後,以招天下之精兵,是食烏喙之類也。」斉王愀然変色曰:「然則奈何?」蘇秦曰:「臣聞古之善制事者,転禍為福,因敗為功。

書き下し

初め、蘇秦の燕に之くや、人に百銭を貸りて資と為す、乃ち富貴を得て、百金を以て之を償ふ。遍く諸々の嘗て徳とせらるる所の者に報ゆ。其の従者に一人独り未だ報を得ざる者有り、乃ち前みて自ら言ふ。蘇秦曰く、「我子を忘るるに非ず。子の我と燕に至るや、再三我を易水の上に去らんと欲す、是の時に方りて、我困しむ、故に子を望むこと深し、是を以て子を後にす、子今亦之を得たり。蘇秦既に六国を約して従親せしめ、趙に帰る、趙の粛侯封じて武安君と為す、乃ち従約の書を秦に投ず。秦の兵敢へて函谷関を闚はざること十五年。其の後秦犀首をして斉・魏を欺かしめ、与に共に趙を伐ち、従約を敗らんと欲す。斉・魏趙を伐つ、趙王蘇秦を譲む。蘇秦恐れ、燕に使ひして、必ず斉に報いんことを請ふ。蘇秦趙を去りて従約皆解く。秦の恵王其の女を以て燕の太子の婦と為す。是の歳、文侯卒し、太子立つ、是れ燕の易王為り。易王初めて立つに、斉の宣王燕の喪に因りて燕を伐ち、十城を取る。易王蘇秦に謂ひて曰く、「往日先生燕に至り、而して先王先生に資して趙に見えしめ、遂に六国を約して従はしむ。今斉先づ趙を伐ち、次いで燕に至る、先生の故を以て天下の笑ひと為る、先生能く燕の為に侵地を得んか」と。蘇秦大いに慚ぢて、曰く、「請ふ王の為に之を取らん」と。蘇秦斉王に見え、再拝し、俯して慶し、仰ぎて弔す。斉王曰く、「是れ何ぞ慶弔の相随ふことの速やかなるや」と。蘇秦曰く、「臣聞く、飢人の飢うる所以にして烏喙を食らはざる者は、其の愈々腹を充たして餓死と患ひを同じくするが為なりと。今燕弱小なりと雖も、即ち秦王の少壻なり。大王其の十城を利として長く彊秦と仇を為す。今弱燕をして鴈行を為さしめ、彊秦其の後に敝ひ、以て天下の精兵を招く、是れ烏喙を食らふの類なり」と。斉王愀然として色を変じて曰く、「然らば則ち奈何せん」と。蘇秦曰く、「臣聞く、古の善く事を制する者は、禍を転じて福と為し、敗に因りて功と為すと。

現代語訳

これより先、蘇秦は燕へ行くとき、人から百銭を借りて旅費にした。富貴を得てから、百金を払ってこれを返した。かつて恩を受けた人々には、あまねく恩返しをした。ところが従者の中にただ一人、まだ報いを受けていない者がいて、進み出て自ら申し出た。蘇秦は言った。「わたしはおまえを忘れたわけではない。おまえはわたしと燕へ行く途中、易水のほとりで二度三度とわたしを見捨てて去ろうとした。あのときわたしは困窮しており、だからこそおまえに深く期待していた。それで後回しにしたのだ。だがおまえも今、報いを受け取るがよい。」蘇秦は六国に合従の盟約を結ばせると、趙に帰った。趙の粛侯は彼を武安君に封じた。蘇秦は合従の盟約書を秦に送りつけた。秦の兵はそれから十五年、あえて函谷関から外をうかがおうとしなかった。その後、秦は犀首(公孫衍)に斉と魏を欺かせ、ともに趙を討たせて合従の盟約を破ろうとした。斉と魏が趙を討つと、趙王は蘇秦を責めた。蘇秦は恐れて、燕へ使いに行き、必ず斉に報復すると願い出た。蘇秦が趙を去ると、合従の盟約はすべて崩れた。秦の恵王は自分の娘を燕の太子の妻とした。この年、燕の文侯が亡くなり、太子が立った。これが燕の易王である。易王が即位したばかりのとき、斉の宣王は燕の喪中に乗じて燕を討ち、十の城を奪った。易王は蘇秦に言った。「以前、先生が燕に来られたとき、先王は先生に資金を与えて趙王に会わせ、ついに六国に合従の盟約を結ばせた。ところがいま、斉はまず趙を討ち、次に燕に攻めてきた。先生のせいで、燕は天下の笑い者になった。先生は燕のために奪われた土地を取り戻せるか。」蘇秦は大いに恥じて言った。「王のために取り戻そう。」蘇秦は斉王に会うと、再拝し、うつむいてお祝いを述べ、仰ぎ見てお悔やみを述べた。斉王は言った。「お祝いとお悔やみが続くとは、何と慌ただしいことか。」蘇秦は言った。「わたしは、飢えた人が飢えていても烏喙(うかい、とりかぶと)を食べないのは、腹が満たされるほど、餓死と同じ禍いになるからだ、と聞いている。いま燕は弱小ではあるが、秦王の若い娘婿である。大王は十の城を得たことを利として、これから長く強い秦と仇同士になる。いま弱い燕を先鋒の雁の列として立たせ、強い秦がその後ろに控えて、天下の精兵を招き寄せることになる。これは烏喙を食べるのと同じようなものだ。」斉王はさっと憂い顔になり、顔色を変えて言った。「それならどうすればよいのか。」蘇秦は言った。「わたしは、昔の事をうまく処理した者は、禍いを転じて福となし、失敗によって功を立てた、と聞いている。

解説

合従成立後の蘇秦の歩みと、その崩壊、そして巻き返しを描く段です。冒頭の、恩を受けた人に報いる際、窮地で自分を見捨てようとした従者を後回しにした逸話は、蘇秦の人情と計算の両面を示します。合従の盟約書を秦に送りつけると、秦は十五年函谷関を出なかったとされますが、秦の謀略で斉・魏が趙を攻めると同盟はあっけなく崩れ、蘇秦は燕に逃れます。さらに斉が燕の喪中に十城を奪い、燕王に「先生のせいで天下の笑い者だ」と責められた蘇秦は、斉王の前で祝いと弔いを同時に述べるという奇策に出ます。燕は秦王の娘婿であり、燕の城を取ることは秦を敵に回す「とりかぶとを食べる」ようなものだと説くのです。目先の利益の裏にある長期の危険を指摘し、「禍を転じて福と為す」と続ける交渉術が見どころです。

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