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史記 / 晋世家

祭地,地墳;與犬,犬死;與小臣,小臣死。驪姬泣曰:「太子何忍也!其父而欲弒代之,況他人乎?且君老矣,旦暮之人,曾不能待而欲弒之!」謂獻公曰:「太子所以然者,不過以妾及奚齊之故。妾願子母辟之他國,若早自殺,毋徒使母子爲太子所魚肉也。始君欲廢之,妾猶恨之;至於今,妾殊自失於此。」太子聞之,奔新城。獻公怒,乃誅其傅杜原款。或謂太子曰:「爲此藥者乃驪姬也,太子何不自辭明之?」太子曰:「吾君老矣,非驪姬,寢不安,食不甘。卽辭之,君且怒之。不可。」或謂太子曰:「可奔他國。」太子曰:「被此惡名以出,人誰内我?我自殺耳。」十二月戊申,申生自殺於新城。此時重耳、夷吾來朝。人或告驪姬曰:「二公子怨驪姬譖殺太子。」驪姬恐,因譖二公子:「申生之藥胙,二公子知之。」二子聞之,恐,重耳走蒲,夷吾走屈,保其城,自備守。初,獻公使士蒍爲二公子筑蒲、屈城,弗就。夷吾以告公,公怒士蒍。士蒍謝曰:「邊城少寇,安用之?」退而歌曰:「狐裘蒙茸,一國三公,吾誰適從!」卒就城。及申生死,二子亦歸保其城。二十二年,獻公怒二子不辭而去,果有謀矣,乃使兵伐蒲。蒲人之宦者勃鞮命重耳促自殺。重耳踰垣,宦者追斬其衣袪。重耳遂奔翟。使人伐屈,屈城守,不可下。

新字:祭地,地墳;与犬,犬死;与小臣,小臣死。驪姫泣曰:「太子何忍也!其父而欲弒代之,況他人乎?且君老矣,旦暮之人,曽不能待而欲弒之!」謂献公曰:「太子所以然者,不過以妾及奚斉之故。妾願子母辟之他国,若早自殺,毋徒使母子為太子所魚肉也。始君欲廃之,妾猶恨之;至於今,妾殊自失於此。」太子聞之,奔新城。献公怒,乃誅其傅杜原款。或謂太子曰:「為此薬者乃驪姫也,太子何不自辞明之?」太子曰:「吾君老矣,非驪姫,寝不安,食不甘。即辞之,君且怒之。不可。」或謂太子曰:「可奔他国。」太子曰:「被此悪名以出,人誰内我?我自殺耳。」十二月戊申,申生自殺於新城。此時重耳、夷吾来朝。人或告驪姫曰:「二公子怨驪姫譖殺太子。」驪姫恐,因譖二公子:「申生之薬胙,二公子知之。」二子聞之,恐,重耳走蒲,夷吾走屈,保其城,自備守。初,献公使士蒍為二公子筑蒲、屈城,弗就。夷吾以告公,公怒士蒍。士蒍謝曰:「辺城少寇,安用之?」退而歌曰:「狐裘蒙茸,一国三公,吾誰適従!」卒就城。及申生死,二子亦帰保其城。二十二年,献公怒二子不辞而去,果有謀矣,乃使兵伐蒲。蒲人之宦者勃鞮命重耳促自殺。重耳踰垣,宦者追斬其衣袪。重耳遂奔翟。使人伐屈,屈城守,不可下。

書き下し

地に祭れば、地墳(ふく)る。犬に与ふれば、犬死す。小臣に与ふれば、小臣死す。驪姫泣きて曰く、「太子何ぞ忍びなるや。其の父にして弑して之に代はらんと欲す。況んや他人をや。且つ君老いたり。旦暮の人なり。曾ち待つこと能はずして之を弑せんと欲す」と。献公に謂ひて曰く、「太子の然る所以は、妾及び奚斉の故を以てするに過ぎず。妾願はくは子母之を他国に辟けん。若しくは早く自殺せん。徒らに母子をして太子の魚肉とする所と為らしむること毋からん。始め君之を廃せんと欲するや、妾猶ほ之を恨む。今に至りて、妾殊に此に自失す」と。太子之を聞き、新城に奔る。献公怒り、乃ち其の傅杜原款を誅す。或ひと太子に謂ひて曰く、「此の薬を為る者は乃ち驪姫なり。太子何ぞ自ら辞して之を明らかにせざる」と。太子曰く、「吾が君老いたり。驪姫に非ずんば、寝ぬるも安からず、食らふも甘からず。即し之を辞せば、君且に之を怒らんとす。不可なり」と。或ひと太子に謂ひて曰く、「他国に奔るべし」と。太子曰く、「此の悪名を被りて以て出づれば、人誰か我を内れん。我自殺せんのみ」と。十二月戊申、申生新城に自殺す。此の時重耳・夷吾来朝す。人或いは驪姫に告げて曰く、「二公子驪姫の太子を譖殺せしを怨む」と。驪姫恐れ、因りて二公子を譖す、「申生の薬胙は、二公子之を知れり」と。二子之を聞きて恐れ、重耳は蒲に走り、夷吾は屈に走り、其の城を保ちて、自ら備へ守る。初め、献公士蒍をして二公子の為に蒲・屈の城を築かしむるも、就らず。夷吾以て公に告ぐ。公士蒍を怒る。士蒍謝して曰く、「辺城は寇少なし。安んぞ之を用ひん」と。退きて歌ひて曰く、「狐裘蒙茸たり、一国に三公あり、吾誰にか適従せん」と。卒に城を就す。申生の死するに及びて、二子も亦た帰りて其の城を保つ。二十二年、献公二子の辞せずして去るを怒り、果たして謀有りとし、乃ち兵をして蒲を伐たしむ。蒲人の宦者勃鞮重耳に命じて促して自殺せしめんとす。重耳垣を踰ゆ。宦者追ひて其の衣袪を斬る。重耳遂に翟に奔る。人をして屈を伐たしむ。屈の城守りて、下すべからず。

