論語 / 雍也篇
子曰:「觚不觚,觚哉!觚哉!」
書き下し
子曰く、觚、觚ならず。觚ならんや、觚ならんや。
現代語訳
先生がおっしゃった。「觚(かどのある酒杯)が、(今は)かどがなくなっている。これで觚と言えようか、觚と言えようか。」
解説
觚は稜のある酒器で、形そのものに節度の意味が込められていた。その形が崩れ、名前だけが残っている。孔子はそれを見て、名と実の乖離を嘆いた。短い嘆声の繰り返しに、言葉が空洞になっていく苛立ちが出ている。名前が残ったまま中身が変わるのは、器に限らない。会議、稟議、面談、理念。どれも最初は具体的な機能を持って始まり、やがて名前だけが受け継がれる。名前が同じなので、誰も変質に気づかない。むしろ名前が残っていることが、機能が生きている証拠のように扱われる。だから点検するときは、名前ではなく中身から入る必要がある。この面談は何のためにあるのか。答えられないなら、それはもう觚ではない。名を守ることと、実を守ることは別の作業である。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
名実形骸化觚点検言葉
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『長短経』定名夫れ理は心に得るも、言に非ずんば暢びず。物は彼に定まるも、言に非ずんば弁ぜず。言志を暢べざれば則ち以て相接する無く、名物を弁ぜざれば、則ち識鑒顕れず。其の所以を原ね、其の由る所を本づくるに、物に自然の名有り、理に必定の称有るに非ざるなり。其の実を弁ぜんと欲すれば、則ち其の名を殊にし、其の志を宣べんと欲すれば則ち其の称を立つ。故に之を称して曰く、道・徳・仁・義・礼・智・信と。
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尉繚子・兵令下諸そ大軍を去りて前禦の備へを為す者は、辺県列侯、各相去ること三五里。大軍の前禦の備へを為すを聞けば、戦へば則ち皆行くを禁ず、内を安んずる所以なり。内卒出でて戍れば、将吏をして旗鼓戈甲を授けしむ。発する日、将吏に後れ及び県の封界を出づる者は、後戍の法を以て坐す。兵辺を戍ること一歳、遂に亡げて代を候たざる者は、法亡軍に比す。父母妻子之を知れば、与に罪を同じくす。知らざれば、之を赦す。卒将吏に後れて大将の所に至ること一日なれば、父母妻子尽く罪を同じくす。卒逃げて家に帰ること一日、父母妻子捕執せず及び言はざれば、亦罪を同じくす。諸そ戦ひて其の将吏を亡ふ者、及び将吏卒を棄てて独り北ぐる者は、尽く之を斬る。前吏其の卒を棄てて北ぐるに、後吏能く之を斬りて其の卒を奪ふ者は、賞す。軍功無き者は、戍ること三歳。三軍大いに戦ひ、若し大将死して、従吏五百人以上敵に死する能はざれば、斬る。大将の左右近卒の陳中に在る者は、皆斬る。余の士卒軍功有る者は、一級を奪ふ。軍功無き者は、戍ること三歳。戦ひて伍人を亡ひ、及び伍人戦死して其の屍を得ざれば、同伍尽く其の功を奪ふ。其の屍を得れば、罪皆赦す。軍の利害は、国の名実に在り。今名は官に在りて、実は家に在り、官は其の実を得ず、家は其の名を得ず。卒を聚めて軍と為すも、空名有りて実無く、外は以て敵を禦ぐに足らず、内は以て国を守るに足らず、此れ軍の給せざる所以、将の威を奪はるる所以なり。臣以謂へらく、卒逃げ帰る者は、同舎の伍人及び吏罰して糧を入れて饒と為し、名づけて軍実と為す、是れ一軍の名有りて、二実の出有り、国内空虚にして、自ら民の歳を竭くす、曷ぞ以て奔北の禍を免れんや。今法を以て逃帰を止め、亡軍を禁ずるは、是れ兵の一勝なり。什伍相連なり、戦闘に及べば則ち卒吏相救ふは、是れ兵の二勝なり。
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