史記 / 魯周公世家
康公九年卒,子匽立,是爲景公。景公二十九年卒,子叔立,是爲平公。是時六國皆稱王。平公十二年,秦惠王卒。二十二年,平公卒,子賈立,是爲文公。文公七年,楚懷王死于秦。二十三年,文公卒,子讎立,是爲頃公。頃公二年,秦拔楚之郢,楚頃王東徙于陳。十九年,楚伐我,取徐州。二十四年,楚考烈王伐滅魯。頃公亡,遷於下邑,爲家人,魯絕祀。頃公卒于柯。魯起周公至頃公,凡三十四世。太史公曰:余聞孔子稱曰『甚矣魯道之衰也!洙泗之閒齗齗如也』。觀慶父及叔牙閔公之際,何其亂也?隱桓之事;襄仲殺適立庶;三家北面爲臣,親攻昭公,昭公以奔。至其揖讓之禮則從矣,而行事何其戾也?
新字:康公九年卒,子匽立,是為景公。景公二十九年卒,子叔立,是為平公。是時六国皆称王。平公十二年,秦恵王卒。二十二年,平公卒,子賈立,是為文公。文公七年,楚懐王死于秦。二十三年,文公卒,子讎立,是為頃公。頃公二年,秦抜楚之郢,楚頃王東徙于陳。十九年,楚伐我,取徐州。二十四年,楚考烈王伐滅魯。頃公亡,遷於下邑,為家人,魯絶祀。頃公卒于柯。魯起周公至頃公,凡三十四世。太史公曰:余聞孔子称曰『甚矣魯道之衰也!洙泗之閒齗齗如也』。観慶父及叔牙閔公之際,何其乱也?隠桓之事;襄仲殺適立庶;三家北面為臣,親攻昭公,昭公以奔。至其揖譲之礼則従矣,而行事何其戻也?
書き下し
康公九年にして卒し、子の匽立つ。是れを景公と為す。景公二十九年にして卒し、子の叔立つ。是れを平公と為す。是の時、六国皆王と称す。平公の十二年、秦の恵王卒す。二十二年、平公卒し、子の賈立つ。是れを文公と為す。文公の七年、楚の懐王、秦に死す。二十三年、文公卒し、子の讎立つ。是れを頃公と為す。頃公の二年、秦、楚の郢を抜き、楚の頃王、東のかた陳に徙る。十九年、楚、我を伐ち、徐州を取る。二十四年、楚の考烈王、伐ちて魯を滅す。頃公亡げ、下邑に遷り、家人と為る。魯、祀を絶つ。頃公、柯に卒す。魯は周公より起りて頃公に至るまで、凡そ三十四世。太史公曰く、余聞く、孔子称して曰く「甚だしいかな、魯の道の衰へたるや。洙泗の間、齗齗如たり」と。慶父及び叔牙・閔公の際を観るに、何ぞ其れ乱れたるや。隠・桓の事、襄仲の適を殺して庶を立つること、三家北面して臣たるも、親ら昭公を攻め、昭公以て奔る。其の揖譲の礼に至りては則ち従へり。而るに事を行ふこと何ぞ其れ戻れるや。
現代語訳
康公は九年で亡くなり、子の匽(えん)が立った。これが景公である。景公は二十九年で亡くなり、子の叔が立った。これが平公である。このころ、六国(斉・楚・燕・韓・魏・趙)はみな王を称していた。平公の十二年、秦の恵王が亡くなった。二十二年、平公が亡くなり、子の賈が立った。これが文公である。文公の七年、楚の懐王が秦で死んだ。二十三年、文公が亡くなり、子の讎(しゅう)が立った。これが頃公である。頃公の二年、秦が楚の都の郢を攻め落とし、楚の頃襄王は東の陳に都を移した。十九年、楚が魯を攻め、徐州を奪った。二十四年、楚の考烈王が魯を攻めて滅ぼした。頃公は逃げて小さな邑に移り、一般の民となった。魯の祖先の祭りは途絶えた。頃公は柯で亡くなった。魯は周公から始まって頃公に至るまで、全部で三十四代であった。太史公(司馬遷)は言う。私はこう聞いている。孔子は言った。「なんとひどいことか、魯の道の衰えようは。洙水と泗水のあたり(魯の地)では、人々が言い争ってばかりいる」と。慶父や叔牙、閔公(湣公)のころを見ると、なんと乱れていたことか。隠公・桓公の事件、襄仲が正妻の子を殺して側室の子を立てたこと、三家は北を向いて臣下の位置にありながら、自ら昭公を攻め、昭公は国外に逃げた。挨拶や譲り合いの礼儀作法については従っているのに、実際の行いはなんと道理に背いていることだろう。
解説
関連する章句