現代語訳

その肉を地面に供えると、地面が盛り上がった。犬に与えると、犬が死んだ。下働きの小臣に食べさせると、小臣も死んだ。驪姫は泣いて言った。「太子はなんとむごいことをするのか。実の父を殺して取って代わろうとするとは。まして他人ならなおさらだ。それに君はもうお年を召され、今日明日をも知れぬ身だ。それさえ待てずに殺そうとするとは」。さらに献公に言った。「太子がこんなことをするのは、ひとえに私と奚斉がいるためだ。どうか私たち母子をよその国へ逃がしてほしい。さもなくば早く自殺させてほしい。母子そろって、むざむざ太子の餌食にされたくはない。はじめ君が太子を廃そうとなさったとき、私はそれを恨めしく思った。今になって、私は自分の考えが大きく誤っていたことを思い知った」。太子はこれを聞いて新城に逃れた。献公は怒り、太子の守り役の杜原款を処刑した。ある人が太子に言った。「毒を仕込んだのは驪姫だ。太子はなぜ自ら弁明して真相を明らかにしないのか」。太子は言った。「わが君は年老いておられる。驪姫がいなければ、眠っても安らげず、食べてもおいしく感じられない。もし私が弁明すれば、君は驪姫に怒りを向けるだろう。それはできない」。またある人が太子に言った。「よその国へ逃げるべきだ」。太子は言った。「父殺しの汚名を着て国を出たところで、誰が私を受け入れてくれよう。自殺するほかない」。十二月戊申の日、申生は新城で自殺した。このとき重耳と夷吾が都に参朝していた。ある人が驪姫に告げた。「二人の公子は、驪姫が太子を讒言で死なせたことを恨んでいる」。驪姫は恐れて、二人の公子を中傷した。「申生の毒入りの肉のことは、二人の公子も知っていた」。二人はこれを聞いて恐れ、重耳は蒲に、夷吾は屈に逃げ帰り、それぞれの城に立てこもって守りを固めた。これより前、献公は士蒍に命じて二人の公子のために蒲と屈の城を築かせたが、なかなか完成しなかった。夷吾がそのことを献公に訴えると、献公は士蒍を責めた。士蒍は詫びて言った。「辺境の城には敵がめったに来ない。どうして急ぐ必要があろう」。そして退出すると、こう歌った。「狐の皮衣は毛が乱れ、一つの国に主が三人。私は誰に従えばよいのか」。それでもついに城を完成させた。申生が死ぬと、二人もそれぞれの城に戻って守りを固めたのである。二十二年、献公は、二人が挨拶もせずに去ったのはやはり謀反の企てがあるからだと怒り、兵を送って蒲を攻めさせた。蒲に来た宦官の勃鞮は、重耳にすぐ自殺するよう迫った。重耳は垣根を乗り越えて逃げ、宦官は追いかけてその袖を斬り落とした。重耳はそのまま翟に逃れた。献公は人を送って屈も攻めさせたが、屈の城は固く守られていて、落とすことができなかった。

解説

太子申生の死と、重耳・夷吾の逃亡を描く段です。毒入りの肉は地面を盛り上がらせ、犬と小臣を死なせ、驪姫は泣きながら「太子は父を殺そうとした」と訴えます。申生は、弁明すれば老いた父が驪姫を罰し、心の支えを失うことになるとして真相を語らず、父殺しの汚名を着て他国へ逃げることも拒み、自ら命を絶ちました。前に見た衛康叔世家の太史公曰で、司馬遷が衛の太子伋と並べて嘆いたのがこの申生です。驪姫の中傷は重耳と夷吾にも及び、二人はそれぞれの城に逃れます。士蒍が「一国に三公あり、誰に従えばよいのか」と歌ったのは、権力の中心が分裂した国の臣下の戸惑いをよく表しています。重耳は宦官に袖を斬られながらも垣根を越えて翟に逃れ、ここから十九年に及ぶ亡命が始まります。申生の生き方は美しくも痛ましく、声を上げずに身を引くことが本当に正しいのかを、今の私たちにも問いかけています。

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