長短経 / 七雄略
齊宣王因燕衰伐燕、取十城。燕易王謂蘓秦曰、「先生能為燕得侵地乎?」秦曰、「請為王取之。」遂如齊、見齊王、拜而慶、仰而弔。齊王曰、「是何慶弔相隨之速也?」蘓秦曰、「臣聞、饑人之所以饑而不食烏喙者、為其愈充腹而與死人同患也。今燕雖小弱、即秦之女壻也。大王利其十城而長與强秦為仇。今使弱燕為鴈行、而强秦推其後、是食烏喙之類也。」齊王曰、「然則奈何?」蘓秦曰、「臣聞、古之善制事者、轉禍而為福、因敗而為功。大王誠能聽臣、歸燕十城、燕必大喜。秦王知以己之故而歸燕之十城、亦必喜。此所謂棄仇讐而結碩友也。」齊王曰、「善。」於是歸燕十城。〕蘓秦如趙〔趙之先與秦同祖、周繆王使造父御、破徐偃王、乃賜造父以趙城、趙氏世為晉卿也。、〕
新字:斉宣王因燕衰伐燕、取十城。燕易王謂蘓秦曰、「先生能為燕得侵地乎?」秦曰、「請為王取之。」遂如斉、見斉王、拝而慶、仰而弔。斉王曰、「是何慶弔相随之速也?」蘓秦曰、「臣聞、饑人之所以饑而不食烏喙者、為其愈充腹而与死人同患也。今燕雖小弱、即秦之女壻也。大王利其十城而長与強秦為仇。今使弱燕為鴈行、而強秦推其後、是食烏喙之類也。」斉王曰、「然則奈何?」蘓秦曰、「臣聞、古之善制事者、転禍而為福、因敗而為功。大王誠能聴臣、帰燕十城、燕必大喜。秦王知以己之故而帰燕之十城、亦必喜。此所謂棄仇讐而結碩友也。」斉王曰、「善。」於是帰燕十城。〕蘓秦如趙〔趙之先与秦同祖、周繆王使造父御、破徐偃王、乃賜造父以趙城、趙氏世為晋卿也。、〕
書き下し
斉の宣王、燕の衰うるに因りて燕を伐ち、十城を取る。燕の易王、蘇秦に謂いて曰く「先生、能く燕の為に侵地を得んか」と。秦曰く「請う、王の為に之を取らん」と。遂に斉に如き、斉王に見え、拝して慶し、仰ぎて弔す。斉王曰く「是れ何ぞ慶弔相い随うことの速やかなるや」と。蘇秦曰く「臣聞く、饑人の饑えて烏喙を食らわざる所以の者は、其の愈々腹を充たして死人と患いを同じくするが為なり、と。今、燕は小弱なりと雖も、即ち秦の女婿なり。大王、其の十城を利として長く強秦と仇と為る。今、弱燕をして雁行と為し、強秦をして其の後を推さしむ。是れ烏喙を食らうの類なり」と。斉王曰く「然らば則ち奈何」と。蘇秦曰く「臣聞く、古の善く事を制する者は、禍を転じて福と為し、敗に因りて功と為す、と。大王、誠に能く臣に聴かば、燕に十城を帰せ。燕、必ず大いに喜ばん。秦王、己の故を以て燕の十城を帰すを知らば、亦た必ず喜ばん。此れ所謂仇讐を棄てて碩友を結ぶなり」と。斉王曰く「善し」と。是に於て燕に十城を帰す。〉蘇秦、趙に如く。〈趙の先は秦と祖を同じくす。周の繆王、造父をして御せしめ、徐の偃王を破る。乃ち造父に賜うに趙城を以てす。趙氏、世々晋の卿と為るなり。〉
現代語訳
斉の宣王は燕が衰えたのに乗じて燕を伐ち、十の城を取った。燕の易王は蘇秦に言った。「先生は燕のために侵された土地を取り戻せるか」。蘇秦は「王のために取ってまいりましょう」と言った。そして斉へ行き、斉王に会うと、拝して祝い、顔を上げて弔った。斉王は言った。「祝いと弔いがこんなに早く続くのはなぜか」。蘇秦は言った。「臣が聞くところでは、飢えた人が飢えていても烏喙を食べないのは、腹が満ちるほど死者と同じ患いに近づくからです。いま燕は小さく弱いが、秦王の娘婿です。大王は十の城を利として、長く強い秦と仇になる。弱い燕を雁の列の先頭にして、強い秦がその後ろから押すことになる。これは烏喙を食べるのと同類です」。斉王は言った。「ではどうすればよい」。蘇秦は言った。「臣が聞くところでは、昔よく事を制した者は、禍を転じて福とし、敗れたことを功に変えた、といいます。大王が私の言うことを聞いて燕に十の城を返せば、燕は必ず大いに喜ぶ。秦王は自分のために燕の十城を返したと知れば、やはり喜ぶ。これがいわゆる仇を棄てて堅い友を結ぶことです」。斉王は「もっともだ」と言い、燕に十城を返した。〉蘇秦は趙へ行った。〈趙の先祖は秦と祖を同じくする。周の繆王が造父に御者をさせ、徐の偃王を破った。そこで造父に趙城を与えた。趙氏は代々晋の卿となった。〉