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史記 魯周公世家抑々魯君、罪を鬼神に有するか。願はくは君且く待て」と。斉の景公之に従ふ。二十八年、昭公晋に如き、入らんことを求む。季平子、晋の六卿に私す。六卿、季氏の賂を受け、晋君を諫む。晋君乃ち止め、昭公を乾侯に居らしむ。二十九年、昭公鄆に如く。斉の景公、人をして昭公に書を賜はしめ、自ら『主君』と謂ふ。昭公之を恥ぢ、怒りて乾侯に去る。三十一年、晋、昭公を内れんと欲し、季平子を召す。平子、布衣跣行し、六卿に因りて罪を謝す。六卿為に言ひて曰く、「晋、昭公を内れんと欲するも、衆従はず」と。晋人止む。三十二年、昭公、乾侯に卒す。魯人共に昭公の弟宋を立てて君と為す。是れを定公と為す。定公立つ。趙簡子、史墨に問ひて曰く、「季氏亡びんか」と。史墨対へて曰く、「亡びず。季友は魯に大功有り、鄪を受けて上卿と為る。文子・武子に至りて、世々其の業を増す。魯の文公卒し、東門遂、適を殺して庶を立つ。魯君是に於て国政を失ふ。政は季氏に在ること、今に於て四君なり。民、君を知らず。何を以てか国を得ん。是を以て君為る者は器と名とを慎み、以て人に仮す可からず」と。定公の五年、季平子卒す。陽虎私に怒り、季桓子を囚へ、与に盟ひて、乃ち之を舎く。七年、斉、我を伐ち、鄆を取りて、以て魯の陽虎の邑と為し以て政に従はしむ。八年、陽虎、尽く三桓の適を殺し、而して更めて其の善くする所の庶子を立てて以て之に代へんと欲す。季桓子を載せて将に之を殺さんとす。桓子詐りて脱るるを得たり。三桓共に陽虎を攻む。陽虎、陽関に居る。九年、魯、陽虎を伐つ。陽虎斉に奔り、已にして晋の趙氏に奔る。十年、定公、斉の景公と夾谷に会す。孔子相事を行ふ。斉、魯君を襲はんと欲す。孔子、礼を以て階を歴し、斉の淫楽を誅す。斉侯懼れ、乃ち止め、魯の侵地を帰して過ちを謝す。十二年、仲由をして三桓の城を毀ち、其の甲兵を収めしむ。
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史記 魯周公世家孟氏、城を堕つるを肯ぜず。之を伐つも、克たずして止む。季桓子、斉の女楽を受く。孔子去る。十五年、定公卒し、子の将立つ。是れを哀公と為す。哀公の五年、斉の景公卒す。六年、斉の田乞、其の君孺子を弑す。七年、呉王夫差彊く、斉を伐ちて繒に至り、百牢を魯に徴す。季康子、子貢をして呉王及び太宰嚭に説かしめ、礼を以て之を詘せしむ。呉王曰く、「我は文身なり、礼を責むるに足らず」と。乃ち止む。呉、鄒の為に魯を伐ち、城下に至り、盟ひて去る。斉、我を伐ち、三邑を取る。十年、斉の南辺を伐つ。斉、魯を伐つ。季氏、冉有を用ひて功有り、孔子を思ふ。孔子、衛より魯に帰る。十四年、斉の田常、其の君簡公を徐州に弑す。孔子之を伐たんことを請ふも、哀公聴かず。十五年、子服景伯・子貢をして介と為して、斉に適かしむ。斉、我が侵地を帰す。田常初めて相たりて、諸侯に親しまんと欲す。十六年、孔子卒す。二十二年、越王句践、呉王夫差を滅す。二十七年春、季康子卒す。夏、哀公、三桓を患ひ、将に諸侯に因りて以て之を劫かさんと欲す。三桓も亦公の難を作さんことを患ふ。故に君臣間多し。公、陵阪に游び、孟武伯に街に遇ひて、曰く、「請ふ問ふ、余死に及ばんか」と。対へて曰く、「知らざるなり」と。公、越を以て三桓を伐たんと欲す。八月、哀公、陘氏に如く。三桓、公を攻む。公、衛に奔り、去りて鄒に如き、遂に越に如く。国人、哀公を迎へて復た帰らしむ。有山氏に卒す。子の寧立つ。是れを悼公と為す。悼公の時、三桓勝ち、魯は小侯の如く、三桓の家より卑し。十三年、三晋、智伯を滅し、其の地を分ちて之を有す。三十七年、悼公卒し、子の嘉立つ。是れを元公と為す。元公二十一年にして卒し、子の顕立つ。是れを穆公と為す。穆公三十三年にして卒し、子の奮立つ。是れを共公と為す。共公二十二年にして卒し、子の屯立つ。是れを康公と為す。
