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史記 / 魯周公世家

其在髙宗,久勞于外,爲與小人,作其即位,乃有亮闇,三年不言,言乃讙,不敢荒寧,密靖殷國,至于小大無怨,故髙宗饗國五十五年。其在祖甲,不義惟王,久爲小人于外,知小人之依,能保施小民,不侮寡,故祖甲饗國三十三年。』多士稱曰:『自湯至于帝乙,無不率祀明德,帝無不配天者。在今後嗣王紂,誕淫厥佚,不顧天及民之從也。其民皆可誅。』『文王日中昃不暇食,饗國五十年。』作此以誡成王。成王在豐,天下已安,周之官政未次序,於是周公作周官,官別其宜,作立政,以便百姓。百姓說。周公在豐,病,將沒,曰:『必葬我成周,以明吾不敢離成王。』周公既卒,成王亦讓,葬周公於畢,從文王,以明予小子不敢臣周公也。

新字:其在高宗,久労于外,為与小人,作其即位,乃有亮闇,三年不言,言乃讙,不敢荒寧,密靖殷国,至于小大無怨,故高宗饗国五十五年。其在祖甲,不義惟王,久為小人于外,知小人之依,能保施小民,不侮寡,故祖甲饗国三十三年。』多士称曰:『自湯至于帝乙,無不率祀明徳,帝無不配天者。在今後嗣王紂,誕淫厥佚,不顧天及民之従也。其民皆可誅。』『文王日中昃不暇食,饗国五十年。』作此以誡成王。成王在豊,天下已安,周之官政未次序,於是周公作周官,官別其宜,作立政,以便百姓。百姓説。周公在豊,病,将没,曰:『必葬我成周,以明吾不敢離成王。』周公既卒,成王亦譲,葬周公於畢,従文王,以明予小子不敢臣周公也。

書き下し

其の高宗に在りては、久しく外に労し、小人と与に為る。其の即位するを作すや、乃ち亮闇有り、三年言はず。言へば乃ち讙ぶ。敢て荒寧せず、殷国を密靖し、小大に至るまで怨無し。故に高宗、国を饗くること五十五年。其の祖甲に在りては、王たるを不義とし、久しく外に小人為り、小人の依を知り、能く小民を保施し、寡を侮らず。故に祖甲、国を饗くること三十三年」と。多士に称して曰く、「湯より帝乙に至るまで、祀を率ひ徳を明らかにせざる無く、帝の天に配せざる者無し。今の後嗣の王紂に在りては、誕に厥の佚に淫し、天及び民の従ふ所を顧みず。其の民皆誅す可し」と。「文王は日中昃くまで食するに暇あらず、国を饗くること五十年」と。此を作りて以て成王を誡む。成王豊に在り、天下已に安し。周の官政未だ次序あらず。是に於て周公、周官を作り、官ごとに其の宜しきを別ち、立政を作りて、以て百姓を便にす。百姓説ぶ。周公豊に在りて、病みて将に没せんとして、曰く、「必ず我を成周に葬り、以て吾の敢て成王を離れざるを明らかにせよ」と。周公既に卒し、成王も亦譲り、周公を畢に葬り、文王に従はしめ、以て予小子の敢て周公を臣とせざるを明らかにす。

現代語訳

(「毋逸」の続き)殷の高宗(武丁)は、長く都の外で苦労し、庶民とともに暮らした。即位すると服喪の小屋にこもって三年間ものを言わなかった。ひとたび口を開くと、民は喜んだ。あえて怠けて安逸をむさぼることなく、殷の国を静かに安定させ、身分の上下を問わず恨む者はいなかった。だから高宗は五十五年も国を保った。祖甲は、(兄を差し置いて)王となることを義にかなわないとして、長く都の外で庶民として暮らしたので、庶民の苦労を知り、よく民を守り恵み、身寄りのない者を侮らなかった。だから祖甲は三十三年国を保った」。また「多士」には次のようにある。「湯王から帝乙に至るまで、殷の王たちは祭祀を守り徳を明らかにしない者はなく、天に配されない帝はなかった。ところが今の跡継ぎの王紂は、大いに安逸に溺れ、天の意志と民の望みを顧みなかった。その民はみな討たれて当然であった」。(「毋逸」には)「文王は日が傾くまで食事をする暇もなく働き、五十年国を保った」ともある。周公はこれらを作って成王を戒めた。成王は豊にいて、天下はすでに安定していたが、周の官職と政治の秩序はまだ整っていなかった。そこで周公は「周官」を作り、官職ごとにその職分を定め、「立政」を作って民の暮らしを便利にした。民は喜んだ。周公は豊にいて病気になり、亡くなろうとするとき言った。「必ず私を成周に葬り、私が決して成王のもとを離れないことを明らかにせよ」。周公が亡くなると、成王もまたへりくだり、周公を畢に葬って文王の墓のそばに置き、自分が周公を臣下として扱うつもりはないことを明らかにした。

解説

周公が成王に贈った戒めの言葉「毋逸」と「多士」の続きです。殷の高宗は即位前に長く庶民とともに暮らして民の苦労を知り、祖甲も庶民として暮らした経験から弱い者を侮らなかった。だから長く国を保てたのだと説きます。逆に紂は安逸に溺れて国を滅ぼし、文王は日が傾くまで食事の暇もなく働いたと対比させています。現場を知り、怠けず、弱い者を侮らないことが、長く治める条件だというわけです。周公はさらに「周官」「立政」で官職の役割を整え、制度を残しました。臨終には「成王のそばを離れない」ため成周に葬るよう遺言しましたが、成王は周公を臣下扱いせず、父文王の墓のそばに葬りました。仕えた者と仕えられた者が最後まで互いを敬った、美しい結末です。

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