解説
この章句が説くこと
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戦国策・燕文公時燕の文公の時、秦の惠王其の女を以て燕の太子の婦と為す。文公卒し、易王立つ。齊の宣王燕の喪に因りて之を攻め、十城を取る。武安君蘇秦、燕の為に齊王に說き、再拜して賀し、因りて仰ぎて弔す。齊王戈を桉じて卻きて曰く、「此れ一に何ぞ慶弔の相隨うことの速やかなるや」と。對えて曰く、「人の飢えて烏喙を食らわざる所以の者は、偷かに腹を充たすと雖も、死と患を同じくすればなりと為せばなり。今燕弱小なりと雖も、強秦の少婿なり。王其の十城を利として、深く強秦と仇を為す。今弱燕をして鴈行を為さしめ、強秦其の後を制し、以て天下の精兵を招く、此れ烏喙を食らうの類なり」と。齊王曰く、「然らば則ち柰何せん」と。對えて曰く、「聖人の事を制するや、禍を轉じて福と為し、敗に因りて功と為す。故に桓公は婦人を負いて名益尊く、韓獻は罪を開きて交愈固し、此れ皆禍を轉じて福と為し、敗に因りて功と為す者なり。王能く臣を聽かば、燕の十城を歸し、辭を卑くして以て秦に謝するに如くは莫し。秦、王の己の故を以て燕城を歸すを知らば、秦必ず王を德とせん。燕故無くして十城を得ば、燕も亦王を德とせん。是れ強仇を棄てて厚交を立つるなり。且つ夫れ燕・秦の俱に齊に事うれば、則ち大王號令して天下皆從わん。是れ王虛辭を以て秦に附き、十城を以て天下を取るなり。此れ霸王の業なり。所謂禍を轉じて福と為し、敗に因りて功を成す者なり」と。齊王大いに說び、乃ち燕城を歸す。金千斤を以て其の後を謝し、塗中に頓首し、兄弟と為らんことを願いて罪を秦に請う。
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『長短経』詭信斉、燕を伐ちて十城を得。燕王、蘇秦をして斉に説かしめ、斉は燕に十城を帰す。蘇秦燕に還る。人或いは之を毀りて曰く「蘇秦は左右に国を売る、反覆の臣なり。将に乱を作さんとす」と。燕王意に之を疎んじ、捨てて用いず。蘇秦罪を被らんことを恐れ、入りて王に見えて曰く「臣は東周の鄙人なり。尺寸の功無くして、王親ら之を廟に拝し、之を庭に礼す。今、臣は王の為に斉の兵を却け、而して功は十城を得たり。宜しく以て益々親しむべし。今来たりて王臣を官せざる者は、人必ず不信を以て臣を王に傷つくる者有らん。且つ臣の不信は、王の福なり〔燕王も亦た嘗て蘇代に謂いて曰く「寡人甚だ訑者の言を喜ばず」と。代対えて曰く「周の地は媒を賤しむ。其の両誉するが為なり。男家に之きては女美しと曰い、女家に之きては男富めりと曰う。然れども周の俗は、自ら妻を娶らず。且つ夫れ処女媒無くんば、老いて且つ嫁がず。媒を舎てて自ら衒えば、弊れて售れず。順にして毀無く、則ち售れて弊れざる者は、惟だ媒のみ。且つ事は権に非ずんば立たず、勢いに非ずんば成らず。夫れ人をして坐して成事を受けしむる者は、惟だ訑のみ」と。訑は、音土和の反〕。