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史記 太史公自序柯の盟に背かずして、桓公以て昌え、諸侯を九合し、覇功顕彰す。田・闞寵を争ひ、姜姓解亡す。父の謀を嘉し、斉太公世家第二を作る。之に依り之に違ふも、周公之を綏んず。文徳を憤発し、天下之に和す。成王を輔翼し、諸侯周を宗とす。隠・桓の際、是れ独り何ぞや。三桓彊を争ひ、魯乃ち昌えず。旦の金縢を嘉し、周公世家第三を作る。武王紂に克ちて、天下未だ協はずして崩ず。成王既に幼く、管・蔡之を疑ひ、淮夷之に叛く。是に於いて召公徳を率ゐ、王室を安集し、以て東土を寧んず。燕噲の禅、乃ち禍乱を成す。甘棠の詩を嘉し、燕世家第四を作る。管・蔡は武庚を相け、将に旧商を寧んぜんとす。旦の摂政するに及び、二叔饗けず。鮮を殺し度を放ち、周公盟を為す。大任の十子、周以て宗彊し。仲の過ちを悔ゆるを嘉し、管蔡世家第五を作る。王后絶えず、舜禹是れ説ぶ。維れ徳休明にして、苗裔烈を蒙る。百世享祀し、爰に周の陳・杞、楚実に之を滅ぼす。斉田既に起こる。舜は何人ぞや。陳杞世家第六を作る。殷の余民を収め、叔封始めて邑す。申ぬるに商の乱を以てし、酒材是れ告ぐ。朔の生まるるに及び、衛頃くして寧からず。南子蒯聵を悪み、子父名を易ふ。周の徳卑微にして、戦国既に彊く、衛は小弱を以て、角独り後に亡ぶ。彼の康誥を喜び、衛世家第七を作る。嗟、箕子か。嗟、箕子か。正言用ひられず、乃ち反って奴と為る。武庚既に死し、周微子を封ず。襄公泓に傷つく、君子孰か称す。景公の謙徳、熒惑退行す。剔成暴虐にして、宋乃ち滅亡す。微子の太師に問ふを喜び、宋世家第八を作る。武王既に崩じ、叔虞唐に邑す。君子名を譏り、卒に武公に滅ぼさる。驪姫の愛、乱るる者五世。重耳意を得ず、乃ち能く覇を成す。六卿権を専らにし、晋国以て秏(へ)る。
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史記 魯周公世家懿公の九年、懿公の兄括の子伯御、魯人と懿公を攻め弑して、伯御を立てて君と為す。伯御即位して十一年、周の宣王、魯を伐ち、其の君伯御を殺し、而して魯の公子の能く諸侯を道順する者を問ひ、以て魯の後と為さんとす。樊穆仲曰く、「魯の懿公の弟称は、明神を粛恭し、耆老を敬事す。事を賦し刑を行ふには、必ず遺訓に問ひて固実に咨り、問ふ所を干さず、咨る所を犯さず」と。宣王曰く、「然り、能く其の民を訓治せん」と。乃ち称を夷宮に立つ。是れを孝公と為す。是より後、諸侯多く王命に畔く。孝公の二十五年、諸侯周に畔き、犬戎、幽王を殺す。秦始めて列して諸侯と為る。二十七年、孝公卒し、子の弗湟立つ。是れを恵公と為す。恵公の三十年、晋人、其の君昭侯を弑す。四十五年、晋人又其の君孝侯を弑す。四十六年、恵公卒し、長庶子息、摂して国に当り、君の事を行ふ。是れを隠公と為す。初め、恵公の適夫人子無く、公の賤妾声子、子息を生む。息長じ、為に宋に娶る。宋女至りて好し。恵公奪ひて自ら之を妻とす。子允を生む。宋女を登せて夫人と為し、允を以て太子と為す。恵公の卒するに及び、允の少きが為の故に、魯人共に息をして政を摂せしめ、即位を言はず。隠公の五年、漁を棠に観る。八年、鄭と天子の太山の邑祊及び許田とを易ふ。君子之を譏る。十一年冬、公子揮諂ひて隠公に謂ひて曰く、「百姓君を便とす。君其れ遂に立て。吾請ふ君の為に子允を殺さん。君、我を以て相と為せ」と。隠公曰く、「先君の命有り。吾、允の少きが為の故に、摂して代る。今、允長ぜり。吾方に菟裘の地を営みて老い、以て政を子允に授けんとす」と。揮、子允の聞きて反りて之を誅せんことを懼れ、乃ち反りて隠公を子允に譖して曰く、「隠公遂に立ちて、子を去らんと欲す。子其れ之を図れ。
