史記 / 孔子世家
子貢色作。孔子曰:「賜,爾以予為多學而識之者與?」曰:「然。非與?」孔子曰:「非也。予一以貫之。」
新字:子貢色作。孔子曰:「賜,爾以予為多学而識之者与?」曰:「然。非与?」孔子曰:「非也。予一以貫之。」
書き下し
子貢色作す。孔子曰く、「賜、爾予を以て多く学びて之を識る者と為すか」と。曰く、「然り。非なるか」と。孔子曰く、「非なり。予は一以て之を貫く」と。
現代語訳
子貢は(窮状に)顔色を変えて怒った。孔子は言った。「賜(子貢)よ、お前は私のことを、多くを学んでそれを覚えている者だと思っているのか」。子貢は言った。「そうだ。違うのか」。孔子は言った。「違う。私は一つのことでそれらを貫いているのだ」。
解説
陳と蔡の間で包囲され、食糧も尽きて弟子たちが病み倒れた「陳蔡の厄」の中の一場面です。苦境に憤る子貢に、孔子は「私を博識な物知りだと思っているのか。そうではない。一つの原理で全体を貫いているのだ」と語ります。同じ趣旨の言葉は『論語』衛霊公篇にあり、里仁篇では曾子が「一」を「忠恕(まごころと思いやり)」と説明しています。知識の量ではなく、根本の一本の筋があるからこそ、困窮の中でもぶれずにいられる。司馬遷はこの言葉を、孔子が最も追い詰められた場面に置きました。仕事でも、マニュアルやノウハウをいくら集めても、判断の軸となる一つの原則がなければ、危機のときに人は迷います。自分の仕事を貫く「一」は何かを問われる短い段です。
関連する章句
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論語・衛霊公篇子曰く、「賜や、女予を以て多く学びて之を識る者と為すか。」対えて曰く、「然り。非なるか。」曰く、「非なり。予は一以て之を貫く。」
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史記 孔子世家孔子陳蔡の間に在り、乃ち相与に徒役を発して孔子を野に囲む。行くを得ず、糧を絶つ。従者病み、能く興つもの莫し。孔子講誦弦歌して衰へず。子路慍りて見えて曰く、「君子も亦た窮すること有るか」と。孔子曰く、「君子固より窮す、小人窮すれば斯に濫る」と。
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史記 孔子世家子貢入りて見ゆ。孔子曰く、「賜、吾が道非なるか、吾何為れぞ此に於てする」と。子貢曰く、「夫子の道至って大なり、故に天下能く夫子を容るる莫し。夫子蓋ぞ少しく貶せざる」と。孔子曰く、「賜、良農能く稼ゑて能く穡を為さず、良工能く巧みにして能く順を為さず。君子能く其の道を脩め、綱して之を紀し、統して之を理むるも、能く容を為さず。今爾爾の道を脩めずして容を為すを求む。賜、爾の志遠からず」と。
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孔子家語・在厄孔子陳・蔡に厄す、従者七日食らわず。子貢賫す所の貨を以て、竊かに囲みを犯して出づ。糴を野人に告げ、米一石を得たり。顏回・仲由之を壌屋の下に炊ぐ。埃墨の飯中に堕つる有り、顏回取りて之を食らう。子貢井より之を望見し、悦ばず、以て食を竊むと為す。入りて孔子に問いて曰わく、「仁人廉士も、窮すれば節を改むるか。」孔子曰わく、「節を改めば、即ち何ぞ仁義に称せんや。」子貢曰わく、「回の若きは、其れ節を改めざるか。」子曰わく、「然り。」子貢飯する所を以て孔子に告ぐ。子曰わく、「吾回の仁為るを信ずること、久し。汝云う有りと雖も、以て疑わず。其れ或いは必ず故有らんか。汝止まれ、吾将に之を問わんとす。」顏回を召して曰わく、「疇昔予夢みて先人を見る、豈に或いは我を啓佑するか。子炊ぎて飯を進めよ、吾将に進めんとす。」対えて曰わく、「向に埃墨の飯中に堕つる有り、之を置かんと欲すれば則ち不潔なり、之を棄てんと欲すれば則ち惜しむ可し。回即ち之を食らう、祭る可からざるなり。」孔子曰わく、「然るか、吾も亦た之を食らわん。」顏回出づ、孔子顧みて二三子に謂いて曰わく、「吾の回を信ずるや、今日を待つに非ざるなり。」二三子、此に由りて乃ち之に服す。
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史記 仲尼弟子列伝端木賜は、衛の人、字は子貢。孔子より少きこと三十一歳。子貢は利口巧辞、孔子常に其の弁を黜く。問ひて曰く、「汝と回とは孰れか愈れる」と。対へて曰く、「賜や何ぞ敢へて回を望まん。回や一を聞きて以て十を知り、賜や一を聞きて以て二を知る」と。子貢既已に業を受け、問ひて曰く、「賜は何人ぞや」と。孔子曰く、「汝は器なり」と。曰く、「何の器ぞや」と。曰く、「瑚璉なり」と。陳子禽子貢に問ひて曰く、「仲尼焉にか学ぶ」と。子貢曰く、「文武の道未だ地に墜ちず、人に在り、賢者は其の大なる者を識り、不賢者は其の小なる者を識る、文武の道有らざる莫し。夫子焉にか学ばざらん、而して亦何の常師か之れ有らん」と。又問ひて曰く、「孔子是の国に適けば必ず其の政を聞く。之を求めたるか、抑々之を与へたるか」と。子貢曰く、「夫子は温・良・恭・倹・譲以て之を得たり。夫子の之を求むるや、其れ諸れ人の之を求むるに異なるか」と。子貢問ひて曰く、「富みて驕ること無く、貧しくして諂ふこと無きは、何如」と。孔子曰く、「可なり。貧しくして道を楽しみ、富みて礼を好むに如かず」と。
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孔子家語・在厄子路出で、子貢を召す。告ぐること子路の如し。子貢曰わく、「夫子の道至大なり、故に天下夫子を容るる能わず。夫子盍ぞ少しく貶せざる。」子曰わく、「賜よ。良農は稼うるに能くすれども、必ずしも穡むに能くせず。良工は巧みなるに能くすれども、順を為すに能くせず。君子は能く其の道を修め、綱して之を紀むれども、必ずしも其れ容れらるるに能くせず。今其の道を修めずして、其の容れらるるを求む。賜よ、爾が志広からず、思い遠からず。」子貢出で、顏回入る。問うこと亦た之の如し。顏回曰わく、「夫子の道至大なり、天下能く容るる莫し。然りと雖も、夫子推して之を行い、世我を用いざるは、国を有つ者の醜なり。夫子何ぞ病めんや。容れられずして、然る後君子を見わす。」孔子欣然として嘆じて曰わく、「是有るかな。顏氏の子よ、吾亦た爾をして多財ならしめば、吾爾が為に宰たらん。」
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