呻吟語 / 内篇・存心・如何ぞ他を縱容し得んや
人心是個猖狂自在之物、隕身敗家之賊,如何縱容得他?
新字:人心是個猖狂自在之物、隕身敗家之賊,如何縦容得他?
書き下し
人心は是れ個の猖狂自在の物、隕身敗家の賊なり。如何ぞ他を縱容し得んや。
現代語訳
人の心は、猛り狂って好き勝手をする物であり、身を落とし家を破る盗人です。どうしてこれを甘やかしておけるでしょうか。
解説
心が正面から危険物として扱われます。猛り狂って好き勝手をする物、身を落とし家を破る盗人。前段までは心を養い保つ話が続いてきましたが、ここでは甘やかしてはいけない対象として名指しされます。心に従えという現代的な言い方とは正反対で、放っておけば何をするか分からないものとして警戒されているのが特徴です。養うべき対象と、警戒すべき対象が同じ一つのものだという二面性が示されています。
この章句が説くこと
人心猖狂賊放任警戒
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