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『長短経』七雄略夫れ趙王の狼戻にして親無きは、大王の明らかに見る所なり。且つ趙を以て親しむべしと為すか。趙は兵を興して燕を攻め、再び燕の都を囲みて大王を劫かし、大王は十城を割きて以て謝す。今、趙王は已に澠池に入朝し、河間を効して以て秦に事う。今、大王秦に事えずんば、秦は甲を雲中・九原に下し、趙を駆りて燕を攻めしめん。則ち易水・長城は王の有に非ざらん。今、王秦に事えば、秦王必ず喜び、趙は敢えて妄りに動かず。是れ西に強秦の援有りて、南に斉・趙の患い無きなり。是の故に、願わくは大王之を熟計せよ」と。燕王、張儀に聴く。張儀帰りて秦に報ず。
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『長短経』七雄略蘇秦、初めて縦を合し、燕に至る。〈周の武、殷を定め、召公を燕に封ず。六国と並びに王と称す。〉燕の文侯に説きて曰く「燕は東に朝鮮・遼東有り、北に林胡・楼煩有り、西に雲中・九原有り、南に呼沲・易水有り。地は方二千余里、帯甲数十万、車六百乗、騎六千匹、粟は数年を支う。南に碣石・雁門の饒有り、北に棗栗の利有り。民、田作せずと雖も、棗栗に足る。此れ所謂天府なる者なり。夫れ安楽無事にして、覆軍殺将を見ざるは、燕に過ぐるもの無し。大王、其の然る所以を知るか。夫れ燕の寇を犯され甲兵を被らざる所以の者は、趙の為に其の南を蔽うを以てなり。秦・趙相い斃れて、王、全燕を以て其の後を制す。此れ寇を犯されざる所以なり。
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『長短経』七雄略且つ夫れ秦の燕を攻むるや、雲中・九原を踰え、代・上谷を過ぎ〈今の易州なり。〉地を弥ること数千里。燕城を得と雖も、秦の計、固より守る能わざるなり。秦の燕を害する能わざるも亦た明らかなり。今、趙の燕を攻むるや、号を発し令を出だし、十日に至らずして、数十万の軍、東垣に軍せん。呼沲を渡り易水を渉れば、四五日に至らずして、国都に距らん。故に曰く、秦の燕を攻むるや、千里の外に戦い、趙の燕を攻むるや、百里の内に戦う、と。夫れ百里の患いを憂えずして、千里の外に重んずるは、計、此より過ぐるは無し。是の故に、願わくは大王、趙と従親し、天下一と為らば、則ち燕国、必ず事無からん」と。燕の文侯、之を許す。
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戦国策・秦并趙北向迎燕秦趙を并せ、北のかた燕に向かいて迎う。燕王之を聞き、人をして秦王を賀せしむ。使者趙を過ぐるに、趙王之を繋ぐ。使者曰く、「秦・趙一と為れば、天下服せん。茲の趙に命を受くる所以の者は、秦の為なり。今臣秦に使いするに、趙之を繋げば、是れ秦・趙郄有るなり。秦・趙郄有らば、天下必ず服せずして、燕命を受けざらん。且つ臣の秦に使いするは、趙の燕を伐つに妨げ無し」と。趙王以て然りと為して之を遣る。使者秦王に見えて曰く、「燕王窃かに秦の趙を并すを聞き、燕王使者をして千金を賀せしむ」と。秦王曰く、「夫れ燕無道なれば、吾趙をして之を有たしめん、子何ぞ賀するや」と。使者曰く、「臣聞く、趙の全かりし時、南は隣として秦と為り、北は曲陽を下して燕と為り、趙広さ三百里にして、秦と相距つこと五十余年なり、秦に反勝する能わざりし所以の者は、国小さくして地取る所無ければなり。今王趙をして北のかた燕を并せしめば、燕・趙力を同じくし、必ず復た秦に受けざらん。臣切に王が為に之を患う」と。秦王以て然りと為し、兵を起こして燕を救えり。