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史記 秦本紀景公の母弟後子鍼寵有り。景公の母弟富む。或いは之を譖す。誅せられんことを恐れ、乃ち晋に奔る。車重千乗。晋の平公曰く、「后子富むこと此の如し、何を以て自ら亡ぐるや」と。対へて曰く、「秦公無道にして、誅を畏る。其の後世を待ちて乃ち帰らんと欲す」と。三十九年、楚の霊王彊く、諸侯を申に会し、盟主と為り、斉の慶封を殺す。景公立つこと四十年にして卒し、子哀公立つ。后子復た来たりて秦に帰る。哀公の八年、楚の公子棄疾霊王を弒して自立す。是を平王と為す。十一年、楚の平王来たりて秦の女を求めて太子建の妻と為さんとす。国に至るに、女好くして自ら之を娶る。十五年、楚の平王建を誅せんと欲す。建亡げ、伍子胥呉に奔る。晋の公室卑くして六卿彊く、内に相攻めんと欲す。是を以て久しく秦・晋相攻めず。三十一年、呉王闔閭伍子胥と楚を伐つ。楚王亡げて随に奔り、呉遂に郢に入る。楚の大夫申包胥来たりて急を告げ、七日食はず、日夜哭泣す。是に於て秦乃ち五百乗を発して楚を救ひ、呉の師を敗る。呉の師帰り、楚の昭王乃ち復た郢に入るを得たり。哀公立つこと三十六年にして卒す。太子夷公、夷公蚤く死して、立つを得ず。夷公の子を立つ。是を恵公と為す。恵公の元年、孔子魯の相事を行ふ。五年、晋の卿中行・范氏晋に反く。晋智氏・趙簡子をして之を攻めしむ。范・中行氏亡げて斉に奔る。恵公立つこと十年にして卒し、子悼公立つ。悼公の二年、斉の臣田乞其の君孺子を弒し、其の兄陽生を立つ。是を悼公と為す。六年、呉斉の師を敗る。斉人悼公を弒し、其の子簡公を立つ。九年、晋の定公呉王夫差と盟ひ、長を黄池に争ふ。卒に呉を先とす。呉彊く、中国を陵ぐ。十二年、斉の田常簡公を弒し、其の弟平公を立て、常之に相たり。十三年、楚陳を滅ぼす。
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史記 魯周公世家斉の恵公の二年、鄋瞞、斉を伐つ。斉の王子城父、其の弟栄如を獲て、其の首を北門に埋む。衛人、其の季弟簡如を獲たり。鄋瞞是に由りて遂に亡ぶ。十五年、季文子、晋に使す。十八年二月、文公卒す。文公に二妃有り。長妃は斉の女にして哀姜と為し、子悪及び視を生む。次妃は敬嬴、嬖愛せられ、子俀を生む。俀私かに襄仲に事ふ。襄仲之を立てんと欲す。叔仲、不可なりと曰ふ。襄仲、斉の恵公に請ふ。恵公新たに立ち、魯に親しまんと欲し、之を許す。冬十月、襄仲、子悪及び視を殺して俀を立つ。是れを宣公と為す。哀姜斉に帰り、哭して市を過ぎて、曰く、「天か。襄仲、不道を為し、適を殺して庶を立つ」と。市人皆哭す。魯人之を『哀姜』と謂ふ。魯是に由りて公室卑しく、三桓彊し。宣公俀の十二年、楚の荘王彊く、鄭を囲む。鄭伯降り、復た之を国せしむ。十八年、宣公卒し、子の成公黒肱立つ。是れを成公と為す。季文子曰く、「我をして適を殺して庶を立て大援を失はしめし者は、襄仲なり」と。襄仲、宣公を立て、公孫帰父寵有り。宣公、三桓を去らんと欲し、晋と謀りて三桓を伐たんとす。会々宣公卒す。季文子之を怨み、帰父、斉に奔る。成公の二年春、斉、伐ちて我が隆を取る。夏、公、晋の郤克と斉の頃公を鞍に敗り、斉復た我が侵地を帰す。四年、成公、晋に如く。晋の景公、魯を敬せず。魯、晋に背きて楚に合はんと欲す。或ひと諫め、乃ち不す。十年、成公、晋に如く。晋の景公卒す。因りて成公を留めて葬を送らしむ。魯之を諱む。十五年、始めて呉王寿夢と鐘離に会す。十六年、宣伯、晋に告げて、季文子を誅せんと欲す。文子に義有り、晋人許さず。十八年、成公卒し、子の午立つ。是れを襄公と為す。是の時、襄公三歳なり。襄公の元年、晋、悼公を立つ。往年冬、晋の欒書、其の君厲公を弑す。
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