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翁問答 / 下卷之末

孝經曰、夫孝天之經也地之義也民之行也、天地之經而民是則之、とあれば經と權とおなじく道の總名なれば、經と權と辨ありと云は不可なり禮法と權とすこし辨ありといはんは可なり、しかれ共、禮法は本權道の節文なるによつて、時中にかなひて用れば、禮法即ち權也、時中にたがひて用ゆれば、權にそむきて非禮の禮となれば、畢竟禮の外に權なし、權の外に禮なし、禮と權と名義はすこし辨あれども、實は一理なり、よくよく玩味あるべし。

新字:孝経曰、夫孝天之経也地之義也民之行也、天地之経而民是則之、とあれば経と権とおなじく道の総名なれば、経と権と弁ありと云は不可なり礼法と権とすこし弁ありといはんは可なり、しかれ共、礼法は本権道の節文なるによつて、時中にかなひて用れば、礼法即ち権也、時中にたがひて用ゆれば、権にそむきて非礼の礼となれば、畢竟礼の外に権なし、権の外に礼なし、礼と権と名義はすこし弁あれども、実は一理なり、よくよく玩味あるべし。

書き下し

孝経に曰く、夫れ孝は天の経なり、地の義なり、民の行なり、天地の経にして民是れに則る、とあれば経と権とおなじく道の総名なれば、経と権と弁ありと云は不可なり礼法と権とすこし弁ありといはんは可なり、しかれ共、礼法は本権道の節文なるによつて、時中にかなひて用れば、礼法即ち権也、時中にたがひて用ゆれば、権にそむきて非礼の礼となれば、畢竟礼の外に権なし、権の外に礼なし、礼と権と名義はすこし弁あれども、実は一理なり、よくよく玩味あるべし。

現代語訳

『孝経』に「孝は天の経であり、地の義であり、民の行いである。天地の経であって、民はこれに則る」とあるのだから、経と権とは同じく道の総名であり、経と権に区別があると言うのは誤りである。礼法と権とに少し区別があると言うのはよい。しかし礼法はもともと権道の節文(ほどよく整えたもの)であるから、時中にかなって用いれば礼法がすなわち権であり、時中に背いて用いれば権に背いて礼にかなわぬ礼となる。結局、礼の外に権はなく、権の外に礼はない。礼と権とは名前の意味は少し違うが、実は一つの理である。よくよく味わうべきである。

解説

問答の結論部分である。藤樹は『孝経』三才章を引き、経もまた道の総名であるとして、経と権の区別そのものを退ける。礼法は権道をほどよく形にした「節文」であり、時中にかなえば礼法がそのまま権となり、時を外せば礼の形をした非礼になる。孝を天地の道とみる藤樹らしい論の運びである。同じ規則でも、状況に合えば生き、合わなければ害になる。規則を守るか破るかではなく、その場にかなっているかを問う姿勢が、形骸化した慣行を見直すときの基準になる。

この章句が説くこと

礼権時中孝経道形骸化

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